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【浮いているというより消えている】

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・【浮いているというより消えている】


 高校に行けば束の間の休息。
 まさかゆるく無視されていることが休息になるなんて。
 高校で俺に近付いてくるのは、遼子だけ……だったんだけどな、何で今、こうなっている?
「菜乃なの! 菜乃は悟志くんのファンなの! 大好きになったの!」
 休み時間になった途端に、俺たちの教室に入ってきて、一直線に俺のところへ来た一人の女子。
 俺、軽音部でバンド活動なんてしていたっけ? いやいや全然何もしていない。
 確かにそれなりに見てくれがいいことは自覚しているけども、ファンクラブができるほどではない。
 そういう行動もしていないし。
 だから
「誰か、別の人と勘違いしているんじゃないの?」
「違うの! 菜乃は本当に悟志くんのファンなの! 詳しくは言えないけどファンなのーっ!」
 俺の手を握り、ブンブンと振り回して喜ぶ菜乃と名乗る女子。
 確か隣のクラスの生徒だと思う。高校に入学当時、一瞬話題になった女子だ。
 爽やかな色の茶髪にツインテール、身長は低くて、まるで小動物のような可愛さ。
 男子の憧れの的……になりかけた、でもその後、天然ボケなのが何なのかボケすぎて一気に人気が消え去った女子だ。
 まさかこんなやけに濃いヤツに好かれるとは……。
「悟志くんって彼女いるのっ? デカ彼女いるのっ?」
「いやサイズはどうでもいいでしょ、いやまあ彼女はいないだけども」
 彼女はいない。
 でも好きな人はいる。
 俺はずっと幼馴染の遼子に思いを寄せている。
「じゃあ好きな人はいるのっ? デカ好きな人はいるのっ? 好きな人デカはっ!」
「サイズの話から最後刑事みたいになってるよ、好きな人を捜索する刑事になっているよ」
「もはや菜乃はそういう刑事なの! 張り込みは牛乳とコーヒーなの!」
「じゃあコーヒー牛乳であるべきじゃないかな、あとはあんぱんを食べるといいと思う」
 いやこんないちいちツッコまなくてもいいような気がするんだけども、一応俺に好意を持っているようだし、おばあちゃんの教えもあるし、無下にすることはできないので、今はちゃんと会話することにしている。
 まあ俺の小さな小さなツッコミに、いちいちワッと笑ってくれる女子というのも悪くないしな。
「菜乃はあんぱんよりもカレーパン派なのっ! スパイスの口臭で犯人を脅かすのっ!」
「いや張り込みしているのなら、口臭でバレないほうがいいよ。口臭で脅かすことは不可能だよ」
「RPGの技みたいな、口臭波動とか無いの?」
「まずRPGに口臭波動が無いでしょ、かなりイカれた格闘ゲームにギリギリあるかもしれないけども」
 俺がそうツッコむと、菜乃は小さくパンチ・キックをしてから、
「口臭波動のコマンドを今、探しているの」
 と言ってニッコリ微笑んだ。
 この辺は天然ボケじゃなくて、計算ボケっぽいなぁ。
 いや全部計算ボケかもしれないけども。
 でもこのどこか頭のねじが一本抜けている感じが天然ボケ感もあるんだよな。
 いや何だこの菜乃というヤツへの俺の分析。
 まあとにかくコマンド探しへツッコむか。
「飛び道具なら波動拳コマンドじゃないか?」
 すると菜乃は口を大きく開き、ハァーと俺のほうへ息を出した。
 いや普通にミント系の良い香り。全然スパイスじゃない。カレーじゃない。
「ミントじゃん、歯磨き粉のミントじゃん」
 と俺は通常のトーンでそう言うと、菜乃はハッと驚きながら口を押えて、
「乙女の口臭嗅ぐなんてえっちなのっ!」
「いや口臭を飛ばしてきたのは菜乃のほうじゃん」
「乙女の口臭を嗅ぐ時、それはもう恋人の距離なの!」
「確かにそうかもしれないけども”乙女の口臭を嗅ぐ時”という全然グッとこない日本語を言うな」
 そうツッコんでも菜乃は何か「なのっ! なのっ!」と言いながら俺の肩をポカポカ叩く。
 いやこういう時は頭でしょ。いやまあ菜乃の身長が低くて、そして俺の身長が高くて、俺の頭は高すぎるのか。
「いや肩はもう普通に気持ち良いだけだよ、小学生の母の日のプレゼントじゃん」
「なのーっ! 誰がお母さんなのっ! まずは恋人関係があって段々お母さんみたいになっていって別れるんじゃないのっ!」
「付き合ってもいないのに別れるルートの話をするな」
「なのぉぉおおお! 付き合うとか言い出した! いいよ! 菜乃! 受け入れるのっ!」
 そう言って両手を広げた菜乃。
 抱き締めてくれと言わんばかりの行動だ。
 いやでも
「全然付き合う気、無いけども」
 だって遼子が好きだし。
 そんな俺の言葉に対して、菜乃は、
「とんだトラブルメイカーなの! でもそこが好きなのっ!」
 そう言って抱きついてきた。
 いやいやいや!
 俺は急に体が熱くなってきたので、サッと体を離した。
 というか!
「急にそんな行動! やめてくれ!」
 すると菜乃はイジワルそうにニヤついて、
「まだあんまり慣れている男子じゃないの、チャンスはあるの」
「チャンスとか! そんなこと言うな!」
「焦っている感じが可愛いの、まるで菜乃なの」
 そう言いながら額から汗が滲み出る菜乃。
 いや!
「オマエもちょっと無理していたんかい!」
「実は菜乃も全然慣れていないのっ、RPGで言うところの自爆技なのっ」
 マジで汗をだらだら流し始めた菜乃。
 何だよコイツもう。
 とにかく
「一旦帰れ! 俺も菜乃も今必要なのはちょっとした時間!」
「なのーっ! 分かったのーっ!」
 そう言って走って教室を出て行った菜乃。
 全く、一体何だったんだ。
 でも、でもだ。
 こんな会話をしていても誰も俺のほうを向く人はいなくて。
 いやまあチラチラ見ていた人はいたけども、じっと見る人はいなくて。
 普通こんなにうるさく喋っていたら見ない?
 いやまあ別に見られたいわけじゃないからいいけどさ。
 今は菜乃という存在がいたこと自体、嘘みたいに静かな俺の周りだ。
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