【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ

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【番外編】言えない日々

1 悠也の悩み事(高校生ver)

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 高3の冬、受験期真っ只中で忙しい日々の中、もうすぐ冬休みがやってくる。
 俺、星野悠也は、ある寒い朝に首に巻きつけたマフラーを握りしめ、下駄箱を神妙な面持ちで見つめていた。

 そこに入っているのは、おそらくラブレターであろう真っ白な封筒。丸っこい小さな文字で「悠也くんへ」と書かれている。

 思わず「はぁ」とため息を吐きかけて、俺はそれを打ち消すように勢いよく首を振った。今の反応は、きっと思いきってこれを届けてくれた相手に対して失礼だ。
 こういう時、普通は胸を踊らせながら中身を見るんだろうな。でも、俺は勇気を出してくれたその気持ちに応えられない、そう思うとちくりと胸が痛かった。

 文字のかわいらしく綺麗な形の見た目から、おそらくはこの学校の女子。こんな風にそっと隠すようにここに置いてあるということは、多分、いやきっと告白、だと思う。 (幼稚園の頃は女の子友達と手紙交換したり、小学生ぐらいの時はバレンタインチョコを同級生から気軽にもらってお返ししたり意識せずにしていたけれど、高校生にもなるとさすがにそうはいかない、ということくらいはわかる)

 だけど俺はずっと一緒にいたい、と思うような仲が良い女の子の友達というのが思い当たらないし、彼女が欲しい、と思ったことも一度もない。

 俺は手紙を取り出すと、周りに誰もいないことを確認してから思いきって開けてみた。

「今日の昼休みに校舎裏に来てください。待ってます。栗原華奈子」

 栗原華奈子さん。
 頼り者の生徒会長として先輩や後輩からも慕われ、剣道部の大会で優勝もしている話など有名な、よく耳にする人気者の同学年の女の子の名前だ。
 でも、俺とそんなに接点はなかったはずで。まず彼女に手紙をもらったこと自体が意外で、俺はまじまじと宛名を見つめてしまう。

 昼休み、緊張しながら手紙に書いてある場所に訪れると、栗原さんが耳に髪をかきあげながら、遠慮がちに手を振ってきた。

「あの、じつはね、悠也くんかっこいいなあって一年の時からみてたんだ」

 顔を赤らめながら「付き合ってください」と言われてもピンと来なくて、俺は目をまん丸くしてしまった。だって栗原さんと話したことはそんなに多くないのに、改めて直接言われて、そんなふうに思ってくれていたことにも驚いて。

「あ、ごめん!俺、つ、付き合う、とかなんか、考えられなくて。でも!あ、ありがとう」

 何度もつっかえて、我ながら格好悪いなぁと思ったけど、何とか伝えられた。 うつむくように頭を下げる。栗原さんはちょっと息を吸って、
「そっ、か」
 と小さな声で言った。今にも泣き出しそうで、でも精一杯の笑顔で「わかった」と言うと、栗原さんは走ってその場から立ち去っていった。その後ろ姿を見て、ずきり、とする。

 一人でポツンと立ち尽くす俺は、ずーんと肩が重いような感覚になってしまった。でも、俺は栗原さんのこと全然知らないし。仮に付き合っても、例えば一緒に帰ったりしたところで、何を話してどんなことしたらいいのかもわからない。

 何だか悪いことをしてしまった、という気持ちは消えないまま、教室に戻ると、次が体育の授業だということに気づく。ぼーっとジャージに着替えていると、隣の席の園田にいきなり肩を叩かれた。

「よっ!美男美女カップル誕生~」
「え?なんのこと?」
 俺は意味がわからずに、園田の方を首をかしげながら見る。

「栗原さんに告られたんだろ?二人でなんか話してるとこみたって聞いたぞ!」
「え、と、付き合わないよ」
 俺は誤解を解こうとして、顔の前で大きく手を振って「違う違う」と首を横に振った。

「は?え、断ったの?」
 信じられない、と言う顔で園田が俺に顔を近づけてくる。
「うん‥」
 俺は園田の気迫に気圧されながらも、一生懸命うなずく。

「お前の美的感覚どうなってるの? 栗原さんだぞ!おかしいだろ。うわ、もったいねえええ俺が付き合いたい!」
 まくしたてながら大げさに地団駄を踏む園田に、俺はあはは、と笑う。だけど笑ってから、栗原さんに悪いような気がして、肩を落とす。
 そもそもやっぱり俺がちゃんと誰かを好きだとか、付き合おうって言えないのってやっぱりどこか変なのかな…。

「いった!」
 ぺしっと唐突に音が聞こえて、園田が頭を押さえながら振り向く。後ろからいきなり、園田の頭を手でひっぱたいてきたのは楓だった。

 え、急になんで。状況が読み込めず、俺は楓の顔をびっくりして見つめた。なんだかいつもより 険しい顔をしているように見える。

「かえで、てめ、何だよいきなり!」
「別におかしくはないだろ。他人の恋愛にとやかく言う暇あったらお前勉強しろよ」

「あ、え、」
 思った以上に珍しく強い口調で話す楓に、俺はうろたえた。でもなんでだろう、楓が来てくれて、正直ほっとした自分もいて、でも、楓の機嫌が悪いような気もして落ち着かない。言い方もとげとげしいし、普段人のことを軽くとはいえ後ろからいきなり叩いたりはしないのに。

「うっわ、 出たよ優等生」
 園田は楓に苦々しい顔で舌を出している。楓がなおも何か言おうと園田の顔を見るので、俺は「ちょ、 ちょっと待って!」とつい声を出す。

 その時予鈴のチャイムが鳴って、俺たちは同時に「あ」と教室を見渡した。さっきまでは着替えたり用意をしているやつもいたのに、いつの間にか俺たち以外は体育館へと向かっているようだった。廊下をパタパタと駆けていく足音だけが聞こえる。

「げ、次の授業さとせんじゃん!」
 園田がやばいやばい、と連呼しながら荷物を持つと駆け出した。
「さとせん」 と言うのは俺たちの体育の指導をしている先生のあだ名で、佐藤先生だから略してさとせん。時間に厳しくて、怒るとものすごく怖い。遅刻すると罰として、廊下に立たされたり居残り掃除をさせられたりもする。
 楓もせかせかと自分の席に運動靴と教科書を取りに行って、園田に続いて廊下に出ようとしている。

「やばい!」
 ビリで遅刻したら一人で掃除確定だ。どうしよう、まだ用意が終わっていない。ジャージを凄まじいスピードで羽織ったけど、体育の教科書が手元にないことに気づく。あれ、どこに入れたっけ?

「わーない!」
 引き出しを引っ掻き回しても見当たらない。
 教室を出ようと扉に手をかけていた楓が、迷うようにこちらを振り向き戻ってきた。

 
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