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【遼子】

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・【遼子】


 少し腹を抑えながら、自分の家の前に着くと、そこに遼子が立っていた。
 こっちを見て、手を振っている。
 抑える手を外して、俺も手を振ると、遼子は俺に駆け寄って来て、
「何か苦しそうだけども、何かあったっ?」
 そう明るく言ってくれる遼子に俺は少し救われた。
 俺はいつも通り、今日あったことをザッと話すと、遼子は深刻にはなり過ぎない顔で、
「今日も大変だったねぇ……」
 と唸ってから、
「でも大丈夫! 悟志は今日も生きてるから!」
 そう言って笑った。
 まあ確かに生きているから大丈夫か。その通りだ。生きていれば何でも大丈夫だから。
 遼子とはここで別れて、俺は家の中に入って行った。
 玄関のドアを閉じたその時、何か当たる音と「イタイ!」という声が聞こえた。
 振り返ると、そこには肩を抑えた遼子がいて、
「コラ! 後ろから来ている気配しなかったか!」
 と頬を膨らましていた。
 いや
「来るなら来るって言えよ……」
「そこはサプライズじゃない!」
「そのサプライズのせいで遼子が自分で傷んでいるんだけども」
「全く、麦茶ぐらい飲ませなさいよ」
 そう俺を追い越して、さっさと靴を脱いで、俺の家の台所へ歩いていった。
 まるで自分の家のようにして、俺の両親が見たらどう言うだろうか。
 まあ幼馴染の遼子だから甘い判定が下ると思うけども。
 それにそもそも今、俺の両親は長い海外旅行中だ。
 今年の五月下旬から今の六月まで、ずっと海外旅行中だ。
 一体どこにそんなお金があったのか。
 まあ俺もたまに外食できるくらいの貯金を渡されたので、いいんだけども。
 遼子はすぐに冷蔵庫を開けて、麦茶に口を付けて飲んでいる。
「いやコップ……」
「いいじゃん、悟志と私の仲じゃん」
 遼子はいつもこんな感じだ。
 あんまり俺のことを男子として意識してくれないんだよな。
 今、俺の両親も家にいないわけだから、俺がその気になったら……いやまあそんなことはどうでもいい。
 それよりも今は完全に冷蔵庫を漁り出した遼子のほうだ。
「あんまりチーズの種類が多くないなぁ、嫌な別荘だなぁ」
「いや遼子、ここオマエの別荘じゃないから」
「いやでも年頃の男子ならチーズ食えよ、チーズ」
「知らないわ、その常識。チーズ食ったほうが身長伸びるとか聞かないから」
 遼子はやれやれといった感じにこう言った。
「今後は私が喜ぶような家にしときなさい」
「何でだよ、そんな何度も来るみたいに言うな」
「いいじゃん何度も来ても、どうせ悟志の両親もいないんだからお泊りだってできちゃうよ!」
 そうニヤニヤしながら俺を見てきた遼子。
 いや言っている意味分かってんのかよ、お泊りってことはもう、そういうことみたいな感じじゃん。
 まあからかわれているみたいなので、そこは無視して
「とにかく、用が無いなら来るなよ」
「用はあるよ! 悟志に会いに来てるの!」
 そう快活に言い切った遼子に、ちょっと胸がドキッとした俺。
 こういうことを当然のように言うところが何かなぁ。
 遼子は首を傾げながら、
「それとも悟志は私のこと嫌?」
 と言ってきたので、ここはもうハッキリ言ってやろうと思って
「全然嫌じゃない!」
「じゃあ良かった! というわけで今日のところはさよーならー!」
「いや帰るのかよ」
「帰れと言われたから」
 いや別に
「言ってはいないだろ」
「でもちょっとそんな空気を感じたから! バイバイ!」
 そう言って遼子は出て行った。
 何だよ、ここからちょっと良い雰囲気になりそうだったような気もしたのに。
 気があるのか無いのか一体何なんだろうか。
 クソ、モヤモヤが残る。
 俺の前を通った時に、腕でも掴めば良かったか。
 でもそれは積極的すぎるか……ふぅ、何か、まあ、とりま、自分の部屋でちょっと、何か、するか。
 男子の自主練でもするかな、利き手でハンドシェイクというか。
 帰宅部の十六歳って、家でそんなことするしかやること無いもんな。
 特に両親がいないなら、なおさらだ。
 居間のデカいテレビで、ピンクなビデオを流してするか。
 と思ったその時、玄関のチャイムが鳴った。
 遼子か? と思ったけども、遼子はチャイムなんて鳴らさず入ってくるし、そうだ、そういうことをする時は鍵を閉めなきゃ、と思ったけども、いや今は人が来たんだった。
 早く出ないと、と思って玄関のドアを開けると、そこには見たこと無い人間が立っていて、その時ピンときた。
 あっ、この人、変に絡んでくる人だ、って。
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