上 下
3 / 27

【音楽室】

しおりを挟む

・【音楽室】


「ここが音楽室だ」
 そう俺が説明すると、めちゃくちゃ目を輝かせながら音楽室の中へ入っていった。
 今日は学校全体が部活休みの日だから良かったけども、この勢いで入っていったら確実に音楽部に笑われたな、と思いつつ、俺はアタルのあとをついていった。
「すごい! ピアノが綺麗! いろんな楽器があるねぇっ!」
 分かる。
 ここのピアノは新調したばっかりで綺麗なのだ。
 アタルはピアノに顔と体をべったりつけて、もたれかかっている。
 いやもたれかかることは止めたほうがいいけども。
 俺は何となく言葉を発した。
「アタルはやっぱり音楽好きなんだな」
「でも翔太だって好きでしょっ」
「いや別に」
「いやいやいや! いつもイヤホンで音楽聴いていてそれは無いでしょ!」
 そう言って笑ったアタル。
 まあ確かにその通りか。
「本当翔太のリズム感は良かったなぁ」
 そう言いながら、うんうんと頷くアタル。
「いやそれは聴いていた音楽に合わせて手を叩いてからだ」
「あっ! そうなんだ! というか翔太ってどんな曲聴くのっ?」
 まあこれくらい別に嘘つかなくていいか。
「オールジャンルなんでも」
「じゃあラップもっ?」
「勿論ラップだって、ロックだって、アニメソングだって童謡も、何なら演歌も聴く」
「すごい! じゃあ音楽博士だ!」
 屈託の無い笑顔を俺に向けるアタル。
 その”音楽博士”には馬鹿にしたような意味合いを全く含まない、清々しい褒め言葉だった。
 やっぱり調子狂うなと思いつつ、少し照れてしまうと、アタルはこう言った。
「作曲とかしないのっ?」
「うっっ!」
 ……さっきよりデカい声が出てしまった。
 これはまずい。
 アタル、その顔を止めてくれ。
 まさか、もしや、みたいな顔を止めてくれ。
「まさや!」
 アタルが声を上げる。
 いや『まさか』と『もしや』が混ざって人名みたいになってるぞ。
 しかしそんなことも気にせず、
「翔太! 作曲しているねっ!」
 うわぁぁぁああああああ!
 ハッキリ言われたぁぁぁあああああ!
 アタルは続ける。
「やっぱりそうだよね! 何か怪しいと思っていたんだ!」
 初めてこんな核心を突かれたので、汗が止まらなくなってきた俺。
「スマホを持ってるし、そこまで音楽好きなら絶対作曲したくなるよね!」
 今から否定するか。
 いやダメだダメだ、この汗の量。
 ダメな汗の量出てる。
 ここはもう言うしかないか……まあ不幸中の幸い、今はアタル一人だ。
 それ以上にバレることは無いだろう。
「……絶対誰にも言うなよ、俺は確かに作曲をしている」
「やっぱり!」
「ただし! 人に聴かせられるようなレベルじゃない!」
 小学五年生だから五年間学校に通ってきたけども、学校にいる史上、一番デカい声出たな、俺。
 ちょうど音楽室で良かった。
 あんまり音漏れしないから。
 でもまあ大切なことは、そこじゃない。
 アタルはどんどんしゃべる。
「いやいや! 聴かせてよ! ほら! 僕も、もっとラップを聴かせるから!」
「ダメだっ! 俺はやってやるという気概が無いから無理だっ!」
 もう俺史上、一番デカい声だ。
「いいじゃん! いいじゃん! 聴かせてよ! 何か秘密にしたいんだったら人には絶対言わないから!」
 くぅ! 秘密にしたいなら言わないだとっ!
 こっちの気持ちが手を取るように分かっているじゃないか!
 アタルって結構勘がいいなっ!
 カラダラッパーみたいなこと言い出した時、ただの馬鹿だと思ったら全然違う!
「じゃあ分かった! まず僕のラップからだ!」
 そう言って音楽室にあったマイクを手に取ったアタル。
 アタルは何の手拍子も無いまま、ラップを始めた。
 いやいや! またカラダの部位ばかり言いまくるラップ聴いたって俺の心は変わらないぞっ!

《朝倉アタル》
僕は誰にも負けない押韻マン 清く正しく日々を更新だ
ちゃんと言いたいこと言い合い 変な嘘は全く意味無い
みんなとホントに分かり合いたい 理解し合って、しない相対
時には喧嘩になるかもしれない その可能性はやっぱり消えない
でも言わないと分からないから 僕たちはまだ若いから
簡単には諦められないんだ 時には強がってピースサインだ
僕はあえて宣言する世界平和 もっと楽しい世界に出会いたいんだ
言葉で伝え続ける音楽家 ぶつけ合う、しない忖度は

 ……! いや! 全然カラダじゃない! どういうことだっ!
 アタルは自信満々にこう言った。
「カラダじゃないとおののいているでしょ、そう! 初期の僕はカラダじゃない!」
「いや初期の僕というのはよく分からないが、そういう真面目な感じもいけるんだな」
「でも真面目だけで言ってもまず聞く耳を持ってくれないから、楽しくカラダを入れることにしたんだ」
 変にカラダを入れたことで真面目さが嫌な薄まり方しているような気がするが、言っていることは分かる。
 まず気になる部分、フックを入れないと見向きもされないというわけだ。
 アタルは総じて頭が良いと思った。
 馬鹿なことを言っているようで、いろんなことを考えている。
「でもカラダだけでは聞く耳を持ってくれない、そう、翔太、君のような人にはね!」
「……!」
「そういう人にはあえてこっちの真面目さを出して、真剣さを伝える! どうだい! 僕に曲を聴かせてくれるかい!」
 な、なんてできるヤツなんだ、アタルは……そうだ、その通りだ、どこか俺はカラダラッパーと馬鹿にしていた。
 でもこんな真面目な詞も書けるということを見せられたら、心が動いてしまう……!
 いや! カラダラッパーは馬鹿にしなきゃおかしいだろ!
 だってカラダって別に言わなくても全員にあるから!
 でもまあいいだろう! そんなに俺に対して真剣ならば聴かせてやろう!
「だが! 下手だぞ! それでいいなら俺の曲! 聴いてもいい!」
 そして俺はスマホの中に入っている曲をアタルに聴かせた。
 その結果がこれだ。
「いや! めちゃくちゃクール! カッコイイ! オールドスクールだ! いかついビートに極太のベース! ピアノのウワネタがメロディアスで最高だよ!」
 急に専門用語出まくったな。
 いやまあ全部意味分かるけども。
 ドラムスとベースの音が合っていて、ピアノのメロディラインが決まっているという意味だ。
 でも何だ、何だこの感覚。
 めちゃくちゃ嬉しいな……。
「普通にこのままラップ乗せられるじゃん!」
「いやまあ、アタルがラップ好きだから、ラップ乗せられそうな曲、選んで聴かせたから」
「えっ? いろんな種類の曲もあるということっ? いやすごい! 翔太のショータイム!」
「いやいや、もう終わり、これで終わり」
 そう言って俺はアタルの耳からイヤホンを抜いた。
 すると、
「ちょっと! もっと聴かせてよ! というかっ!」
 そう言って大きく空気を吸い込んだアタル。
 全部聴かせてとか言うのかな。
「僕とユニット組んでほしい!」
 わー、そう来たかー。
「では改めて」
 そう言うと、ピアノの上に置いといていたマイクをアタルは手に取り、
「僕はカラダラッパーのアタル! 朝倉アタルだ! だから! それっ! そういうこと! だ!」
 ……台詞の切れ味悪……改めてスタートして最悪じゃん……。
しおりを挟む

処理中です...