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第1章 召喚
怪しい影
しおりを挟む冒険者としての活動で一番困った事、それは私の体力のなさだ。車や電車、バスに自転車と乗り物がたくさんあった日本と違い、この世界では移動は馬車か騎馬か徒歩しかない。
子供の頃からの生活習慣が違いすぎる。
まぁ私は精霊の協力があるから、魔物が近づけば教えてもらえるし、体力にさえ気をつけていれば問題なくぼっち冒険者としてやっていける。大金は稼げないけれど。
体力にしても精霊達のおかげで気づけば回復魔法をかけてくれてるので全く問題がない。
この精霊達によるチート具合がどうなのって感じだが、遠慮してる余裕はないので精霊の援助はありがたく受けている。
そうして毎日頑張って採取活動をしていて、今日は久しぶりに肉料理を食べようと心に決めていた。肉料理!そう、この世界に来てお金がないから食事は基本、森で採れた木の実や果物だ。やっと、やっと安定した収入が得られ始めたので、お店で食べようと決めている。
嬉しくなって思わず森の中にある湖の側で歌いながら採取していると、精霊がいつになく慌てふためいていることに気付いた。
精霊は基本、私の邪魔や不利になることはしない。
そんな彼らが私の袖を引いている。
なにがあったんだ?魔物?
精霊の視線の先を目を細めてみる。
一つの黒い影があって、それが凄い速さでどんどんこっちに近づいてくる。
精霊が私の周りを飛び回り、何事かを告げるが私は目の前の人物に気を取られてそれ所じゃなかった。
呼吸が乱れる。
手足が震える。
頭の中で警鐘が鳴り響く。
忘れていた。
私を「殺せ」と言ってた人達がいた事を。
少しだけ…少しだけ幸せを感じたとたんに……。
この世は、なんて私に冷たいんだ。
影は近づき、私にその詳細を伝える。
彼は、召喚時に出ていくよう伝えてきた王子様っぽい人だった。
「子供……少年…いや少女か……。精霊の気配を追い、マグレイブまでやって来たが……。そうか、お前は……姿こそ違うけれど、あの召喚の場に居た者か?」
微かな戸惑いなのか、言葉を詰まらせながらも厳かに目の前の男性は口を開いた。
ーーー無表情
その無表情が怖い。人形のように綺麗な顔立ちのせいか、さらに恐怖心が湧く。
それでも召喚時の王族っぽい人達でしか見た事がない綺麗な紫色の髪が陽を浴び輝いて、空色の瞳はまるで宝石のように瞬いている姿に目が離せなくなってしまう。
そして、この人があのピンクドレスの少女を守りながら私を追い出した事を思い出す。
自分は捨てられた。
彼が守った少女はここにはいない。なのに何故ここに?
この世界に召喚され、着の身着のまま冒険者として活動している私はあの少女のような可憐さは一切ない。見窄らしい格好と、お金がないため、まともな食事を取っていなかったから肌もボロボロ。不健康に痩せた体は華奢とは言い難く、また目を見張るような美貌も何一つとして持ち合わせていない。
私は召喚時のエラーで紛れ込んだただのゾンビに過ぎないはずだ。
今は見た目が違う。顔はゾンビマスクで隠れていたからわからないはず。なら…
「何の話でしょう?人違いじゃないですか?」
どうしてこの男がここにいるのか判らないが、有効的な態度とは思えないし私はもう関係ない。
全て捨てた。
何も持たない私が…何もしなければただ死にゆくだけだった私が…家族も友達も女である自分も捨て生きて行くと心に決めたんだ。
私を召喚という名で拉致し遺棄した人達への恨みは忘れない。
その怒りを糧に生きて行くと。
恨みながらも、ここで冒険者として生きて……いつか、力をつけたら何故私がこんな目にあわなくてはいけなかったのか問いただしてやると。
知りたい。何故?何故?
最初こそ日本に帰る気でいたけれど、3ヶ月以上も経つといい加減帰れないと気づく。
両親には悪いと思うし友達も少ないがいた。皆んなに会えないのは寂しい。
でも、どうしようもない。
この人に帰り方を聞くという手もあるが、リスクが高すぎるし、頼りたくもない。
問いただしたい事はあるが、今ではない。今はまだ、私に力がない。今はただ、利用されるか抹消されるかなだけだ。
今はまだ…いつかまた……。
ニッコリと笑い、男の傍をすり抜け街に向かい歩く。
今日はさっさとギルドに報告してボロ宿に戻って寝よう。食事は……諦めだ。
足早に道を歩くが、後ろから続く足音に眉根を寄せる。
(ついて来てる)
ついてくるなんて生易しいものじゃない。隣に並び歩き、胸あたりまでしかない私の顔を覗くために上半身を屈めジロジロと見られる。露骨過ぎる。
「少女……だったのか。あの時はどうやってあの姿になっていたんだ?瞳はあの時と同じ焦茶色か。肌の色も透けるように白いが私達と同じ作りか」
「あっ!」
不意に帽子を取られ、中にしまっていた黒髪が風に揺れる。
「やはり、髪も綺麗な黒髪だ」
そして片手で顎を掴まれ男の方に強制的に向かされた。
完全な無視という形でいたのに手を出されたら無視なんてできない。
「やめて!!」
顔を掴んでいた手を払い帽子をもぎ取り足早に門に向かう。けど、後ろの気配はずっと付いてくる。
ーーー 怖い!
「お前は私を知らない風ではないな。あの時の格好はともかく、お前は『私が何の話をしているのか』理解しているんだろう?精霊に守られているということは、愛し子はお前のことだろう。愛し子ならば城で優遇する。だから逃げずに私と城まで来てくれないか?」
男から“いとしご”という言葉が出てきたところで私はダッシュを決めた。
「精霊さん、お願い!風を起こして土煙を。あの男を撒きたい!」
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