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第二章 告白

2 「変」

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 吐き捨てた口元が震えている。だめだ、悠也をみられない、怖い。
 自分は幸せになんてなれると鼻から思っていない。ただこれ以上傷つくのが怖かった。この世界で一番好きな奴に、侮蔑の眼差しを向けられたくなかった。なのに、今更帰ってきて、再会した幼なじみにこんなことをいうなんてどうかしている。
 消えたい。頭がおかしくなりそうだ。ああそうか、俺はもともと最初からきっと変で…。

「おかしくは、ないよ」
 悠也のしぼりだすような声音に顔をあげ、俺は息をのんだ。
 なんで、お前がそんな、はたかれたみたいな、傷ついたような顔する必要ないのに。泣きそうになってあわててうつむいた。俺は、昔から悠也のこの顔に弱い。

「わり、変なこと言った」
 笑いながら悠也をみようとして、俺は目をみはる。一瞬月明かりに照らされたその目が、わずかにうるんでいるような気がしたからだ。
「ん~ん」
 悠也はかぶりを振って、
「だから、変なことなんてねーだろ」
 泣きそうな顔でくしゃっと笑った。ばかだ、こんな顔させたいわけじゃなかった。
 そういやこいつ、泣き虫だったなぁ。幼い頃の悠也をぼんやり思い出しながら、俺はまた歩きだす。自分の影を踏もうとしたら、ふわりと交わされた。 


 しばらくだまって二人で歩いた。何を言えばいいのかわからなくて、何度も口を開こうとしては、息がつまる。
 悠也がふいに、とととっと俺より半歩前に踏み出して、話しだした。

「あのさ、俺さ」
 振り向いた顔が、頼りなくちかちか瞬く電気が切れかけの街頭に浮かびあがる。やっぱり目が少し赤く潤んでいるような気がした。
 俺をみつめては揺れる瞳がまぶしくて、胸がちりちりと焼けつくように痛い。ふうっと息をついて、もう一度悠也は息を吸い込んで口を開いた。

 かえでさ、ずーっと連絡無視してたの、あれ結構傷ついたし心配したんだからな、とお前は口を膨らますけど、声音はどこまでもやさしい。

 つきりと、胸がよじれるような痛みを抱え、俺はうまく言葉を返せない。
「ごめん」
 そうつぶやくと悠也は笑って、
「まあ今こうして会えてるからさ、いーよって俺は、思ってた、んだけどなぁ」
 幼い時と変わらない無邪気さでにかっと笑って俺を許し、違う、微笑みながら苦しそうにそっと目をふせた。
「おれはさ、かえでにはこのままもうずっと会えないと思ってたから嬉しかったよ」
 どうしてそんなにやさしいんだよ、馬鹿だろ、大馬鹿。声にならず、俺は悠也を睨んでしまう、最低だ。

「かえで、俺はさ、かえでのこと大好き」
 ふわっとやさしい顔で笑うものだから、心臓が跳ね上がる。
「ちっちゃい頃から、お前のこと、ヒーローみたいだなぁって思ってた」
「なんだよそれ」
 俺は力なく笑った。
 ほんとだよ、と悠也はささやくように言った。
「俺さぁ、でもね、たぶん、誰かを好きになったことないんだ」
 悠也は、穏やかな声でささやくように言った。綺麗な声だな、と思う。こんな時に考えることではないと思いながら、俺はやっぱり悠也の声も好きなんだな、とぼんやり思った。

「…だからさぁ、なんつーか、変なのかなって」
 輪郭のぼやけたまるい月をみあげて、軽快に俺の前を歩く悠也の表情はみえない。空に向かって放たれたその声は、明るいのにやけに寂しげだ。

「周りの奴らはさ、恋愛沙汰ざた多いし、ここってきっと田舎でせまいからなんだろーけど、誰それが付き合ったーとかセックスしたとかさぁ、すぐ広まるし、なんかさ、なんか、しょーもない話もやっぱきくし…」

 そこまで言ってから、悠也はぴたっと立ち止まった。
「しょーもない、はさすがに言いすぎたな」
 ぱっと俺の方を振り向いて泣きそうな顔で笑うお前は、やっぱりやさしいって思うよ。言葉にはならず、俺はただ黙ってかぶりを振った。

 せっかく、悠也がきっと振り絞った勇気で打ち明けてくれているのに、無力だ。
 悠也が俺にこんな話をするのは初めてだった。全然今までこいつのことを知らなかったのかもしれないし、もう地元の人間じゃないから言いやすいだけかもしれない。でも、それでも嬉しいと思ってしまう俺は、きっとものすごく性格が悪い。
「悠也」
 俺は思わず名前を呼ぶ。
 誰よりもやさしくて、馬鹿で正直で、単純にみえて本当はすげー繊細な、俺にとってたった一人の特別な名前。

「ん?」
 俺がさっき、 あんなにもひどいことを言ったのに、変わらず微笑みかけてくれる、ずっと親友だった男。今もきっと、あの時逃げたことを責めずに、俺を友だと純粋に言ってくれる、ただ一人の、大切な。

「好きだよ」
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