落語のような世界

青西瓜(伊藤テル)

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【10 ねずみ】

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・【10 ねずみ】


 ねずみ旅館だってすぐに分かった。
 大きな看板があることは勿論のこと、旅館の出入り口で木彫りのような色合いのねずみが可愛くチュチュチュチュと走り回っていたからだ。
「可愛い!」
 京子は嬉しそうにねずみに近付き、頭を撫でた。
 ねずみも撫でられて嬉しそうだ。
 そのねずみのコミカルさはまるでアニメのよう、このあたりのオーバーリアクションも非常に落語っぽい。
 俺はふとあることに不安を抱き、京子に言うことにした。
「今、天神祭をやっていてお客さんが多いよな、そもそもねずみの旅館は大繁盛店だし。券があったところで泊まれるかな」
「う~ん、でもそうなったらあの長屋に戻ればいいだけだから大丈夫じゃないかな」
 確かにその通りだと思って、俺は受付に行った。
「すみません、今日ってこの券を使えますか?」
 受付の人は目を丸くしながら、
「何でこの券を持っているんですか……?」
 と少々訝しむようにそう言った。
 俺は正直に、
「秀道さんという男の人からもらいました。妻がねずみ苦手で泊まれなかったそうです」
 と答えると、受付の人は、
「もらったんですね! それなら分かりました! 部屋はあります! 最高級のスイートルームです! 誰も泊まっていないので泊まれます! 今の時期はみんな天神祭にお金を使いたいので、宿泊費は節約するんですよねぇ!」
 最高級のスイートルーム、この江戸時代っぽい世界の最高級のスイートルームって一体どうなんだろうと思ったら、なんてことは無い、しっかり現代仕様のスイートルームで、ベッドがある部屋が2つあって、大きなテレビがあって、IHコンロもあって、庭付きでそこには露天風呂もあった。というかこの世界、テレビあるんだ。
 京子は入ってすぐ、テレビのスイッチを付けると、そこには美人な女性が天気予報をしていた。
 ただし日本地図は少々いびつで、精巧な形ではなかった。そこは江戸っぽいんだ。
 京子はリモコンを使って、どんどんテレビをザッピングしていく。
 そこにはちょんまげの人たちがひな壇に座ってトークを繰り広げていたり、縄文時代のドラマがあった。いやこの時代の時代劇、縄文時代の時代劇になるんだ。
 もうお風呂はいいから寝ようかなと思っていると、部屋のチャイムが鳴った。
 何だろうと思って俺が出ると、旅館の人が食事を持ってきていて、どうやらルームサービスもあるらしい。
 その料理は豪華な鮎の塩焼きに、美味しそうに揺れる豆腐、野菜たっぷりの鍋などがあった。
 飲み物は甘酒を持ってきて下さって、スイーツは干し柿らしい。
 俺と京子はイスに座って、食事をし始めた。
 ナイフとフォークがテーブルに置かれ、何で食べ物は和っぽいのに、食器は全部洋なんだ、と思った。
 そのちぐはぐさも、輪郭亭秋芳の落語のようだった。
 食事も終えると、京子がこう言った。
「せっかくだから露天風呂入ろうかな!」
「いや京子、丸見えなんだから止めろよ」
「いや全然柵があって丸見えなんかじゃないよ、空がよく見えるけどね」
「そうじゃなくて俺から丸見えだろ、俺はベッドの中で隠れてろってか?」
「あっ、そういうことか、じゃあ交互にそうしよう、声掛ければいいから」
 俺は深く呼吸をしてから、
「そういうの面倒だからお風呂とかいいだろ、明日になったら夢が覚めているさ」
「そんなことないよ! 私、この世界、本当に現実だと思うよ!」
「どうだか……」
「とにかく! 私は露天風呂入るからね! 見たかったら別に見ていいし!」
「俺の夢はそんなよこしまな夢じゃないから!」
 俺はベッドの中でくるまった。
「じゃあ私は露天風呂を堪能するね」
 そう言って多分露天風呂に入った音がした。
 外からはぴちゃぴちゃと音がする。
 というかこれから京子と2人っきりで泊まるわけか。
 このスイートルーム、ベッドの部屋が2つあって良かった、別々で寝ることができる。
 でも3日しかここには泊まれない、いやいや俺の予想ではもう夢が覚めるんだ、大丈夫大丈夫。
 そんなことをぐるぐる考えていると、
「上がったよ!」
 という京子の声がして、ベッドから顔を出すと浴衣に着替えた京子がそこに立っていた。
 俺は、
「じゃあ俺はそのまま寝るから」
 と言って、ベッドで本格的に寝る態勢になると、京子が、
「もっといろいろ話そうよ! せっかくの世界だよ!」
「いいよ、俺はそろそろ目が覚めたいんだ。こんな膝が動く世界、長くいたら戻った時、悲しいだろ」
 と俺が言うと、京子は悲しそうな顔をして、
「そんなこと言われたらもう……分かったよ……でもきっと覚めないよ、こっちが現実だから」
 そんなわけないだろ、と思いながら、俺は眠りについた。
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