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第2章 葛藤
王子様降臨⭐︎ドキドキアタック
しおりを挟む夕方。森での薬草採取を終え街へと帰ってきた。
予想外にロワクレスが森での活動に慣れているのには驚かされた。精霊達が魔物の接近を知らせると、即討伐。解体して焚き火でバーベキュー。「さあ、昼食だ」と食べ始めたのには、王族のイメージを壊すには充分だった。
ギルドに薬草を卸し、そのまま解散するつもりでいたが、やはり引き留められてしまう。
「初めてのパーティ依頼だったんだし、せっかくだから、夕食も一緒に取ろう。近くにゆっくり出来る場所があるんだ」
「貴族街のお店でしょう?私が入れる店じゃない」
「大丈夫だ。問題ない」
「え?ちょっと離して…こんな場所で手を繋ぐと目立つから…ねぇ、ロワ、聞いているの?」
「やっと名前で呼んだな」
人通りの多い場所で手を繋がれ、「ロワって呼んだら手を離すんじゃなかったの?」って小声で窘めるもロワクレスは聞き耳持たず。こうなったら絶対に離さないだろう。抗うだけ疲れるし、もうすぐ陽が落ちて見えなくなるので、仕方無いが大人しく付いていく。
だがそうしてロワクレスに連れていかれたのは、何故か宿だった。しかも貴族や大商人が利用する高級宿で、こんな宿の経営は貴族だと聞いた。多くの冒険者が利用しているのは、平民が経営している宿屋。絶対にこんな服装で入っていい宿ではない。
必死に抵抗するも、「王族が女の子を無理矢理…なんて噂になったら困るのだが」と言われ、何も言わずに着いて行く事になったのだけど……。
辿り着いたのは、外観が宮殿のような建物だった。一階の窓はステンドグラスになっていて、お金がかかっているのがわかる。玄関前アプローチもやたら広く、箱型馬車もよく出入りしていて、ドア付近には案内人が立っている。もちろん警備兵もあちこちにいる。見るからに上流階級専用の施設であり、冒険者というだけで追い出されそうな場所だった。
しかしロワクレスが門を通ろうとすると、ラフな服装でありながらも警備兵が敬礼するし、何人もの従業員がドアの外に出てきて頭を下げてきた。エントランスに入れば、待ち構えていた男が支配人だと自己紹介してくる。
やはり王子様。きちんとお付きの人が伝えてたんだろな。髪は隠しているが長身の美形。誰がどう見ても彼はわかりやすく王子様だ。そのせいか手を握られているユアは、帽子で髪を隠してボロい服装でいようとも、スルーされている。
「2人分の夕食と朝食が付く部屋を」
「ちょっと待って」
見た事もない金貨を出したロワクレスを慌てて止めた。金額もだが、王子が得体の知れない者と宿に泊まるとなると問題だろう。
「私は、食事をすると言われたから付いてきたのだけど。何故泊まる必要があるの?」
「マリーも宿はないだろ?私も今夜泊まる場所は必要だ」
「…………は。……そ、れは。遠慮したいんですけど。そもそも私は女だから、王子様に変な噂がたったら大変でしょ!」
「ん?それを言うなら昨夜すでに泊まっているだろう?」
そうだった。私は言葉に詰まったものの、どうにか拒否する。
こんなふうに2人で手を繋いで宿に入ったら、何をするか周囲に勘繰られてしまう。今だって絶対、ここにいる全員から『これからアレコレするのだな』とか『第三王子はゲテモノ食いか』と思われている。それで良いのか王子。私は嫌だ、恥ずかしいから帰りたい。頼むから、野宿で良いから帰してほしい。
赤くなったり青くなったり、プルプルと首を振り拒否する私に何を思ったのか、ロワクレスはじっと見つめてきた。しかも腰を抱かれ、顔をぐっと近付けられる。
って、ちょ、おい、今さりげなく支配人に金を渡してたよね。視界の端で恭しく頭を下げているのが見えたのだけど?
「マリーは慎ましいな。でも忘れないでくれ。マリーは愛し子だ。この世界では王族よりも尊い存在だ。その意味、わかるか?」
「わからない。相手が愛し子だろうと王子だろうと貴族だろうと民間人だろうと、私にとっては同じ命だ。私は民主主義国家で育ったから専制主義の考えはわからない。ロワは確かに王子様だよ。でも全ての人間にとって自分が特別などと、自惚れた考え方なら私は理解できない」
まさに売り言葉に買い言葉である。
無礼は承知。いっそ怒ったフリして、このまま帰ってやろうかな。
しかし私が睨んでいるというのに、ロワは何故か嬉しそうに微笑んできた。
「はっ、『みんしゅしゅぎ』ってのはよくわからないが、マリーならそう言うか。ふっ、やっぱりいいな。この世界にはないその考え方…」
「……へ? あ、…………えっ」
初めて見た笑み。傍目からもはっきり微笑んでいるとわかる笑み。そんな顔を私に対して見せて良いのか?とむしろ訝しみながら見つめ返した。いつもの無表情はどうした。
「マリーに美味しいものを食べて、ゆったり出来る大きいベッドでゆっくり休ませてあげたいんだ。今までの分も」
慈しみの表情と、とても柔らかな声。ドクンと、大きく脈打つ心臓。
ヤバい。駄目だ、顔どころか耳まで熱い。なんだ、なんなのだこのイケメン。よく恥ずかしげもなくこの顔とセリフ吐けるな。気障か。いつもの淡々とした態度はどこに行った!
真っ赤になっているだろう顔を見られたくなくて、俯いて帽子を深く被り直した。そしたら「良い子だ」と帽子の上から、頭のてっぺんにちゅっとキスしてくる。うぐぐ、本当に恥ずかしいから止めてほしい。
「納得したみたいだ。行こうか」
今のセリフ、半分は支配人に言ったようだ。こちらですと聞こえてきて、顔を上げられないままロワクレスに手を引かれる。羞恥で逃げたいが、何故か嬉しい気持ちも湧いてきてしまい、相反する感情にぐるぐる混乱した。ドキドキと心臓がうるさくて、握られている手も震えている。どうすれば良い?私は、どうすれば。これだから私はちょろいと言われるのか。
ロワクレスと支配人が会話し、何人かの者達が行き来する気配がするも、混乱したままでほとんど把握出来無い。心臓も大きく鳴り続けている。
お、落ち着け。ロワクレスがイケメンなのは、いつものことだ。それに加えて、少々甘いセリフを言われただけ。そうだ、別に告白された訳ではないのだから気にしなければ良いんだ。これはただの保護。気にするな、気にするな。一人舞い上がっているのも恥ずかしい。
何度も言い聞かせているうちに、少しずつ脈拍が正常に戻り、頭もスッキリしてきた。そしてどうにか落ち着いた時には、広くて綺麗な部屋の中、ずらりと並ぶ料理の前でロワクレスと2人きりになっていた。
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