落語のような世界

青西瓜(伊藤テル)

文字の大きさ
上 下
12 / 20

【12 甚五郎さん】

しおりを挟む

・【12 甚五郎さん】


 甚五郎さんは自転車で来た。自転車あるんだと思った。逆に、というかさすがにタクシーの類は無いんだろうな、とも思った。
「おー、ねずみよ、どうした、どうした、私が魂を込めて彫ったねずみよ」
 甚五郎さんはねずみの前でしゃがみ、撫でながらそう言った。
 俺は甚五郎さんへ、
「正面の旅館に木彫りの虎を置かれてから、こうなんです」
 とあまり余計なことを言わず、落語の『ねずみ』から外れないように、そう言うと、甚五郎さんは小首を傾げながら、
「はて……? 木彫りの虎……あんなものにビビってどうするんだ、ねずみよ、そもそも出来の良い木彫りの虎でもないぞ」
 と言うと、ハッと木彫りのねずみが動き出し、
「あっ、あれ、虎でしたか、猫だと思って怖かったんですけども」
 その言葉に甚五郎さんは大笑いし、
「そうか! そうか! 猫だと思っていたのか! そりゃ天敵だからなぁ!」
 木彫りのねずみはまた愛想良く動き出し、ホテルマンもホッと胸をなで下ろしたようだった。
 ホテルマンは喉を整えてから、こう言った。
「甚五郎さん、お礼に是非ホテルで泊まっていって下さい。そして既に宿泊券を使っている由宇さんも京子さんも宿泊できる日数を伸ばします」
 京子はバンザイして、俺とハイタッチをしようと促してきたので、とりあえず俺もハイタッチした。
 甚五郎さんはうむうむと頷きながら、
「ではたまには旅館に泊まらせてもらおうかな……ところで」
 と俺のほうを向いて、こう言った。
「私を呼んでくれと言ったのは君かい? 君は勘が鋭いなぁ」
「いえいえ、たまたまです」
 落語として知っていたとも言えないので、そう言っておくと、甚五郎さんが、
「君たちは服も傾(かぶ)いていて恰好良いなぁ、ちょっと話をしないか?」
 と言うとすぐさま京子が目を輝かせながら、
「はい!」
 と答えた。もうクールに行クールなんてものはない状態に入ったな。
 旅館の甘味処に入って、俺と京子と甚五郎さんで座った。
 すぐさまお店の人が来て、
「サービスです」
 と言ってお団子とお茶を持ってきてくれた。この旅館、良すぎるなぁ。
 甚五郎さんが、さてといった感じに座り直したところで、すぐさま京子が口を開いた。
「甚五郎さんの彫る木彫りはどんなモノも魂が入るんですか?」
「どんなモノでもか、まあ確かに入ると言えば入るな」
「今までで1番すごい木彫りって何でしたかっ?」
 すごい漠然とした質問だな、と思いながら、俺はお茶をすすると、甚五郎さんは少し間を持ってから、
「そうだな……若い女性が……とっとっと、この話は子供にすることじゃないな、やっぱり大きな木彫りの熊を彫ったら、それが動き出した時が1番驚いたことだな」
 何を言いかけたのかはよく分からないけども、そのあとの熊ってやっぱりすごいなぁ。
 京子は上半身を前のめりにして、
「その熊、どうなったんですか!」
「基本的に私の彫る木彫りは性格が温厚でなぁ、一緒に炭鉱を手伝ったりしているって毎年手紙が届くよ」
「すごい! 役に立っているんですね!」
「そうだと嬉しいけどね」
 甚五郎さんは人格者といった感じに優しく喋る。
 そこから京子の質問攻めが始まり、その度に甚五郎さんは全て答えてくれた。
 俺も落語の世界の話を聞くことは心が躍った。
 京子の怒涛の攻めも終わったところで、甚五郎さんがこう言った。
「で、君たちはどこから来たんだい?」
 俺と京子は顔を見合わせた。
 どう答えればいいか分からなかったからだ。
 この江戸時代っぽい国の名前を、地名を言えばいいのか、それとも正直に言っていいのか、迷っていると、甚五郎さんが咳払いをしてから、
「じゃあちゃんと聞いたほうがいいな、君たちはどこの世界から来たんだい?」
 その言い方に俺も京子も目を丸くしてしまった。
 世界って、明らかに嘘の地名を求めていないことは明白だったからだ。
 俺は正直に、
「2022年の日本というところから来ました。この世界とは別の世界です。この世界は日本に言い伝えられている落語、という物語によく似た世界で」
 と言ったところで、甚五郎さんが笑いながら、
「君は的確に喋るなぁ、つまり私たちは物語の中の人物だと」
 京子がすぐさま、
「いや! 生きてます! 生きてると思います!」
 と言ったのだが、甚五郎さんはそれを制止するように手のひらを前に出し、
「いやいやいいんだ、いいんだ、私たちも生きているという感覚はあるから。でも物語の中の人物のようなんだろう?」
 俺はゆっくりと頷くと、
「いやそれでいいんだ、そのことはまあ、一部の人間は、まあ分かっていると思うから」
「そっ、そうなんですか……?」
 と俺が言うと甚五郎さんは優しく笑ってから、
「そうだ、だってこの世界はどこかおかしいだろう? だから私もそう思っているんだ、きっとこれは誰かが作った世界だって」
「それは誰だと思いますか?」
「そうだなぁ、そう言われると難しいが、なんていうかそれよりもまず似た人物も多いからなぁ」
「それは! 秀道さんや修司さんですか!」
 俺がそう言って、つい立ち上がってしまうと、甚五郎さんは落ち着いてというジェスチャーをしながら、
「そういう特定の個人というよりは、ご隠居の言いっぷりがどこもかしこも似ていたりだな」
 俺は頭上に疑問符を浮かべると、京子が、
「落語の世界には知ったかぶりをするご隠居というのがいっぱい出てくるの」
 と言うと、甚五郎さんが、
「そうそう、まさにその通りだ。ご隠居と言えば知ったかぶり、それと同時にご隠居が適当に言っていることに気付かないバカな若者もセットで現れる」
 京子が首を縦に振りながら、
「落語ってそういうパターンが多いんだよ、由宇」
 そうなのか、さすが京子のほうが落語に詳しいだけあるなぁ、と感心した。
 でもそんな違和感に気付くなんて、
「甚五郎さん、何だかつらくありませんか、そういう違和感に対して気になったりしませんか?」
「いやつらくはならないな、むしろそういうところを探して楽しんでいるよ」
 何だか甚五郎さんから器の大きさを感じた。
 この人はきっとどんな世界でも生きていけるんだろうなぁ、と思ったその時だった。
「ねずみがぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 ホテルマンのドデカい声だ。
 俺も京子も甚五郎さんもすぐさま、旅館の玄関へ行くと、そこには地面に膝をついてガクっとうなだれているホテルマンがいた。
「どうしたんですか?」
 と俺が真っ先に言うと、ホテルマンが泣きながら、こう言った。
「ねずみが! ねずみがいないんです!」
「探します!」
 すぐさま京子は旅館の周りの狭いところを覗き始めた。
 甚五郎さんは顎に手を当てて、悩みながら、
「でもねずみはな、木彫りのモノはな、あくまで木彫りなんだ、木彫りとして設置したところからあまり動かないものなんだけどな。まあ人間に促されれば別だけども。炭鉱の熊のように範囲を広げることもあるが、だが、ここのねずみはこの旅館の玄関だけをうろちょろしていただけなんだが」
 俺はまた”落語のその後”が起きたと思った。
 どうやら必ず落語のその後が起きるらしい。
 じゃあ一体これはどういうその後なのか、と考えたら、1つ浮かんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

すぐケガしちゃう校長先生を止める話

青西瓜(伊藤テル)
児童書・童話
 この小学校の生徒会長には大切な仕事があった。  それは校長先生を守ること。  校長先生は少し特殊な個性や能力を持っていて、さらにそれを使ってすぐケガしちゃうし、大声で泣いてしまうのだ。  だから生徒会長は校長先生のお守りをしないといけないのだ。  それを補助してくれるはずの生徒副会長の桜さんも天然ボケがすごい人で、今日も今日とてハチャメチャだ。  これは僕と校長先生と桜さんの話。

【総集編】日本昔話 パロディ短編集

Grisly
児童書・童話
❤️⭐️お願いします。  今まで発表した 日本昔ばなしの短編集を、再放送致します。 朝ドラの総集編のような物です笑 読みやすくなっているので、 ⭐️して、何度もお読み下さい。 読んだ方も、読んでない方も、 新しい発見があるはず! 是非お楽しみ下さい😄 ⭐︎登録、コメント待ってます。

オオカミ少女と呼ばないで

柳律斗
児童書・童話
「大神くんの頭、オオカミみたいな耳、生えてる……?」 その一言が、私をオオカミ少女にした。 空気を読むことが少し苦手なさくら。人気者の男子、大神くんと接点を持つようになって以降、クラスの女子に目をつけられてしまう。そんな中、あるできごとをきっかけに「空気の色」が見えるように―― 表紙画像はノーコピーライトガール様よりお借りしました。ありがとうございます。

【総集編】童話パロディ短編集

Grisly
児童書・童話
❤️⭐️お願いします。童話パロディ短編集

鳥の詩

恋下うらら
児童書・童話
小学生、名探偵ソラくん、クラスで起こった事件を次々と解決していくお話。

見習い錬金術士ミミリの冒険の記録〜討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?〜

うさみち
児童書・童話
【見習い錬金術士とうさぎのぬいぐるみたちが描く、スパイス混じりのゆるふわ冒険!情報収集のために、お仕事のご依頼も承ります!】 「……襲われてる! 助けなきゃ!」  錬成アイテムの採集作業中に訪れた、モンスターに襲われている少年との突然の出会い。  人里離れた山陵の中で、慎ましやかに暮らしていた見習い錬金術士ミミリと彼女の家族、機械人形(オートマタ)とうさぎのぬいぐるみ。彼女たちの運命は、少年との出会いで大きく動き出す。 「俺は、ある人たちから頼まれて預かり物を渡すためにここに来たんだ」  少年から渡された物は、いくつかの錬成アイテムと一枚の手紙。 「……この手紙、私宛てなの?」  少年との出会いをキッカケに、ミミリはある人、あるアイテムを探すために冒険を始めることに。  ――冒険の舞台は、まだ見ぬ世界へ。  新たな地で、右も左もわからないミミリたちの人探し。その方法は……。 「討伐、採集何でもします!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?」  見習い錬金術士ミミリの冒険の記録は、今、ここから綴られ始める。 《この小説の見どころ》 ①可愛いらしい登場人物 見習い錬金術士のゆるふわ少女×しっかり者だけど寂しがり屋の凄腕美少女剣士の機械人形(オートマタ)×ツンデレ魔法使いのうさぎのぬいぐるみ×コシヌカシの少年⁉︎ ②ほのぼのほんわか世界観 可愛いらしいに囲まれ、ゆったり流れる物語。読了後、「ほわっとした気持ち」になってもらいたいをコンセプトに。 ③時々スパイスきいてます! ゆるふわの中に時折現れるスパイシーな展開。そして時々ミステリー。 ④魅力ある錬成アイテム 錬金術士の醍醐味!それは錬成アイテムにあり。魅力あるアイテムを活用して冒険していきます。 ◾️第3章完結!現在第4章執筆中です。 ◾️この小説は小説家になろう、カクヨムでも連載しています。 ◾️作者以外による小説の無断転載を禁止しています。 ◾️挿絵はなんでも書いちゃうヨギリ酔客様からご寄贈いただいたものです。

シャルル・ド・ラングとピエールのおはなし

ねこうさぎしゃ
児童書・童話
ノルウェジアン・フォレスト・キャットのシャルル・ド・ラングはちょっと変わった猫です。人間のように二本足で歩き、タキシードを着てシルクハットを被り、猫目石のついたステッキまで持っています。 以前シャルル・ド・ラングが住んでいた世界では、動物たちはみな、二本足で立ち歩くのが普通なのでしたが……。 不思議な力で出会った者を助ける謎の猫、シャルル・ド・ラングのお話です。

鎌倉西小学校ミステリー倶楽部

澤田慎梧
児童書・童話
【「鎌倉猫ヶ丘小ミステリー倶楽部」に改題して、アルファポリスきずな文庫より好評発売中!】 https://kizuna.alphapolis.co.jp/book/11230 【「第1回きずな児童書大賞」にて、「謎解きユニーク探偵賞」を受賞】 市立「鎌倉西小学校」には不思議な部活がある。その名も「ミステリー倶楽部」。なんでも、「学校の怪談」の正体を、鮮やかに解明してくれるのだとか……。 学校の中で怪奇現象を目撃したら、ぜひとも「ミステリー倶楽部」に相談することをオススメする。 案外、つまらない勘違いが原因かもしれないから。 ……本物の「お化け」や「妖怪」が出てくる前に、相談しに行こう。 ※本作品は小学校高学年以上を想定しています。作中の漢字には、ふりがなが多く振ってあります。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。 ※本作品は、三人の主人公を描いた連作短編です。誰を主軸にするかで、ジャンルが少し変化します。 ※カクヨムさんにも投稿しています(初出:2020年8月1日)

処理中です...