【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ

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第三章 はじめての

3 かわいいやつ

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 翌朝、結局出かけるぎりぎり直前まで悩んで、無難な服装を選ぶことにした。スポーティーなデザインが気取ってなくてちょうどいいやつ。初めて東京で買った、すらっと足が長くみえる、かっこよくて気に入っている黒色のスキニージーンズを履いて、大学でもよく使う愛用のキャップをかぶる。

 約束したゲーセンのそばの時計台に向かうと、悠也がすでにそこに立っていたので、どきんと胸が高鳴る。
「かえでー」
 俺が来たのに気づくと、両手をぶんぶんと勢いよく振ってくる。やっぱりガキだ。俺はふっと笑いながら、悠也のもとまで駆け足でたどりつく。

「なんかこうやって待ち合わせするの、新鮮だな」
 急に笑顔でそんなことを言うものだから、俺はあやうくつんのめりそうになる。
「ん、どした!?」
「なんでもない…」
 ここで転ぶのはさすがにダサすぎる。平常心、と心で繰り返し呟きながらゲーセンの方へ歩きだそうとすると、悠也が俺をまじまじとみつめてくるので、たじろいだ。
「え、な、なんだよ」
 平静を装うつもりがどもってしまい、内心頭を抱える。悠也はそんな俺にはおかまいなしに、ぽりぽりと人差し指で頭の後ろをかいている。こいつが何か考えている時の、いつもの癖だ。

「なんか、かえでいつもと違う…?」
 心臓が喉の方までせり上がってくるような緊張が走る。悠也のせいで、今急速に俺の寿命は縮んでいる気がする。くそ。

「あ、わかった!服だ」
 俺は小さくはあ、と相槌を打つ。 まさか会ってすぐにそんなことを言われると思わなかったから、 どんな反応をしていいかわからず、つい真顔になってしまう。

「これ、絶対しまうらで買ったやつじゃない!おしゃんな都会の服だ」
 人差し指を俺に向け、名推理をしたかのように真剣な顔で断言する悠也。
 俺は間の抜けたその言い方に、ずっこけそうになった。

「そりゃ、東京でも服買うに決まってるだろ」
 俺は呆れながら悠也を見る。まあ、母さんがときどきぱっとしないデザインの服を仕送りと一緒に送ってくるけど。あれは正直外に着ていくのは、自分が田舎出身だと宣伝して歩いているようで恥ずかしい。ヤシの木のイラストに「ALOHA」と書いてある Tシャツとか…。

「へぇ、いいじゃん。似合ってる」
 ふいに放たれた予想外の言葉とにかっと笑いかけてくる悠也の顔に、 一瞬窒息しそうになった。

「…どおも」
 顔がほてってしまいそうだ。気づかれていないか心配になる。
 そもそも、最初からこんな調子で大丈夫だろうか。心臓の音があまりにも激しくて、悠也に伝わってしまうんじゃないかと思ったら余計に止まらなくなっていく。

 いつもよりさらにはしゃいでいるようにみえる悠也に、こいつも「デート」を楽しみにしてくれていたんだろうかと思ったら、さらに心が跳ね上がる。

 なんだよこれ、悠也のしぐさや言葉一つで舞い上がっている自分がいる。うっかりにやけそうになる口もとをきゅっと引き締め、俺は何でもないような顔を装った。
「じゃ、早くいこうぜゲーセン」
 一瞬右手と右足を同時にだしそうになってしまい、動揺した。


「やっぱぼろいな」
 ゲーセンの前につくと、思わず俺はつぶやいた。小さな古ぼけた建物の入り口には、でかでかと「GAME」と書かれた看板が立て掛けられている。…改めて見ると、ダサい。

「うっわこれだから、とーきょーじんは!」
 悠也が「このこのー」と腕をつついてくるのが、くすぐったくて笑ってしまう。
「いやいや、突撃インタビューだってさ、もっと絶対きれいなおっきいゲーセンの映像映ってたんじゃねーの?」
「そうだけどお」
 それを言うなよ、と悠也は口をとがらせ、俺の服の袖をちょん、と引っ張って早く入るように促す。

 ゲーセンの扉を開けた瞬間、騒々しいいくつもの音が溢れだした。左端の方には一人で真剣な顔でリズムゲームに没頭している少年が、踊るように腕を振り回している。右端には狭そうなプリクラ機が1台あって、制服姿の女子たちがわいわいと立ったままその場で髪をとかしたりもしていて、夏休みだからか案外にぎわっていた。

 記憶の中よりもせまくて、奥行きも全然ない。東京のショッピングセンターをみるのに慣れてしまったせいか、思い出の中よりもさらにしょぼいけど、同時に懐かしいな、となんだか感慨深い気持ちになった。


「うおお、 久しぶりだ!」
 悠也が声を弾ませながら、きょろきょろとゲーセンの中を見渡す。
「はしゃぐなよ」
 くっくっと笑いをこらえながら言うと、悠也が元気よく俺の右肩めがけぶつかってきた。

「な、やっぱ都会だとさ、ゲーセンとかもすげえでかいの?」
「まぁそりゃもっといろいろあるよ」
 正直ゲーセンなんて、大学生になってからほとんど行っていない。でも、モールなど用事でたまたま通ったときに、チラッと見かけるだけでもここよりも何倍も華やかだという事はわかる。
「今度連れてってよ」
 唐突な悠也の言葉に、俺は目をぱちくりさせた。
「…いいけど」
「約束な」

 悠也との「今度」、しかも東京で。ほんとに夢みたいだな、とじんわり胸が熱くなる。こんな日が来るなんて思わなかった。
 悠也が急に俺の顔をひょいっと覗きこんできたのでびっくりする。
 うお、ちょ、近い。やっぱりこいつ顔がいい、じゃなくて、意識するな落ち着け俺。ポーカーフェイスを保ってフリーズしながらも、凄まじい勢いで俺の脳内は旋回していく。

「かえで、今日、調子悪い?」
 的外れなことを尋ねてくる悠也に、がくっと肩の力が抜けた。
「いや、なんでだよ」
「だってなんかずっと静かじゃん。…あっもしかして、デートに緊張してるとか?」
 確かにさっきまでドキドキしていたのは事実だが、今更そう言われるのも何だか癪だ。

「んなわけねーだろ」
 俺は軽く悠也のおでこを人差し指で弾いた。うあっと声をあげた悠也が、ちょっとだけ恨めしそうに俺を見ながら、おでこをさする。
「なんだよーテンション低いのかなって心配しちゃったじゃん」
「そんなことねーよ、テンションマックスでむしろかみしめてんだよ」
 自分でも何を言っているんだろう、と思うことを口走ってしまったが、悠也はそれを聞くとにこっと笑った。上目遣いで見透かしたような表情、ずるすぎる。

「記念にプリクラでも撮る?」
「さすがにそれは恥ずすぎ」
 ばっさり即座に却下すると、えーと不満げな声をあげながら俺に頭突きしてきた。こらえきれずうぐ、とうめくと、悠也が笑い声をあげ、 さらにぐりぐりと頭を押しつけてくる。

 ばか、体がじわりと熱くなる。ふわりと悠也の服から、昔とおんなじ洗剤のいい香りがした。
「やーめーろ!」
 振り払おうとして悠也の髪の毛に指先が触れそうになってどきっとした瞬間、急に悠也がパッと顔をあげて、俺より半歩前に飛びだした。
「な、かえで!クレーンゲームやろうぜ」
 溢れんばかりの笑顔。まぶしいなおい。
「しょうがねぇな」
 呆れたような素振りでクレーンゲーム機に向かうが、実は俺もまんざらではない。子どもの頃からどでかい駄菓子やクッションなど、取るのが難しそうなミッションほど、何が何でも獲ってやる!という思いが燃え上がって好きだった。よく悠也にねだられて、人気のアニメキャラクターのぬいぐるみも取ろうと格闘していたのを思い出す。

「かえでかえで!マルオのポーチある!」
 悠也がやや小さめのクレーンゲーム機に駆け寄りながら、興奮気味の声で俺を手招きする。

 マルオというのは、俺たちが子どもの頃から大人気のテレビゲームのキャラクターだ。ふぬけた顔をしているのだが、どこか憎めない表情で愛嬌があり、男女問わず愛されている。
「かっこいいな~」
 いや待て、かっこいいか? たしかにこのポーチ、意外とポケットに入るジャストサイズで、使い勝手は良さそうだが、悠也のセンスは時々疑いたくなる。つっこみたくはなったが、悠也のキラキラとマルオをみつめる表情が目に入り、俺はぐっとこらえた。
 まあ、面白いしかわいいとは思う。俺も悠也も小学生の頃から慣れ親しんできたキャラクターだし、魅力的なのはたしかだ。

「とってみるか」
「よし!じゅんばんっこな!」
 俺が先!と言って、悠也はごそごそとポケットから小銭入れを取りだす。勢いよくスタートボタンを押した悠也だが、軽快な音楽とともに動きだしたクレーンは商品にかすりもせず、アームは虚しく宙をつかんで止まった。悔しそうに頭を抱えながら悠也はマルオをにらんでいる。

「全然とれねえ!うああ、なんでだ!」
 俺は腹を抱え爆笑した。
「へったくそ」
 笑いながら言うと、悠也が顔をしかめながら、体ごと俺の方に向けてくる。
「楓もやってみろよ、これめちゃくちゃ難しいんだぞ」
「あーわかったわかった」
 雑に返事をしながら、小銭をチャリンチャリンと入れていく。久しぶりのクレーンゲームはちょっとどきどきする。うまくいくだろうか。たぶん一回で手に入れるのはさすがに難しい。落ち着いて、狙いを定め、少しずつ。

 悠也がごくりと息を飲んで俺の操作を見守っているので、無駄に緊張してしまう。それでも、三度目のチャレンジでガコンと見事にマルオを獲得した。
「かえで! やっぱりすげえなぁ」
 悠也がきらきらと尊敬の眼差しで見つめてくるのが、なんだかくすぐったい。
「別にこんなん、コツつかめばすぐ取れるぞ?」
 そう言いながら、かがんで取り出し口に落ちたマルオを手に取る。悠也はうらやましそうにそれを見つめ、
「俺はできねぇの」
 と口をとがらせた。相変わらず不器用なところが悠也らしい。俺はマルオを悠也のほうにずいっと差し出した。

「ん」
 悠也は「へ?」と声を漏らし、俺とマルオの顔を交互に見ている。
「やるよ、ほら」
 俺は乱暴に悠也の胸にマルオを押しつけた。
「え、ちょ、かえでさまぁ!?」
 あたふたと拝む姿が滑稽こっけいで、口元がにやけそうになる。俺は必死に笑いを抑えた。
「やっぱやらねぇ」
 そう言って意地悪に手を引っ込めると、
「わーちょ、うそうそなんでえー」
 と本気で慌てるので、ぶはっとこらえきれず吹きだした。ほんとかわいい奴。

「嘘だよ、やるよ。ほら」
 今度はちゃんと丁寧に差しだす。すると、悠也はちょっとためらうように俺を見つめてきた。
「でもさぁ、かえでもこれ好きだよな?」
「うん、まあ。でもいいんだ」

 お前の喜ぶ顔の方が好きだから。
 …なんてこっぱずかしい台詞は言えるわけない。悠也がマルオのポーチを大事そうに胸に抱えて、顔をほころばせるものだから、ドギマギしてしまう。

「…あーてか、誘ってくれたお礼…、そのえーと、 デ…」

「濱中?」
 唐突に自分の苗字を呼ばれ、俺はぎょっとして振り返った。


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