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第三章 はじめての

4 否定

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 クレーンゲーム機の向かい側に、高校まで同級生だった高橋がいた。よく見ると、隣に見覚えのある女子もいる。名前は何だったか、正直ほとんど話したことがないので思い出せない。

「めっちゃ久しぶりじゃん!帰ってきてたんだ?」
「あぁ、うん。この間帰省して」
 なんとなく気まずくて、視線を泳がせてしまう。悠也を横目で盗み見ると、特に気にした様子もなく、二人に「おー」と手を振っている。

「高橋と矢野さんもゲーセン来てたんだ」
 悠也が笑顔でのんきにそう声をかける。矢野さん、だったか。

 三人が話しているのを見ながら、徐々に冷静になる。別にゲーセンくらい幼なじみ同士で来ていても、変なことはないはずだ。そう思って気を取り直す。

「お前ら、男二人でこんなとこ来てるんだな」
 高橋のややからかうような言い方に、内心むっとした。合コンの服、着てこなくてよかった。
 悠也も嫌な気持ちになったりしていないだろうか。そう思って隣を見ると、悠也は不思議そうな顔をして高橋のことを見ていた。
「え、別にいいだろ?高橋たちだって、ここに遊びにきてるじゃん」
 悠也がそう言うと、高橋はちょっと照れたようにうつむいた。
「俺たちは、その、デートだし?なっ」
 そう言って、矢野さんに笑いかける。
 矢野さんも「うん」と嬉しそうにうなずいていた。
 
 別にわざわざ声をかけてこなくてもよかったのに、と思いながらやや目をふせる。何か言わなきゃ、と思い笑顔を浮かべ高橋を見ようとすると、悠也が「え?」と首をかしげた。
「なんだ、俺らも…むぐっ」
 俺は間一髪のところで、悠也の口を素早く片手でふさいだ。こちらを見て怪訝けげんそうな顔をしている二人に、俺は口走った。
「いや、俺らもその、あ、えっと、このクレーンゲームの!マルオがさあ、どうしてもとりたくて!今日遊びに来てて。ガキみたいで恥ずかしいから、あんまり言いたくなかったんだけど」
 必死にまくしたてながらも、正直泣きたいような気持ちを俺は必死に押し隠した。言い訳があまりにもへたすぎる。
 やっぱり地元でデートをするなんて迂闊うかつだった。下手に噂でも広まったら。頭の中が真っ白になって、これ以上なんて弁解すればいいかわからない。

「え、まじ!」
 高橋がぱっと顔を輝かせたので、予想外の反応に俺は驚いて、 頬に笑みをはりつけたまま固まった。
「俺もマルオすきなんだけど」
 口をふさがれた悠也が、抗議するように俺をじっとにらんでいる。俺は頼むから黙っててくれよ、と念を送るように悠也を見つめて、そっと手を離した。

「濱中テンション高すぎだろ。マルオのポーチ、そんなに欲しかったのかよ」
 高橋に笑われて違うんだとも言えず、恥ずかしさでいたたまれなくなったが、疑われていないなら好都合だ。俺は渋々うなずいた。

「じゃ、まあ俺らはマルオ取れたし、もういくわ」
 俺はなるべく不自然にならないように、高橋と矢野に笑顔で軽く手を振った。心臓がバクバクとまだ変な音を立てていたが、悠也の腕をぐっとつかみ促しながら歩く。
 少し遠く離れてからこっそり後ろを振り返ると、二人はすでにクレーンゲームの方を見て笑い合っていたので、俺はほっと胸を撫でおろした。


「なんでほんとのこと言わねえんだよ!」 
 ゲームセンターを出て二人きりになるなり、悠也はそう言った。 俺はため息をこぼし目をそらす。
「バカ正直にデートなんて言ったら、お前まで変な目で見られるんだぞ」
「変な目って…俺たちなんも変なことしてないよ」
 悠也がまっすぐにこちらを見てくるので、俺はつい目をそらす。
「でも、お前が俺のせいで変なふうに見られるの嫌なんだよ」
 悠也が何か言いかけるのを制するように、俺はジーンズのポケットに手を突っ込んで「帰ろうぜ」と言った。
 悠也は口をきゅっと結び、無言で歩きだした。怒ったのだろうか。呆れられた、とか?

 さっきまで浮かれていた気持ちは急速にしぼんで、重苦しい沈黙が続く。うつむいてとぼとぼと地面を見ながら歩いていると、ふとここが懐かしい通い慣れた道であることに気づいた。
 このコンクリートの赤みがかったような色と砂利道。そうだ、この近くにはたしか。

「悠也」
 声をかけると、悠也が立ち止まった。まだむすっとしているようには見えるが、こっちをちゃんと見てくれたことに安堵する。

「はるさと公園行かないか?」
 そう言うと悠也は、ちょっと目を見開いてから、こくりとうなずいた。

 幼い頃は、学校から帰ってほとんど毎日遊びに行っていた公園だ。手入れされていないぼうぼうの草むらの奥を、二人だけの秘密基地にしたり、砂場でもよくトンネルを作って遊んだりした。

 はるさと公園の入り口にたどりつくと、どちらからともなく、向かって真っ正面にある砂場へと向かう。悠也は入り口の看板のそばに転がっていた木の棒を拾い上げた。
 それを砂場まで持っていってしゃがんだので、一体何をやっているんだろう、と俺も一緒にしゃがむ。悠也は頬を膨らませながら、木の棒で砂を引っ掻き始めた。

「何やってんの?」
 真面目な声音を保とうとしたのに、震えて笑い混じりになってしまう。
「すねてんの!」
 なんだよ、それ。ふっくっくっとこらえきれずに砂場でしゃがんだまま、俺は腹を抱えて声をもらした。
「笑うなよもおお~」
 そう言いながら、木の棒で俺のほうに向けて砂をぴゃっと飛ばしてくるが、悠也の口角も我慢しきれずに持ち上がる。

「おい、服汚れんだろ、何すんだよ」
 抗議しながらも笑いが止まらない。 
 不思議だなぁと思う。さっきはあんなに気持ちがしょぼくれていたのに、悠也と一緒にいたらすぐに楽しくなって笑みがこぼれる。
 悠也は勢いよく立ち上がり、今度はブランコへと身軽に飛び乗った。

「かえで」
 ブランコをこぎながら悠也が俺に呼びかける。俺も隣のブランコに腰をおろし、ぽんっと地面を蹴った。
「何?」
「俺さぁ、嬉しかったんだよ。お前が変じゃないって言ってくれたとき」
 悠也の声が風に乗って、ふわふわと揺れながら俺のもとへ届く。
「うん」
「なのになんで、お前はそうやって自分のことはさ」
 ささくれたようなその声を聞きながら、あぁそうか、と思う。
 悠也は怒っていたんじゃなくて、きっと俺のかわりに傷ついたんだ。どうしようもないくらいにお前はやさしい奴で、でも、だからこそ。

「あのな、俺は東京行っちゃえば何も関係なく過ごせるけど、お前はずっとこっちにいるんだぞ。一人だけ嫌な思いさせたくねーし」
 悠也はそれを聞いてもなお、不満げにぎゅっと顔をしかめている。

「そもそも普通はさ、やっぱ変に思うよ。親友としてずっと一緒にいたやつに触りたいとか、ほんと、最低で、俺のわがまま、てか、エゴだから」
 きぃ、と音をたてて悠也のブランコが止まった。

 しまった、つい余計なことをこぼしてしまったけれど、俺と付き合おうと言ってくれた悠也にこんな話はすべきじゃなかった。
「それは、違うよ」
 悠也が寂しそうな顔をしているので、どきりとする。
「とにかく、俺はお前が変じゃないって言ってくれたらそれで充分だから」
 急いで俺はそう付け加えた。

「んー、ううん。でも、かえでも自分の気持ち否定すんなよ」
 そういうと、悠也は今度はブランコの上にすっくと立って、勢いよく漕ぎだした。

 悠也の髪が風にさっとなびいて、太陽の光を浴びきらめいている。やっぱりこいつには真っ青な空の下が似合う。どこまでも綺麗で眩しい日差しと、空へ近づくようにブランコを漕ぐ悠也の姿とが溶け合っていく。

「…悠也、ごめん。てかありがと」
「いーいよ」
 悠也が笑いながら俺に言った。
「仲直りな」
 その言葉を聞いて、俺は思わず漕いでいたブランコを止め、眉をひそめる。

「え?」
「ん?」
「喧嘩してたの?俺ら」
 そう言うと、悠也はずざざっと音を立てながらブランコを止めようと身をかがめ、俺の方を見る。
「うん?だって俺さっきまですねてたじゃん。かえでもおこってたし」
「いや、俺は、その、悠也に嫌がられたのかなと思ってあせったけど、怒ったわけじゃないっていうか」
 しどろもどろになりながらつぶやくように言った俺に、悠也の大きな声が重なった。
「はぁ!?お前のこと嫌になるわけないだろ」
「ああ、えっと、そうか」
 なんだか恥ずかしくなってきた。一人でくよくよしていたのがばかみたいだ。まあそりゃあそうか。告白しても嫌ったりしないのに、よく考えたらこれくらいのことで、悠也が俺のことを嫌がるはずないんだ。

「かえで?照れてんの?」
 悠也がひょい、と顔を覗き込んでくるのでふいっとそっぽを向く。

「うるさい」
 ブランコに腰かけたまま、ずずずっと近寄ってくる悠也の動きが面白くて、しかめっ面は続かずにぶふっと息が漏れる。

「ふっ…くく」
 口元を手の甲で抑えながら、笑って悠也の方にブランコごと軽く体をぶつけた。悠也はとがった俺の心を、まるで魔法みたいにあっという間にほぐしてしまう。こいつの前じゃずっとくよくよはしていられない。

 秘密基地で二人きりで遊んで過ごした時、 どうしようもなく悠也との時間が好きだと思った。どこまでも自由で楽しくてあたたかかった。
 あの頃に戻れるわけじゃないけど、今こうしてまたそばにいられる悠也との日々を大事にしたい。先ほど胸がぽっかり空いたように感じられた痛みは、笑い声と一緒に体の外に溢れて和らいでしまった。

 それから、俺と悠也は秘密基地をつくった草むらの中を久々に覗いてみたり (二人でゴミ捨て場から拾ってきた看板は、雨ざらしで見る影もなくボロボロになっていたけど、ちゃんと残っていて驚いた)多分小学校の時以来にシーソーで遊んだりした(悠也は俺よりはちびで身軽だから、シーソーはすぐにふわりと浮き上がった)。

 日が暮れる頃、名残惜しい気持ちでゆっくり帰り道を一緒に歩いた。
 爽やかな風が心地良く、そっと俺たちの背中を撫でていく。ふと公園の方を振り返った悠也の腕にコツン、と俺の肘がぶつかった。ちらりと悠也の横顔を見ると、嬉しそうに鼻歌を口ずさんでいる。
 悠也のやわらかな表情が、さっと夕日に照らされ色白の肌がきらっと輝いた。悠也のことがただ大好きで、今はキスしたいとか触れたいとか、そういうあらがえない痛みさえも、どうしてか愛しいように思えてしまった。

 もう少しだけこのまま、ただ隣にいたい。悠也に笑っていて欲しい。俺はそっと悠也の下手くそなリズムの歌声に耳を傾けながら、体を揺らして歩いた。
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