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第二章 告白

1「恋情」

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「な、覚えてるか?むかしうっかり帰りのバス逃しちゃってさ、あの頃道とかよくわかんなくて迷子になってさあ」
 悠也の声は弾んでいて、真っ暗闇には似合わない。朗らかな響きが心地よく夜気に吸い込まれていく。
「覚えてるよ」
 覚えてるに決まってる。お前とのことは、全部。

「俺さ、あのときかえでとだったら、大丈夫なんだなって思った」
「え?」
 思わず悠也をみる。
「俺が泣いたら、かえであわてて手え繋いで引っ張ってくれたじゃん」
「そうだったか」
 俺は曖昧に笑ってうつむく。そうだよ、と返す悠也の優しい声に胸がチクリと痛んだ。

 悠也だって、会えなくなれば俺のことなんて、そのうちにどうでもよくなるだろうと思っていた。いや、思いこもうとしていた。きっと俺も、いつかは忘れて楽になれるんだと思いたかったから。

 会わないままでも、俺は何にも変われなかった。結局この街に戻ってきて、今だってまるで空白の数年をなかったかのように振る舞っている。 
 なのに、こいつはどうして。
「…お前はさ、よく怒んなかったよな。 俺はずっと何も言わずに、今まで帰ってこなかったのに」
 喉元からこぼれ落ちるように出た言葉は、 案外夜の静寂にはっきり響き渡ってしまい、居心地が悪くなる。

「え~」
 悠也はちょっと首をかしげるように俺を見て、目を細め笑った。一瞬俺の心臓はドキリと跳ね上がる。
「だって、それは、やっぱり俺かえでのことすきだし」
 は?唐突なその言葉に体がこわばった。柔らかな悠也の声が、俺の胸を突いてくる。
「そんなん連絡とらなくたって、俺らずっと親友じゃん。ちっちゃい頃からさ」
 にかっと俺に笑いかける悠也を直視できない。

 一生、このまま、なのだろうか。 
 ぱりん、と 耳の奥で何かがひび割れていくような、 心がバラバラになっていくような感覚がした。悠也のことを、ひどく裏切っているような気分を消したい。こいつの、言葉の全てに、俺は報いることができない。どうにかなりそうだ。心臓が、痛い。ずっと、ずっとひりひりと音をたて、小さな悲鳴をあげている。

「まあ東京でどんなことがあった、とか、離れてたかえでのこと俺は何にも知らないけどさ。でも、俺はかえでと出会った時から、ただ嬉しかったんだよなぁ」
「そんなの、俺は」
 悠也、お前の嬉しいと俺の嬉しいは違うんだよ。幼い頃からずっと近くにいるのに、お前は今も今までも俺のことを何にも知らないままだ。知らないくせに、馬鹿みたいに信じて。

 嫌われたくなかった。叶うなら、せめて一番の親友であり続けたかった。 だけど、もう苦しくて自分の心を知られたくなくて、 埋め尽くせない寂しさから目を背けるように、東京の大学に行った。
 それなのに、なんでお前は俺を許すんだ。またなって笑って嘘をついて、それっきり、お前の連絡を何もかも拒絶した、どうしようもない男のことをどうして親友だなんて呼ぶんだ。

 こんなすきは、壊れてなくなって欲しい。全部、消えちまえ。

「ねーよ。お前のこと、親友だなんて思ってねーから」
 自分の吐いた鋭く冷たい息の音に、はっと我に返る。しん、と空気が凍りついたのを感じた。
 ああ、やってしまった。身体は冷え切って喉もからからなのに、それでも言葉がとまらない。
「ずっとそうだったよ」
 笑いながら話す自分の声が、どこか遠くから響いているように感じた。悠也がただじっとこちらをみている視線が、みなくてもヒリヒリと俺の喉に突き刺さってくる。
「俺はお前のことをずっとそうやって、恋情的にみてたんだよ。おかしいだろ、笑っちゃうよな」
 
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