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あの家
その一
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1
姫楠市の高蔵町には、いわくつきの物件がある。学校の通学路にあり、小学生たちは息をとめたり駆けぬけたりして対処していた。ホラーハウスとよんだり、お化け屋敷とよんだりしていた。その家に面した道まで、幽霊道路といわれる始末だ。
おもしろ半分ふざけ半分でそんな噂をしあっていたのだが、こどもたちのうちでも勘のいい子たちは本気でこわがっていたし、そういう子たちのうちでも、特に鋭い子たちはほんとうにつかまったりすることがあった。
金山祥輔もそんなうちの一人だった。
2
その家の外観はつぎのようなものだった。家は南むき、西がわが道路。境には古ぼけた金網がある。学校によくある緑の金網とおんなじで、祥輔はところどころやぶけてサビのついた金網のこともなんだかこわかった。家をまもるため、というよりは、なにかを出さないためのように見えたから。道路と金網のすきまには何十年も放置された自転車がなぜか三台。すべてこども用の自転車で、つかまった子たちの自転車だとのうわさがあった。
これも祥輔たちがこわがる理由のひとつだが、屋敷の門は金網のむこうにあったのだ。ということは、この金網はずっと後からだれかが立てたことになる。
門からは踏み石が五つおかれて、ふるぼけたタイルの玄関につづく。玄関は砂まみれだけど、カサたてには赤と黄色のカサがきちんとさしてあった。
南には庭があり、松や柊といった、ちょっとした日本の庭園によくある樹木が一面に植えられている。なんとなくうっそうとして見えた。それらは手いれをされていないから、年中ほんのすこしだけ枯れていた。クモの巣もいっぱいたかっていた。
そして、表札――というよりも看板だ――には、岡崎医院、とあったのだ。
3
祥輔が、あの日、ホラーハウスを通りがかったのはほんの偶然だった。けれど、後になってみると、その日にいたるずっと以前から目をつけられていたんだとわかる。
ゲームに夢中になるうちに日は暮れて、友達の家から急いで飛び出したときには、街は真っ赤になっていた。その日の夕焼けはものすごかった。空は赤いサングラスを通したみたいに赤く、街はその赤と影の黒とのコントラストだった。なんだか別の街に来たみたいだ。
祥輔は家までの道を一生けんめいはしる。夏のやけた空気がのどをカラカラにした。
祥輔はもう幽霊道路をとおることはあきらめていた。ひどく遠まわりになるけれど、二車線道路にめんした鋪道まででて、ぐるっとまわりこむつもりでいた。だから、幽霊道路がみえた瞬間に足をとめたのは、不思議というほかない。
通りはもう、血をこぼしたみたいに真っ赤だった。祥輔はこんな夕焼けを見たことがない。
祥輔はあらい息をつきながら、胸をおおきく波打たせ、幽霊通りにちかづいていく。汗だくで、シャツもびっしょり。なのに、ドライヤーをつかったみたいにノドがヒカヒカで、ならすとペタリとはりつくほどだ。祥輔はノドの上をちょっとこする。それからあの道をめざして歩き始めた。
へんだな、と祥輔はおもった。なんだかおかしい。カメラみたいに、家にだけピントが合っている。岡崎医院のほかはぼやけてみえた。耳栓をしたみたいに、自分の息がおおきく聞こえる。心臓の音も。違和感をたしかめるためにホラーハウスにちかづき、それでようやく何がへんなのかわかった。
金網がないのだ。
時間が止まったみたいだ。びっくりしすぎてこわがるのも忘れた。地面には金網のあとすらない。表面についた砂埃も、細かくはった蜘蛛の巣もすっかりおちて、新品みたいに輝いている。
祥輔が顔をあげたのは、こどもの声がきこえたからだ。庭先で三人のこどもたちがボールをつかって遊んでいる。
目の端になにかがひっかかる。自転車だ。乗りすてられていたはずの自転車がピカピカになっている。夕陽をうけてにぶく光った。けれど、そのほうを見なかった。こどもたちから目をはなせない。
なにしてるの――
声が出なかった。こどもたちは手をとめて祥輔をみた。そのとき――
祥ちゃん……
かすかな声がする。家の中からだった。夢みるような心地がますます強くなり、
祥ちゃん……
「誰?」
足をふみだした。気づいていなかったのだ。変化があったのはその家だけじゃない、あき地が三つばかりできていたし、積水ハウスはなくなって、古ぼけた日本家屋がふえていた。
たすけて……という声が聞こえたときはもうおそかった。つまさきが敷地をこえた瞬間に、電流がはしった。祥輔はあっと声を上げた。のぶとい腕が、祥輔の腕をつかんでいた。
姫楠市の高蔵町には、いわくつきの物件がある。学校の通学路にあり、小学生たちは息をとめたり駆けぬけたりして対処していた。ホラーハウスとよんだり、お化け屋敷とよんだりしていた。その家に面した道まで、幽霊道路といわれる始末だ。
おもしろ半分ふざけ半分でそんな噂をしあっていたのだが、こどもたちのうちでも勘のいい子たちは本気でこわがっていたし、そういう子たちのうちでも、特に鋭い子たちはほんとうにつかまったりすることがあった。
金山祥輔もそんなうちの一人だった。
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その家の外観はつぎのようなものだった。家は南むき、西がわが道路。境には古ぼけた金網がある。学校によくある緑の金網とおんなじで、祥輔はところどころやぶけてサビのついた金網のこともなんだかこわかった。家をまもるため、というよりは、なにかを出さないためのように見えたから。道路と金網のすきまには何十年も放置された自転車がなぜか三台。すべてこども用の自転車で、つかまった子たちの自転車だとのうわさがあった。
これも祥輔たちがこわがる理由のひとつだが、屋敷の門は金網のむこうにあったのだ。ということは、この金網はずっと後からだれかが立てたことになる。
門からは踏み石が五つおかれて、ふるぼけたタイルの玄関につづく。玄関は砂まみれだけど、カサたてには赤と黄色のカサがきちんとさしてあった。
南には庭があり、松や柊といった、ちょっとした日本の庭園によくある樹木が一面に植えられている。なんとなくうっそうとして見えた。それらは手いれをされていないから、年中ほんのすこしだけ枯れていた。クモの巣もいっぱいたかっていた。
そして、表札――というよりも看板だ――には、岡崎医院、とあったのだ。
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祥輔が、あの日、ホラーハウスを通りがかったのはほんの偶然だった。けれど、後になってみると、その日にいたるずっと以前から目をつけられていたんだとわかる。
ゲームに夢中になるうちに日は暮れて、友達の家から急いで飛び出したときには、街は真っ赤になっていた。その日の夕焼けはものすごかった。空は赤いサングラスを通したみたいに赤く、街はその赤と影の黒とのコントラストだった。なんだか別の街に来たみたいだ。
祥輔は家までの道を一生けんめいはしる。夏のやけた空気がのどをカラカラにした。
祥輔はもう幽霊道路をとおることはあきらめていた。ひどく遠まわりになるけれど、二車線道路にめんした鋪道まででて、ぐるっとまわりこむつもりでいた。だから、幽霊道路がみえた瞬間に足をとめたのは、不思議というほかない。
通りはもう、血をこぼしたみたいに真っ赤だった。祥輔はこんな夕焼けを見たことがない。
祥輔はあらい息をつきながら、胸をおおきく波打たせ、幽霊通りにちかづいていく。汗だくで、シャツもびっしょり。なのに、ドライヤーをつかったみたいにノドがヒカヒカで、ならすとペタリとはりつくほどだ。祥輔はノドの上をちょっとこする。それからあの道をめざして歩き始めた。
へんだな、と祥輔はおもった。なんだかおかしい。カメラみたいに、家にだけピントが合っている。岡崎医院のほかはぼやけてみえた。耳栓をしたみたいに、自分の息がおおきく聞こえる。心臓の音も。違和感をたしかめるためにホラーハウスにちかづき、それでようやく何がへんなのかわかった。
金網がないのだ。
時間が止まったみたいだ。びっくりしすぎてこわがるのも忘れた。地面には金網のあとすらない。表面についた砂埃も、細かくはった蜘蛛の巣もすっかりおちて、新品みたいに輝いている。
祥輔が顔をあげたのは、こどもの声がきこえたからだ。庭先で三人のこどもたちがボールをつかって遊んでいる。
目の端になにかがひっかかる。自転車だ。乗りすてられていたはずの自転車がピカピカになっている。夕陽をうけてにぶく光った。けれど、そのほうを見なかった。こどもたちから目をはなせない。
なにしてるの――
声が出なかった。こどもたちは手をとめて祥輔をみた。そのとき――
祥ちゃん……
かすかな声がする。家の中からだった。夢みるような心地がますます強くなり、
祥ちゃん……
「誰?」
足をふみだした。気づいていなかったのだ。変化があったのはその家だけじゃない、あき地が三つばかりできていたし、積水ハウスはなくなって、古ぼけた日本家屋がふえていた。
たすけて……という声が聞こえたときはもうおそかった。つまさきが敷地をこえた瞬間に、電流がはしった。祥輔はあっと声を上げた。のぶとい腕が、祥輔の腕をつかんでいた。
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