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第三章 はじめての
1 てつなぎ
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あれから俺と悠也は付き合っている。
といっても、何かが変わったわけでは全くもってない。「付き合っている」というのも、そうしてみよう、と話をしただけで、たとえば手を繋いでみる、とか、ハグをするとか…これでは幼少期と何も変わらない。
本当に幼い頃のスキンシップと同じで、それだけでもうあたたかいものが溢れ、心が跳ねてしまう。
距離が近くても、あいつは決して嫌がったりはしなくて、肩が触れて俺がつい体をこわばらせてしまっても、イタズラっぽく笑ってどついてくる。むかつく奴。
「試してみようぜ」
あの日、悠也は綺麗な顔でそう言って微笑んだ。そっと息を吐く悠也の顔の近さに、身体が熱くなって、ぎゅっと息を呑む。
差し出された悠也のてのひらを久々にしっかりと握りしめたら、案外大きくごつごつとしていてびっくりした。いつのまにか、二人とも大人になっていたんだと今更になって気づく。
それもそうか、俺はずっとこいつを避けていたし、手に触れるのなんて変に意識するようになってからはほとんどなかった。一体何年ぶりだろう。
「俺はさ、何かこう、何かしたい、とか誰かに対して思ったことなくて、さ…」
ぎこちなく話すのをみながら、俺の手を握る悠也の指先も、心なしか冷たいように感じる。
「んー、だから、でも、楓と距離が近くて嫌とか、迷惑だなんて思ったことないから」
泣きそうに見えた。きっとこいつなりに今懸命に伝えてくれているんだろうな、 そう思ったらじんわり心臓が痛くて、俺はただうん、と頷いて言葉をつまらせた。
ずっと俺はどこかおかしいんだろうなと思っていた。こんなろくでもない気持ちを抱えて、きっと世の中の普通からはみ出して、嘘をつき続けて。
「俺もね、変なのかなって思ってた」
悠也が、 まるで俺の思いを読み取ったかのように、またぽつりと話しだす。
「周りとどうやってあわせればいいのかわかんなくてさ」
寂しそうに笑う悠也に、俺は何をしてやれるんだろう。 たまらずに、悠也の指先を握った。ちょん、と幼稚園児が母親と手を繋ぐような不思議な触り方になってしまい、俺はうあっとついうめくような声を漏らす。
悠也は一瞬きょとんと驚いたような顔をして、 瞬間泣きそうにもみえて、でも笑った。ししっと無邪気なガキみたいに笑うやわらかいその顔をみたら、俺は悠也に恋をした、あの日のひだまりの匂いをふわりと思い出す。
こんな夜遅くまで家に帰らないの、きっと帰ったらお母さんに怒られちゃうな、と悠也は笑った。二人でしんと静まり返った夜道を並んで歩く。世界にたった二人だけみたいな、ただ広々と続く、幼い頃もこの道を悠也の手を引いて歩いた場所。
あの時、 泣きだした悠也の姿を見て焦って、どうにかして守ってやりたくて、一生懸命手をつないで、 涙をこらえていたこと。本当は、よく覚えている。
迷子になって真っ暗道を必死に走ってやっとの思いで家路にたどり着いた時、 近所を探して駆け回っていたらしい母親にみつかり、ものすごい形相で怒られたことも (夜道より何倍もそっちの方が怖かった)。
それから、悠也と手をつないだまま家の前で叱られて、しょんぼりと佇んでいる間もしっかりと 互いの手を握り合っていたことも、思い返す。
「スキンシップは嫌じゃないよ、大事な奴とならいいんだ」
強く握りしめてくれた手のあたたかさが、じんと胸を温めていく。こんなにも大事に思ってくれているんだということが、 指先からこんなにも伝わってくる。ゆっくりと俺の体に、悠也の言葉が染みわたっていく。
「でも、ごめん、そういうすきが、たぶん、ずっと俺はわかんなくて、」
消え入りそうな声で、悠也は俯く。謝らせたいわけじゃない。
「俺もっわかんねぇこといっぱいある!!」
悠也がふわっと顔を上げる。こいつの長いまつ毛、久々にこんなに近くでみてる。いやそうじゃない、そうじゃなくって。
「だからぜんっぜん謝ることじゃねぇ、恥ずかしくもねーよ。俺は、ずっとこの気持ちはだめなもんだって思ってた、最低だって。でも悠也は気持ち悪がらなくて、俺のこと、だからっ」
俺はぱっと悠也の手を離して、むちゃくちゃに頭を掻きむしった。
「だからっ変じゃねえ。お前はちっとも変じゃな―」
目の前に泣きじゃくっている悠也が、いた。子どもみたいにむせびなく小さな体に、俺は慌てふためく。
「ちょっ、ええごめん!俺こそいきなり色々言いすぎた、本当ごめんっ」
おろおろと謝る俺に悠也はかぶりを振る。
はじめて言えたから。悠也は途切れ途切れにそんなことを言った。誰にもずっと言えないと思っていたのは、俺だって同じで、ああくそ、こっちまで泣きそうだ。
思いきり抱きしめたい気持ちを最大限に押し殺して、俺は悠也の頭にぽんっと手をおいた。やわらかな髪を、無造作にわしわしとなでてやると、悠也はひっくひっくとしゃくりあげる。
そばにいたい、悠也の小さな背中を守れるように。俺のせいでたくさん傷つけたけど、今度こそ大好きなこいつに笑っていてほしい、そう強く思った。
特に劇的な変化があるわけでもない日々の中で、付き合ってから変わったことが唯一あるとすれば、悠也と毎日夜の散歩をするのが、日課になったことかもしれない。
夕方はまだじっとりと体中に汗がにじんで、外出してもさっさと建物の中に入りたくなる。でも、夜は晴れている日だと澄んだ空気が心地いいし、さあっと吹きぬけていく夜風を浴びるのも悪くない。人通りのない夜道にごろんと寝転がって、悠也とみる生まれ育った土地の空は、はてしなく星が散らばっていて気持ち良かった。
雨の日でも、悠也は傘をさしていこう、と言いだすので、雨音を聞きながら二人で歩いた。近所で一緒に過ごしていることは何も変わらなくて、俺はきっと悠也にとって今までのようにただ親友として大切な存在で。だけど、夢みたいだと思った。
抱きしめさせてほしいし触れたくてたまらないなんて、叶えられるはずもないと、ひび割れるような胸の痛みをずっと抱えていたのに。
ただ一緒にそばにいられて、どこか遠くへ行くわけじゃなくても、悠也が俺の気持ちを大事にしてくれている。その事実がまだ怖くて泣きそうで、なのにたまらなく幸せで、どうにかなりそうだった。
といっても、何かが変わったわけでは全くもってない。「付き合っている」というのも、そうしてみよう、と話をしただけで、たとえば手を繋いでみる、とか、ハグをするとか…これでは幼少期と何も変わらない。
本当に幼い頃のスキンシップと同じで、それだけでもうあたたかいものが溢れ、心が跳ねてしまう。
距離が近くても、あいつは決して嫌がったりはしなくて、肩が触れて俺がつい体をこわばらせてしまっても、イタズラっぽく笑ってどついてくる。むかつく奴。
「試してみようぜ」
あの日、悠也は綺麗な顔でそう言って微笑んだ。そっと息を吐く悠也の顔の近さに、身体が熱くなって、ぎゅっと息を呑む。
差し出された悠也のてのひらを久々にしっかりと握りしめたら、案外大きくごつごつとしていてびっくりした。いつのまにか、二人とも大人になっていたんだと今更になって気づく。
それもそうか、俺はずっとこいつを避けていたし、手に触れるのなんて変に意識するようになってからはほとんどなかった。一体何年ぶりだろう。
「俺はさ、何かこう、何かしたい、とか誰かに対して思ったことなくて、さ…」
ぎこちなく話すのをみながら、俺の手を握る悠也の指先も、心なしか冷たいように感じる。
「んー、だから、でも、楓と距離が近くて嫌とか、迷惑だなんて思ったことないから」
泣きそうに見えた。きっとこいつなりに今懸命に伝えてくれているんだろうな、 そう思ったらじんわり心臓が痛くて、俺はただうん、と頷いて言葉をつまらせた。
ずっと俺はどこかおかしいんだろうなと思っていた。こんなろくでもない気持ちを抱えて、きっと世の中の普通からはみ出して、嘘をつき続けて。
「俺もね、変なのかなって思ってた」
悠也が、 まるで俺の思いを読み取ったかのように、またぽつりと話しだす。
「周りとどうやってあわせればいいのかわかんなくてさ」
寂しそうに笑う悠也に、俺は何をしてやれるんだろう。 たまらずに、悠也の指先を握った。ちょん、と幼稚園児が母親と手を繋ぐような不思議な触り方になってしまい、俺はうあっとついうめくような声を漏らす。
悠也は一瞬きょとんと驚いたような顔をして、 瞬間泣きそうにもみえて、でも笑った。ししっと無邪気なガキみたいに笑うやわらかいその顔をみたら、俺は悠也に恋をした、あの日のひだまりの匂いをふわりと思い出す。
こんな夜遅くまで家に帰らないの、きっと帰ったらお母さんに怒られちゃうな、と悠也は笑った。二人でしんと静まり返った夜道を並んで歩く。世界にたった二人だけみたいな、ただ広々と続く、幼い頃もこの道を悠也の手を引いて歩いた場所。
あの時、 泣きだした悠也の姿を見て焦って、どうにかして守ってやりたくて、一生懸命手をつないで、 涙をこらえていたこと。本当は、よく覚えている。
迷子になって真っ暗道を必死に走ってやっとの思いで家路にたどり着いた時、 近所を探して駆け回っていたらしい母親にみつかり、ものすごい形相で怒られたことも (夜道より何倍もそっちの方が怖かった)。
それから、悠也と手をつないだまま家の前で叱られて、しょんぼりと佇んでいる間もしっかりと 互いの手を握り合っていたことも、思い返す。
「スキンシップは嫌じゃないよ、大事な奴とならいいんだ」
強く握りしめてくれた手のあたたかさが、じんと胸を温めていく。こんなにも大事に思ってくれているんだということが、 指先からこんなにも伝わってくる。ゆっくりと俺の体に、悠也の言葉が染みわたっていく。
「でも、ごめん、そういうすきが、たぶん、ずっと俺はわかんなくて、」
消え入りそうな声で、悠也は俯く。謝らせたいわけじゃない。
「俺もっわかんねぇこといっぱいある!!」
悠也がふわっと顔を上げる。こいつの長いまつ毛、久々にこんなに近くでみてる。いやそうじゃない、そうじゃなくって。
「だからぜんっぜん謝ることじゃねぇ、恥ずかしくもねーよ。俺は、ずっとこの気持ちはだめなもんだって思ってた、最低だって。でも悠也は気持ち悪がらなくて、俺のこと、だからっ」
俺はぱっと悠也の手を離して、むちゃくちゃに頭を掻きむしった。
「だからっ変じゃねえ。お前はちっとも変じゃな―」
目の前に泣きじゃくっている悠也が、いた。子どもみたいにむせびなく小さな体に、俺は慌てふためく。
「ちょっ、ええごめん!俺こそいきなり色々言いすぎた、本当ごめんっ」
おろおろと謝る俺に悠也はかぶりを振る。
はじめて言えたから。悠也は途切れ途切れにそんなことを言った。誰にもずっと言えないと思っていたのは、俺だって同じで、ああくそ、こっちまで泣きそうだ。
思いきり抱きしめたい気持ちを最大限に押し殺して、俺は悠也の頭にぽんっと手をおいた。やわらかな髪を、無造作にわしわしとなでてやると、悠也はひっくひっくとしゃくりあげる。
そばにいたい、悠也の小さな背中を守れるように。俺のせいでたくさん傷つけたけど、今度こそ大好きなこいつに笑っていてほしい、そう強く思った。
特に劇的な変化があるわけでもない日々の中で、付き合ってから変わったことが唯一あるとすれば、悠也と毎日夜の散歩をするのが、日課になったことかもしれない。
夕方はまだじっとりと体中に汗がにじんで、外出してもさっさと建物の中に入りたくなる。でも、夜は晴れている日だと澄んだ空気が心地いいし、さあっと吹きぬけていく夜風を浴びるのも悪くない。人通りのない夜道にごろんと寝転がって、悠也とみる生まれ育った土地の空は、はてしなく星が散らばっていて気持ち良かった。
雨の日でも、悠也は傘をさしていこう、と言いだすので、雨音を聞きながら二人で歩いた。近所で一緒に過ごしていることは何も変わらなくて、俺はきっと悠也にとって今までのようにただ親友として大切な存在で。だけど、夢みたいだと思った。
抱きしめさせてほしいし触れたくてたまらないなんて、叶えられるはずもないと、ひび割れるような胸の痛みをずっと抱えていたのに。
ただ一緒にそばにいられて、どこか遠くへ行くわけじゃなくても、悠也が俺の気持ちを大事にしてくれている。その事実がまだ怖くて泣きそうで、なのにたまらなく幸せで、どうにかなりそうだった。
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