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第1章 召喚〜ロワクレス視点〜

宿屋にて〜ロワクレス視点〜

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 3階建ての建物は耐用年数をとっくに過ぎているのが明白だった。ひび割れが目立つ煤けた外壁には触手のようなツタがびっしりとからみつき不気味な雰囲気を醸し出している。入り口に虫の死骸がいくつも転がっていたが陰気な風景にオブジェのように馴染んでいる。


 ーーー なんだ、この建物は。


 ここに本当に人が住んでいるのか?
 マリーが住んでいるという宿へと辿り着いたが、中に入るのに戸惑うレベルでボロい。

 入り口目の前のカウンターに座っている男に、金貨を握らせマリーについて聞くとあっさりと教えてくれた。しかも「待つなら部屋で待つか?」と、マリーの部屋の鍵も空ける始末。大丈夫か?と思ったが、私には都合が良いので部屋に入って待つ事にした。

 小さくカビ臭い部屋

 ひび割れた壁からは隙間風

 窓ガラスはなく、木窓で光も差さない

 ベッドには敷布団のみ。それもペラペラの薄さで布団の意味を成していない。

 この部屋に住んでいるのか。しかも、それまでは屋外の木箱の上に……。

 着の身着のまま、知らない世界に放り出された人間がどうなるのか、ましてや相手は少女だ。彼女の生活環境を目の当たりにして、自分がした事がどういう事なのか実感し始めた。

(生きていてくれた事だけでも奇跡……か)

 秋が近づき始め夜になると少し肌寒く感じる季節。
 木窓を開け外を見ると、枯れ葉が舞う街角を子供が笑いながら走り去っていく。  
 徐々にオレンジ色の光へと変わっていく窓辺でふと振り返ると、この部屋には灯りすらない事にも気づき、静かに佇むしか出来なかった。


 それからそんなに待つ事もなく、部屋のドアがガチャリと開いた。
 
「なんで、ここに居るんですか!」

 元気な声に思わず微笑んでしまう。

「なに。門番に聞いたところ、お前がここに宿泊していると聞いて、待ち伏せしてみた」

「女の部屋に無断で入らないでください。お引取り願えますか」

 扉の外を指差し、出て行けとジェスチャーで示してくるがそうはいかない。今までの事を詫び、一緒に城へと来てもらわなければ。

「私はロワクレス・ハーシェル。このハーシェル王国第3王子だ。お前の名前は?」

「………マリーです」

「マリーか。マリーにはあの時説明も何もせず追い出してしまい申し訳ない。この世界の精霊が一斉に眠りについてしまい、わが国、そしてこの世界は徐々に終焉に向かっている。それを解決するため、精霊の愛し子を異世界から召喚した」

「……え?」

「召喚の儀の際に精霊が目を覚ましたと精霊視を持つ貴族から話があり、確認した所、精霊は確かに目を覚ましていた。召喚の儀でやってきた少女がその奇跡を与えてくれたと思ったが、違った。少女が永らく眠りに付いた精霊を目覚めさせる事はなく、むしろ精霊が寄り付かない。精霊が起きたと報告を受けるのは城の外、しかも王都からこのマグレイブの地まで、延々と」

「精霊が眠りに?」

 キョロキョロと周囲を飛び回っている精霊を不思議そうに見ているが、眠りについているなんて思わなかったんだろう。まぁ確かにこんなにいたら分からないか。それが奇跡なのだが、この子供は知らないだろうな。

「王族の血縁者には精霊を見ることが出来る精霊視の力を持つ者が生まれる。私もその1人だ。私は目覚めた精霊を追ってこの地にやってきた。そして、精霊の守護を受けるマリーを見つけた。マリーがただそこに在るだけで精霊は目を覚ます。マリーが本当の精霊の愛し子なんだろう?」

「その愛し子が私のことなのか判りませんが、もしそうだとして……私にどうしろと?」

「王都に帰ってきてほしい。城を追い出し、都合のいいことを言っていると思うが、マリーの要求は出来る限り呑むつもりだ」

「一緒に召喚された子はどうするんです?」

「彼女は精霊からの寵愛を受けていないが、自身こそが愛し子だと言っている。我々も勝手に呼び出した手前、彼女を優遇しなくてはならない」

 そう、愛し子だと言い、また霊鬼の大量発生について予知ができるという。愛し子ではないだろうが、予知とは…なんとも確認の取りづらい力を持っているというが…。
 しかし、召喚で強制的に呼び出したのはこちらだ。例え愛し子でなくとも、我々はその責任を取らなくてはならない。

「ふふ、私のことは追い出したのに」

 確かにそうだ。しかも、知識も金も何も与えず、着の身着のまま。まだ親の庇護を受けていたであろうこんな子供に。この罪滅ぼしはしなくてはいけないな。

「私が愚かであったばかりにマリーに辛酸を舐めさせてしまった。申し訳ない」

 こちら側の誠意はきちんと見せよう。頭を下げると、マリーは一瞬目を見開いたが、すぐに表情を引き締めて口を開いた。

「私、やっとここでの生活に馴染んできたんです。生活の基盤ができてきました。だから王都になんて行きません」

 凄いな、この子は。王族に頭を下げられたら、普通は萎縮してしまうものだが、この子は思った事をハッキリ言ってくる。こんな人種、初めてだ。

「もうすぐ冒険者ランクもあがりそうなんです。私がギルドの依頼を受けるついでにあちこち巡って精霊を起こすっていうのはどうです?」

「それは…そうした方がきっといいのだろう。しかし、愛し子とされている少女が城に居るのに精霊が目覚め始めたら問題があってな」

「ああ、なるほど。私を影で動かしてその子を精霊の愛し子に仕立てたいわけですね」

「……っ!」

 そんなつもりはなかった…いや、きちんと考えてなかったというべきか。

「何の面白みもない冒険者崩れの平凡な女を表に出したくないのは判るけど。それで私がほいほい付いて行くと?」

「城の者はマリーのことを知らない。私と一緒に王都に行けば誤解も解ける。私が一生生活の保証はするし、綺麗なドレスや宝飾品も与えよう。冒険者としてランクを上げたいのなら、上げるための依頼も定期的にギルドに寄れるよう尽力しよう。なんなら私も手伝う。…………もし、王族の地位を望むなら………私との婚姻で王族の地位も与えられる。マリーの望みはなんだ?出来る限り叶えよう」

 とりあえず償いの意味を込めてマリーの望む通りにしよう。女性貴族が苦手で王族としての勤めから逃げ出し近衞騎士となった私だが、マリーへの責任を取るためならこの身を捧げよう。そう思い言った言葉に怒りの表情から怪訝な顔を向けられる。何故だ?










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