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【05 近道のルート】

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・【05 近道のルート】


 うん、普通に桜さんに撒かれてしまった。
 というか桜さんは本当に運動神経抜群なので、颯爽とこの荒れた道をクリアしたに違いない。
 問題は、僕と校長先生がこの道を行くことができるかどうかだ。
 早々に二人きりになってしまった僕と校長先生。
 木がうっそうと生えていて、太陽光が入らないせいか、地面は若干ぬかるんでいる。
 大木の根が地表に出ていて、それに足を引っかけて転びそうにもなる。
 たまに石の上を歩かないといけなくなり、石の上は湿り気で滑りやすくなっている。
 ぬかるみとはまた違った歩きづらさがある。
《この世の終わりだぁ》
「いや校長先生、諦めずに行きましょう」
《ダメダメダメぇ~》
 情けない声を出しながら校長先生は迷わず、地面にお尻を付けて座ってしまった!
 いやというか!
「地面のぬかるみでお尻が泥まみれになりますよ!」
《もう、おねしょしたのかってくらい濡れてるよぉ~》
「ダメですよ! 早く立って下さい!」
《このままおねしょするからおやすみなさい……》
 そう言って目を瞑り始めた校長先生。
 いやいや。
「おねしょするかどうかはまだ分からない上に、とにかく歩きましょう!」
《いや、おねしょしそうなイメージが沸いている。そういう日は大体おねしょするんだ、三日前も》
「すごい最近おねしょしていますね! いやいや! その自分のイメージに負けないで下さい! というか寝ないで下さい!」
《君のツッコミが子守歌なら既に寝ているね》
 そうニヤリと笑った校長先生。
 いやいや。
「もう全く意味が分からないですから、いっそのこと一回戻って普通のルートを歩きましょう」
 そう言って僕は校長先生の腕を引っ張るが、うんともすんとも立とうとしない。
 校長先生は何かを悟り切ったような表情を浮かべながら、こう言った。
《湿り気のある場所に座るとオシッコしたくなるよね》
「そんなことないですよ! じゃあなおさら立ち上がって下さい!」
 僕がグイっと腕を強く引っ張ったその時だった。
《いたたたたたたたたたぁぁぁぁあああああああああああああ!》
 しまった! また脱臼させてしまった!
 僕は校長先生のジャンパーのポケットに手を入れて、ごそごそした。
 しかし一向におにぎりが見つからない。
 その時に気付いてしまったのだ。
「車酔いの時に全部おにぎり食べてしまいましたね!」
《その通りだ。でも大丈夫》
 そう自信満々に笑った校長先生。
 何か秘策があるのかっ。
《君の、ポケットに手を入れてごそごそするヤツ、気持ち良いから大丈夫。嫌な気持ちにはなっていないよ》
「いや何に対しての話ですか! じゃあ僕のおにぎりを食べて下さい!」
 そう言って僕はリュックサックからおにぎりを取り出し、ラップをとって校長先生に食べさせた。
《あぁ、痛みが癒えていく……足をつったあと、あれが治っていく感覚……》
「感覚の描写は別にどうでもいいですよっ、じゃあ校長先生、僕がおんぶしますからいきましょう」
 僕がそう言うと、今まで座り込んでいたことが嘘のように、ひょいと立ち上がり、すぐに僕へおぶさってきた校長先生。
 どうやらこれを待っていたらしい。
《今のワシは無敵だ……いけぇい! 妻夫木号! 口からミサイルだ!》
「そんな巨大ロボじゃないんですから、そんな技出ないです! 真面目に歩くだけです!」
《じゃあ足元からキャタピラを出して、どんどん進めぇい!》
「戦車でもないんで! 本当、二足歩行で歩くだけです!」
 校長先生を勢いでおんぶしたのはいいけども、やっぱり地面がぬかるんでいたり、滑りやすくなっていたりして歩きづらい。
 校長先生は嘘みたいに軽いので、重さはそこまで苦ではないんだけども、重さは、そう、重さは。
 だけど。
《見たこと無い鳥! 焼き鳥にしてみたい! 塩味の……やっぱ甘い醤油で!》
 うぅ、うぅ。
《今度は見たこと無い花! 焼き花にしてみたい! 塩味の……やっぱ甘い醤油で!》
 うぅっ、うぅっ。
《おっ! 見たこと無い岩! 焼き岩にしてみたい! 塩味の……やっぱ甘い醤油にして校庭に飾りたい!》
「ちょっと校長先生! 激しく動かないで下さい! その度に僕! 揺れてしまいます!」
《あぁ、塩味にしようか、甘い醤油にしようか揺れるわけだね》
「心の話じゃなくて物理的にです! 校長先生が上で激しく動くと、縁の下である僕が揺れるんです!」
 そう僕がちょっと強めに言ったその時だった。
《ひっ、ひっ、ひぃぃいいいいいいいいいいん! 妻夫木くんが厳しいよぉっ!》
 なんと泣き出してしまったのだ。
 僕は赤ちゃんをあやすように、優しく校長先生を揺らすと、
《ひっ、ひぃっ、ひくっ、ひっくっ……》
 おっ、どうやら泣き止みそうだ。
 ここでさらに。
「ほーら、ほーら校長先生、向こう側は綺麗な青空ですよー、泣かない、泣かない、ほら、ほらー、進むべき方向は青空ですよー」
 と本当に赤ちゃんをあやすように揺らしつつも、柔らかい言葉で希望を見せると、
《きゃっ、きゃっ、きゃっ! きゃっ! きゃっ!》
 と可愛い声を漏らし始めたので、これはチャンスだと思い、僕は走り出した。
 この赤ちゃん状態になった校長先生は揺れに喜ぶだけで、何かを見つけて激しく動こうとはしない。
 だから今こそ進むチャンスなのだ。
《きゃっ、きゃっ、はっ、わっ、きゃわっ、わっ、わっ、きゃっ》
 校長先生の軽さも相まって、本当に赤ちゃんを乗せているみたいだった。
 そして僕は時折、
「青空、綺麗ですねーっ、鳥さんたちも応援していますよー、桜さんを追いかけて、追いかけてってー」
 と声を掛け、希望を見せながら走った。
 モチロン、転んでしまったら全て水の泡だ。
 僕は急ぎつつも、安全を考え、脳内と身体をフル活用して、この道を進んでいった。
 そして。
「きゃーっ、校長先生っ、ゴールですよー」
《きゃっ! きゃっ! わっ! わっ! わきゃっ!》
 僕は校長先生をおぶって、山の上の宿泊施設に着いたのであった。
 やはり既についていた桜さんは僕を見るなり、走って近寄ってきて、
「ごめんなさい! 妻夫木くん! つい上級コースが楽しくてすぐクリアしちゃいました!」
「いやでも無事で良かったよ、あっ、もう準備してくれていたんだっ、ありがとう、桜さん」
 僕がそう普通に言うと、桜さんは顔を真っ赤にして、
「そんな可愛い笑顔しないで下さいっ、妻夫木くんっ」
 と言って、プイっと踵を返して、またキャンプの準備を職員の人たちと共にし始めた桜さん。
 可愛い笑顔なんてしていないと思うけども、というか可愛いって何なんだ。
 たまに桜さんは変なイジリをしてくるから、どう対処すればいいのか分かんないな。
 まあいいや、まず校長先生を降ろそう。
「校長先生、降りて下さい」
 そう言いながら僕はしゃがみ、校長先生に降りてもらうことを促すと、校長先生は降りたは降りたのだけども、なんとその場でハイハイをしたのであった。
「ちょっと、校長先生、そろそろ普通に立って下さい」
《だーっ、だーっ、だーっ》
「ちょっと校長先生、もういいんで、早く立ってできればキャンプの準備の手伝いして下さい」
《だーっ、だだーっ》
 ……あれ?
 何かおかしいな。
 いやでも大人としてのプライドを揺すれば、なんとかなるに違いない。
「校長先生はもう大人ですよね! 他の生徒たちが来る前にキャンプの準備完了させましょう!」
《だぁーあ?》
 ……ヤバイ、完全に赤ちゃんになってしまっている。
 そんなことあるのっ?
 いや、どうしよう、と思っていると、不審に思った桜さんがこっちへまたやって来て、
「ちょっと、さすがに妻夫木くんも手伝ってよ、可愛さに免じてとか無いからねっ」
「いや別に僕は可愛くない上に、あの、ちょっと、校長先生が可愛くなっちゃって……」
 そして僕は校長先生が赤ちゃんになってしまったことを桜さんに説明した。
 すると、
「じゃあここはお母さんの私に任せて! 妻夫木くんはキャンプの準備を手伝って!」
 桜さんの何がお母さんなんだろうと思いつつも、まあ二人で校長先生に構っていてもしょうがないので、僕はキャンプの準備を手伝い始めた。
 でも大丈夫なのだろうか。
 宿泊施設の方々とキャンプの準備を手伝い、そして他の生徒より早めにやって来た放送部の人たちと最後の打ち合わせをしていると、桜さんが僕のところへ駆け寄ってきた。
 立っている校長先生と手を繋ぎながら。
「あっ、立ってる、じゃあ戻ったんですね、桜さん」
「大丈夫だよ! 妻夫木くん! ほらっ! チョーくんも挨拶!」
 ……チョーくん?
 誰だろうか。
 桜さんは校長先生の背中を押しながら、言う。
「ほら、チョーくんも挨拶してって!」
 何だかモジモジして桜さんの後ろに隠れようとする校長先生。
 それを見て困った顔をする桜さんは、
「ちょっと、チョーくんったら、ゴメンね、まだこの子、人見知りが激しくて」
 いや!
「四歳くらいにちょっと成長しただけ! 一気に校長先生に戻してよ!」
 僕が激しくそうツッコむと、泣きそうな顔をした校長先生。
 それに対して、桜さんは校長先生の両手を握りながら、
「泣かない! 強い子でしょ! チョーくんは! 大きな声出したからって泣かないの! チョーくんは大人なのっ!」
《うっ、うぅ……うん、うん……きゃっ! きゃっ!》
 そう言って喜び出した校長先生は、急にダッと走って大きめの木の幹に抱きついてニコニコしている。
 桜さんはそれを微笑ましいような表情をしながら見て、
「ホント、可愛いんだからぁ……」
 と感嘆の息を漏らした。
 いや!
「母性出てるとこ悪いけども、あれ校長先生だからぁっ!」
「ちょっと妻夫木くん、チョーくんに厳しすぎるよっ」
「いや桜さんも若干おかしくなってる! あれ赤ちゃんが急速成長した四歳児じゃなくて校長先生だから!」
「妻夫木くんが仕事で忙しいことは分かるけども、チョーくんは私たちの子なんだから、しっかり育てていきましょうよっ」
 そう言って優しく微笑みながら、僕の両手を掴んだ桜さん。
 いや! だから!
「校長先生だからぁっ!」
 とツッコんだその時だった。
 放送部の人たち、いや、放送部の連中がマイクを使って、こんなことを言い出しやがった。
『次回、家族を顧みない妻夫木に桜が家出? 最終回、チョーくんは二人の子、来週もお楽しみに』
「いや! 変な次回予告喋るなぁっ!」
 僕は放送部のほうを見て、叫んだ。
 何だよもう、僕がおかしいのかっ。
 どんな状況だよ、今っ。
 とにかく!
「桜さんは元に戻って! あれは校長先生で二人の子とかじゃないから!」
 と桜さんの目を見ながら、訴えかけると、
「二人の子でいいじゃない、もう……」
 と聖母のような微笑みを浮かべながら、やたらうんうんと頷いているので、
「いや! あれだいぶ年上! 子という年齢じゃないから!」
 と僕は桜さんの両肩を掴んで、激しく揺らした。
 それに対して桜さんは、
「う~ん、う~ん、DV一歩手前……」
 と首を激しく横に振りながら、何か耐えていた。
 いや!
「桜さん! 目を覚まして! こんな混乱している桜さん! 何か! 苦手だよ!」
 そう言ったその時だった。
 桜さんは急に眼をパチクリさせてから、こう叫んだ。
「苦手は嫌だぁぁぁあああああああああ! あぁぁあああああああ! ハッ!」
 何かに気付いたように、体をビクンと波打たせた桜さん。
 僕は何かいろいろヤバイなと思いつつ、おそるおそる
「えっと、あの、桜さん、大丈夫……」
「あっ……何か私、おかしくなっていたかも……そうだよね、あれはチョーくんじゃなくて校長先生だよねっ」
 と言ったので、戻ったことが嬉しすぎて、僕は桜さんについ抱きついてしまうと、
「ちょ、ちょっと……本当になっちゃうじゃん……」
 と桜さんが言ったので、僕は桜さんから離れながら、
「いや本当になっちゃうって何がさっ」
 と言うと、桜さんは何故か頬を赤らめながらも、ムッとした表情をして、
「鈍感! 鈍感泥棒なんだから!」
 そう言って、キャンプの準備のほうへ行ってしまった。
 いや鈍感泥棒って何だよ、鈍感も分からないのに、鈍感泥棒はマジで分からない。
 何か略した言葉なのかな? 鈍感と泥棒は別々なのかな?
 まあいいや、あとは校長先生のほうだ。
「あの、校長先生、いい加減にして下さい」
《怒らないで……お母さん助けて……》
 そう言って震える校長先生。
 いや本当にどうしたらいいんだ、と思ったその時だった。
 ”おにぎり、食べさせるか”
 とりあえず物事はトライ&エラーだと思い、要は試しでおにぎりを食べさせると的中した。
《怖いことがあって幼児退行していたみたいだ》
「ちょっと怒ったくらいで、赤ちゃんに戻らないで下さい!」
 そしてキャンプの準備が終わった頃に、他の生徒たちもやって来て、ここからカレー作りとなっていった。
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