カラダラッパー!

青西瓜(伊藤テル)

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【好きなこと】

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・【好きなこと】


 俺たちが来たのは亀本商店街。
 やたら顔ハメ看板がたくさん置いてある謎の商店街だ。
 別に大した観光地ではないのに。
 話によると、亀本高校の顔ハメ看板部という人たちが作っているらしい。
 何だその部活。
 自由だな。
 そして自由だな。
 アタルは。
「ほら! 翔太! 撮って! 撮って!」
 寿司屋の時点で気付いていたが、アタルはスマホを持っていないが、デジタルカメラは持っている。
 アタルは顔ハメ看板に顔をハメて、待ち構えている。
 デジタルカメラは既に俺に渡されている。
「じゃあ撮るぞ」
 撮ろうとしたその時、紗栄子がカットインしてきた。
「ショータは撮る時に言う台詞、チーズ派? 1+1=派?」
「いや普通にカウントダウンするだけだけども」
 俺がそう言うと、アタルが
「翔太! 60からカウントダウンするのかっ!」
 いや俺、転校初日に見せたタテノリ先生のロング・カウントダウンはしないわ。
「3・2・1……はい、撮ったぞ」
「ショータったら塩対応なんだからっ! 細波で作った荒塩ねっ!」
 そう言って嬉しそうに笑った紗栄子。
 何がそんなに嬉しいんだ、全く。
 見ている俺も何だか心が躍ってしまうだろ。やめろ。
 アタルは叫ぶ。
「ここは顔ハメ看板がいっぱいあっていいなぁ! ここに住もうかなぁっ!」
「いやアタルはもうこの地区に住んでいるんだからいいだろ」
「そうだなぁ! ここに引っ越してきて良かったなぁっ!」
 そう言って手を大きく広げて、天を見ながら笑った。
 何がそんなに嬉しいんだ、全く。
 見ている俺も何だか心が躍ってしまうだろ。やめろ。
 というか。
「アタルの好きなことって顔ハメ看板?」
「まあそれも好きだけども、やっぱり僕は旅が好きなんだよなぁっ!」
「旅ということは転校も嫌いじゃなかったのか?」
「ううん、転校は嫌いだったよ、僕のいう旅というのは気心知れた人たちと遊びに行きたいって意味かな!」
 そう言ってウキウキしながらこっちを見たアタル。
 気心知れたの中に俺を入れてくれているのが、何だか誇らしい。
 その流れに同調するように紗栄子が喋る。
「私もそう思うなぁ、遊びに行くのは楽しいよねっ、アタルくんは良い人だし、ショータは最高だし、一緒に遊びに来れて良かった!」
 まあ俺も多数決で負けて良かった、と、今思っているよ。
 じゃあ、ということは。
「この商店街のいろんな音をサンプリングすれば、アタルの好きなことが作れるわけだ」
「そういうことだね! さぁ! 商店街の音と僕のカラダ! どっちが勝つかな!」
「何で勝負しようとするんだよ、甘んじて負けろ」
 そんなツッコミをしていると、紗栄子が、
「私の好きなことも作れるかもっ、なんせ今この場にショータがいるからっ」
 いちいち俺のことをチラチラ見てきて何だか恥ずかしい。
 何だか、じゃない。
 マジで恥ずかしい。
 でも嫌では無いけどさ……。
 というわけで、コロッケ屋さんや和菓子屋さん、ちょっとしたゲームセンターの音、アートとデカい顔ハメ看板を飾っているカフェみたいなところでもサンプリングさせてもらった。
 そのアートのところでは店主の人もノリが良く、炭酸ジュースの音とか、いろんな音をサンプリングさせてもらえたので、俺たちはその店で一休みすることにした。
「すごいっ! ここの顔ハメ看板、四コマ漫画になってるよ!」
 まだまだアタルは元気だなぁ。
 俺はアタルの写真を一通り撮ってからテーブルの席に着いた。
 そこでサンプリングに使った炭酸ジュースを紗栄子と一緒に飲んでいた。
 アタルはアート作品や、置いてあった亀本高校の文芸部が作った本を試し読みしている。
 確かにアタルは本の類も好きだからな。
「ねぇ、ショータの好きなことって何?」
 ここで”紗栄子”と言いそうになってハッとする。
 危ない、危ない、何か口走りそうになっていた。
「えっと、俺は、やっぱり音楽かなっ」
「そりゃそうだよねぇ、私はやっぱりショータかな」
「いや聞いてないから……」
 かすれ笑いを出して、呆れている感を出そうとするが、自分の”紗栄子”と言いそうになったことが消えない。
 紗栄子は何か思いついたかのようにこう言った。
「あとあれも好き、ショータっ!」
「いやもう俺は、分かるから」
「の! 歌声っ!」
 歌声、俺の歌声。
 でもカラオケ・コンテストでボロ負けして、それを学校の連中にいじられて……ということが頭の中をよぎった。
「勿論ショータがそれでいろいろあったことは知ってるよ、でも、やっぱり私はショータの歌声好きだったなぁ、もうマグマって感じの! 熱した溶岩みたいなあの感じ!」
「いや溶岩は既に熱されているからさ」
 と言ったところで、アタルがグイっと俺たちの間のイスに座ってきた。
「そんなエモい感じなんだぁ、僕も翔太の歌声聞きたいなぁ」
 すると紗栄子が何故か自慢げに喋りだした。
「すごいソウルフルみたいな感じなんだから! そのカラオケ・コンテストだって絶対さ、子供っぽくない、可愛くない歌い方だったから低評価だっただけで、実際は最高潮なんだから!」
 確かにそのカラオケ・コンテストは子供っぽい歌を歌った、子供っぽい歌声の子供が優勝し、大人っぽい歌を歌った俺はビリだった。
 でもまあそういうことも含めてコンテスト、だからな。
 紗栄子は微笑みながら、
「もしショータが今も歌うことが好きならさ、好きなことがテーマの時に歌ってほしいなぁ、だって好きなことだから」
 俺の好きなこと。
 音楽が好きだ。
 作曲が好きだ。
 元々は歌うことが好きで。
 今の俺は。
 いや知っているんだ。
 今の俺のことなんだから当然知っているんだ。
 家では歌っている自分がいることなんて。
 アタルがポツリと言った。
「翔太ってきっと家では歌っているよね」
「うっっ」
 出てしまった。
 もはや俺のお家芸だ。
 でも何で分かるんだ。
「本当に? アタルくん? 何でそう思うのっ?」
 ビックリしながらアタルのほうを見た紗栄子。
 それに応えるかのようにアタルが自信満々に語り出した。
「翔太って基本あんまり喋らないでしょ。それなのにいつも声はそれなりに出ていて。ということはいつも喉が開いている状態なんだろうなぁ、って。ということは学校以外の場所で声を出しているんじゃないかなって思ったんだ」
「えっ? ショータ! 歌っているのっ! やったぁっ!」
 そう言って両手を上げて俺のほうを向いた紗栄子。
 いや、何が?
 という顔をすると、紗栄子はすかさずこう言った。
「嬉しい時はハイタッチでしょ!」
 嬉しい時?
 俺が歌っていることが嬉しい時?
 そっか、そんなに望まれているんだ、じゃあそうだな、ハイタッチだな。
 俺が紗栄子とハイタッチすると、アタルも両手を上げたので、三人でハイタッチした。
 その時に俺は決心した。
 そう。
「俺、歌うよ。歌うことは俺の好きなことだからな」
 紗栄子は大喜びで、アタルはニコニコしていて。
 きっと俺も満面の笑みを浮かべていたと思う。
 ――そして俺たちのライブ当日がやって来た。
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