落語のような世界

青西瓜(伊藤テル)

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【08 子供の愚痴】

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・【08 子供の愚痴】


「最近お父さんが僕を遊びに連れてってくれないんだ」
 それに京子が、
「忙しいのかな?」
 と答えると、
「ううん、僕のお父さんが忙しいわけないじゃないか。いつもだらだら街を歩いて太鼓持ちみたいな生活をしているよ」
 太鼓持ちというのは確か流しの小間使いみたいなことだったような。
 お金持ちをおだてて、小銭をもらうような存在だと落語の中では言っていたような。
「そのくせ家では偉そうで嫌になるよ、僕にも太鼓持ちしてほしいくらいだよ」
 京子は頷きながら、
「家で偉そうなのは嫌だよねぇ、みんな対等であってほしいよね」
「そうさ! 今の時代ジェンダー平等! SDGsだって平等が命さ!」
 俺は心の中で国連とかあるんだ、と思った。
 やっぱり全体的に輪郭亭秋芳のように現代仕様だ。
 子供はテンションが上がったように、両手を挙げながら、天に向かって喋るように、こう言った。
「そりゃ僕は欲しいモノがあったら、すぐにねだっちゃうのも悪いとは思うよ! でも欲しいじゃない! 子供なんだから!」
 と言った時に俺は思ったことが口に出た。
「初天神」
 そう、まるでこの子供が初天神に出てくる子供のように感じてしまったからだ。
 本当に落語のような世界で何だかちょっと笑ってしまうと、子供が俺のほうを見て、
「そう! 笑っちゃうよね! 笑っちゃうほど行きたいよね! 天神祭に! お金のことは知らないくせに今日の天神祭のことは知ってるんだね!」
「えっ? 天神祭あるの?」
 と俺は生返事をしてしまうと、子供は強く頷きながら、
「そうだよ! 今日だよ! もしかすると明日だと思っていたの! メインは今日! 明日とかもやってるけどもメインは今日あるんだよ! だから僕は絶対天神祭に行きたいんだよ!」
 と叫んだところで家の戸を叩く音が聞こえた。
 何だろう、もしかするとこの家に住んでいた人への借金取りかな? とか思って、俺は戸を開けながら、
「すみません、前に住んでいた人は引っ越しました」
 と言うと、そこにはなんと! 輪郭亭秋芳が立っていたのだ!
「輪郭亭秋芳だ!」
 と俺がデカい声を出してしまうと、子供が指差しながら、
「あっ! お父さん!」
 と言った。
 えっ、輪郭亭秋芳がこの子供のお父さん? というかこの世界に輪郭亭秋芳? とか思っていると、
「輪郭亭秋芳ってなんだい、俺様はこの子の父親で、秀道(しゅうどう)という名前だ。ちょっと違うぞ」
 秀道……? いやどう見ても輪郭亭秋芳に見えるんだが、と思っていると京子が、
「いや輪郭亭秋芳さんですよね、この世界は輪郭亭秋芳さんが作ったんですか?」
 すると秀道と名乗る人は、
「へへへっ、この世界を作ったのが俺様だって? 良い太鼓持ちになれるよ、嬢ちゃん。でも残念、俺様は秀道だ、名前が違うぞ」
 しかし声も風貌も何から何まで輪郭亭秋芳に似ている……いや、そう言えば背が低いような気もする。
 輪郭亭秋芳は大柄な体格で、縦も横も大きく、オーラというか威厳があったけども、この秀道は太さはあるが背が低く、何だかショボい雰囲気がある。
「京子、この輪郭亭秋芳、ちょっと小さいぞ。違うのかな」
「でもそっくりだよ、秋芳さんに顔も……確かに背が低い……」
 秀道と名乗る男はちょっとこちらを睨むように、
「背が低いなんて言うんじゃない、こちとらコンプレックスなんだから」
 やっぱり秀道も同じように英語を普通に使う。
 そこもまた輪郭亭秋芳にそっくりなんだけども。
 秀道は続ける。
「まあそんなことはどうでもいい、背はいつか伸びるし。道夫、オマエが大きな声で天神祭に行くって言っていたの聞こえたぞ」
「あっ! 大きな声過ぎた!」
「そのことだか、妻様がたまには連れていけとうるさくてな、オマエを連れて行くことにしたから」
「やったぁ!」
 子供は立ち上がってバンザイして喜んだ。
 何だかどんどん『初天神』に近付いていっているような。
 まあそのごちゃまぜ感がまさに夢だと思っていると、子供がえっへんといった感じで俺を見ながら、
「よし決めた! 先生として天神祭の楽しさを君たちに教えてあげよう!」
 間髪入れず秀道が、
「いや俺様は何もおごらないからな! 勿論、道夫! オマエにもな!」
 すると子供が少ししょげながら、
「そ、そうだよね、そりゃそうだよね、ずっと前からそういう約束で連れてってくれと言っていたからね……」
「そうだぞ! 俺様が道夫を連れて行くのは妻様に言われたこともあるが、何よりも道夫が天神祭で何もねだらないって言ったからだからな!」
「勿論さ、勿論さ……とほほ……」
 う~ん、完全に『初天神』の流れだ。
 子供がねだらないと言うことがフリになって、後半、父親のほうがねだるように散財していくんだ。
 この2人についていけば、近くて『初天神』が見られるかもしれないな。
 ならば、と思ったところで京子が、
「勿論私たちは何もいらないよ! 天神祭が見られるだけで楽しいからね! じゃあ道夫くん、で、いいかな? 道夫くん! 私と由宇をガイドしてね!」
「そうそう! 僕には先生という役目があるんだ! それをしっかりするよ! じゃあ僕は天神祭についてちょっと勉強してくるから、一旦サヨナラ! 午後の4時になったら鐘が鳴るから、鳴ったら外に出てきて一緒に行こう!」
 子供、というか道夫くんと秀道とはここで別れて、俺と京子は2人っきりになった。
 京子はふと、こう言った。
「何だかここからすごい冒険が始まるような気がしてワクワクしているよ」
「いや俺の夢だから」
「じゃあ私の夢!」
「いいや、俺の夢だね」
「ううん! これは本当に私の夢なんだ! 落語の世界に行きたいという私の夢が叶っているんだ!」
 そう拳を強く握って感慨深そうに言った京子。
「そういう夢ね、まあ俺の夢だけどな、ただの寝ている最中に見る夢だけどな……さて、食べ物どうするか?」
「私は結構野草とかも詳しいから、適当に野草を摘んで食べようかっ」
「野草か、まあ食わないよりはマシだな、ちょっとこの家の中の棚とか見てみるか」
 と言って、それぞれで棚の中を確認すると、普通に食べられそうな味噌や塩があったので、調味料の心配はしなくていいらしい。
 改めて都合が良すぎる世界だな、と思った。
 野草をとって、それに味噌をつけて食べていたら、あっという間に午後4時の鐘が鳴った。
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