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#25 旅立ち

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「えっと……その……」

 小さな声で口ごもってしまうユリア。しょうがないので俺が代わりに言ってやることにした。

「自分のお金をどう使おうが人の自由だろう。アンタが強制することじゃない」

「みんなお金を払っているんですよ? そんなのズルじゃないですかぁ?」

 みんなに問いかけるように言ってくるさくらひめ。当然ヘイトは俺たちに向けられる。

「そうだそうだ! お前たちだけお金を払わないでギルドハウスを使うつもりなんだろう!」

「いるんだよなァ、そういう奴。ほんと狡いわ」

 散々な言われようだ。他のギルドメンバー達も俺たちを非難してくる。これが素晴らしきギルドの団結力ってやつだね。

 しかし、俺もすっかりギルドでも悪目立ちしてしまったな。こりゃ、そろそろこのギルドに居るのも限界かもしれない。

「姫、こうなったら決闘でお金を徴収するしかないですよ!」

「そうだ! 決闘だァ! 決闘で奪い取れェ!」

 さくらひめの取り巻きが決闘、決闘、と盛り上がり始めた。

 決闘……知っての通りプレイヤー同士で戦うことが出来るシステムだ。

 決闘が行われる前に、お互いに等価値の何かを賭ける必要がある。決闘で勝った者は、相手の賭けた者を奪うことが出来るのだ。そのシステムを利用して、俺から金をむしり取ろうという魂胆だ。さくらひめはよほどの自信家なのだろう。

「みんなそう言っているし、私と決闘しましょうか?」

 さくらひめがニヤニヤと笑みを浮かべながら、俺とユリアに聞いてくる。こんな面倒なことに巻き込まれるのは正直御免だが……。

「シエルさん……」

 ユリアが不安そうな顔でこちらを見てくる。そういや、ユリアまで巻き込まれてるじゃん。喋ろうとしていたのを途中で俺が遮っちゃったし、これは俺にも責任があるよね。嗚呼、最初から変なこと吹き込まなきゃ良かった。ユリアも素直にさくらひめに金を払っておけばこのギルドで楽しくやれたのかもしれないのにね。とりあえず決闘は俺がユリアの分も受け持って、これで俺たちはオサラバにしよう。

「ユリアの分も俺が戦おう。お金も2人分賭ける。それでいいな?」

「……仕方がないですねぇ。それでいいですよ。私、準備をしてくるので少しお待ちを」

 さくらひめはそう言うと、ワープリングで姿を消した。ギルドメンバー達は異分子を排除するのが楽しみらしく、俺たちを囲みながら下卑た笑みを浮かべている。

「シエルさん、私も戦いますよ」

「いや、俺が言い出したことが発端だしな。ユリアは見ていてくれ」

「でも、お金が……!」

「俺の金でやるからいいよ。その代わり勝ったときは全部俺の金だ。それならいいだろう?」

「でも負けたら……」

「大丈夫、絶対に勝つから」


 しばらくして……。


「みんな、お待たせにゃー♪ 決闘、始めるよぉ」

 そう言って現れたのは防具と武器を新調したさくらひめ。龍のイラストの入った青い武道着に、背中にはトゲトゲの付いた棍を背負っている。恐らく、ギルドハウスの寄付として貰ったお金で装備を購入してきたのだろう。どれも序盤には相応しくない高性能・高級品の装備だ。他のギルドメンバー達は自分達のお金がギルドハウスではなく、装備品に使われたことをどう思っているのだろうか。

「姫―! 魔法使いなんか楽勝ですよ!」

「あんなクズ、ボコってやってください!」

 …………

 どうも思っていないようだな……。どいつもこいつもすっかり毒されていやがる。ギルドマスターのタツヤはすっかり空気と化しているし、さくらひめにギルドを乗っ取られるのも時間の問題だろうな。いや、既に乗っ取られているか。

 まずは冷静に、さくらひめと俺のステータスを比較してみる。

―――――――――――――――――――――――――
所属ギルド《光の冒険団》

【プレイヤー名】さくらひめ
【種族】人間
【職業】格闘家 Lv.32

【ステータス】
HP:320 MP:20
攻撃力:280
守備力:270
魔力:0
器用さ:340
素早さ:540
―――――――――――――――――――――――――


―――――――――――――――――――――――――
所属ギルド《光の冒険団》

【プレイヤー名】シエル
【種族】獣人
【職業】魔法使い Lv.45

【ステータス】
HP:150 MP:200
攻撃力:43
守備力:78
魔力:336
器用さ:120
素早さ:150
―――――――――――――――――――――――――

 レベルなら俺の方が勝っている。だが、ステータスはさくらひめの方が圧倒的に高い……。DOMは金でステータスが買える、なんて言葉を思い出すね。さくらひめのステータスの中でも突出しているのは素早さだ。

 俺が魔法使いということで、魔法の詠唱中に倒してしまおうというのがさくらひめの戦略なのだろう。魔法使いは遠距離には強いが、近距離には圧倒的に弱い。だからすぐに距離を詰めるために素早さを特化してきたんだ。

「そろそろ決闘を始めるけど準備はいいかなぁ、シエル君?」

「ああ……」

【シエル vs さくらひめ】


 ギャラリーに囲まれており、俺とさくらひめの現在取りうる最大の距離は5メートルほど。ここで強力な魔法を当てれば1撃で倒すことも可能だろうけど、長い詠唱時間の隙をついてさくらひめが攻撃を仕掛けてくることは見え透いている。紙装甲の俺はすぐにノックアウトだ。

 こうなれば、詠唱時間の長い魔法はこの戦いでは悪手。この戦いでは詠唱時間の短い魔法しか使えないという縛り付きだ。

 ファイアボール、アイスショット、フローズン。

 詠唱時間の短い魔法はこの3つ。

 ファイアボールとアイスショットは攻撃としてはワンパターンで、流石に威力が弱すぎる。1撃で倒せないのであれば、何回も詠唱することになるので、結局その間にやられてしまうだろう。ならばフローズンでさくらひめを凍らせるか? いや、フローズンの射程範囲は狭い。頭の悪いモンスターならともかく、プレイヤーキャラクターであるさくらひめなら、近づいて詠唱を始めたところですぐにやられてしまう。ならば……。

【決闘開始!!】

 そのウィンドウが出ると同時に俺は【フローズン】を唱える。フローズンで凍らせる対象はさくらひめではない。俺の持っている武器、シルフの杖だ。

「隙ありィ!!」

 さくらひめは姫とは思えないような声で叫び、予想通り、俺の詠唱している隙をついて棍で攻撃を仕掛けてくる。だが、さくらひめがこちらに辿り着くよりも、俺の魔法を発動させる方が早い。

 ガキィィン!

 俺は凍らせた杖で、さくらひめの攻撃を受け止める。

「杖を凍らせてどうするつもり? 攻撃力はこっちが高いんだからいつまでも持たないよぉ?」

「今に分かるさ」

 杖と棍の衝突は一見攻撃力が高い棍が優勢と思えたが、押されたのは棍、さくらひめの方だった。

「馬鹿な! 一体どうして……!」

「この杖に張り付いている氷は俺の魔法だ。つまり今の杖での攻撃は、攻撃力依存ではなく魔力依存の攻撃になるんだよ」

「そんなのおかしいでしょ! どう見たって杖は物理攻撃じゃない!」

「そうだな……でも実際に押されているのはアンタだ。俺の魔力は336、アンタの攻撃力は280で俺の方が上。ここから更に力を込めればどうなるかな?」

「くっ……」

 俺は前方に更に体重を掛けると、さくらひめはズルズルと押されていく。やがて、耐えられなくなったさくらひめは後ろに倒れ込んだ。無防備になったさくらひめの身体に、俺は容赦なく凍らせた杖を叩きつける。魔法攻撃は守備力でダメージを軽減できない。これで終わりだ。

 ドスッ!

【winner:シエル】
【20000ヴィルを獲得】

 誰もが予想していなかった展開にさくらひめを応援していたギャラリーの時が一瞬止まる。そして……。

「はぁぁぁあ? こんなのズルじゃねえか!」

「なんだよ、杖で殴るのが魔法攻撃って! こんなんバグ技じゃねえか!」

「シエル、てめえ俺たちの金を返せ!」

 …………

 ブーブーと俺に対する暴言、怒号が飛び交う。このギルドでの俺はすっかり悪者だ。

 俺が勝ったってのに、祝ってくれる声がどこからも聞こえてこないのが悲しいね。そもそも暇つぶしなんていうしょうもない理由でギルドに入ったのが間違いだったんだ。肉食の羊が草食の羊に混ざるなんて無理だったんだ。そんなことにも気が付けなかった俺はバカ、馬鹿の極み、アルティメット馬鹿。癒しなんて求めずに、最初から復讐だけに集中していれば良かったんだよ。寄り道なんかするべきじゃなかったんだ。

「シエル……お前……絶対許さない……」

 さくらひめが地面に倒れて動けないまま、恨み言を口にする。

「2万ヴィル、ごちそうさまでした。アナタの悪女っぷりは俺も見習いたいと思います」

 文字通り、俺はさくらひめを見下しながらそう告げた。

「シエルはこのギルドから出ていけ!」

 野次の中からそんな声が聞こえてきた。

 ああ、そうだな。もうこんなギルドに居る意味もない。人混みの中からどうにかタツヤを探し出して、すれ違いざまに一言。


「世話になったな、ギルド運営頑張れよ」


 返事はなかった。俺はそれだけ言って光の冒険団のギルドを脱退した。



「この街にも長く居過ぎたな」

 ウェスタンベルの北門から出て次の街に行こうとしたとき、後ろから声が掛かってきた。

「……あの、シエルさん」

「ユリアか」

 俺は振り返らずに答える。

「私もギルドを抜けてきました。これからはシエルさんと一緒に行きます」

「一緒に? 俺にはやることがあるんだ。これからは俺に関わらない方がDOMを楽しめるぞ」

「それでも私、シエルさんについていきます。お力になれるかは分かりませんが、手伝えることなら何でもします!」

 その声があまりにも真剣だったので驚いた。

「……どれだけ本気なのかは分からないけど、好きにすればいいんじゃないかな」

 俺は再び前を向いて歩き出す。そして、後ろからは俺を追いかけようとして慌てる足音。

「じゃあ、好きにします!」
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