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第一章 悠也との日々

1 実家

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 数年ぶりの実家は、なんだかそわそわと落ち着かない。
 母の弾んだ「おかえり」を聞いて、ろくに連絡もせず悪かったな…と反省する気持ちが、胸をもぞもぞとさせた。

「で、東京ってどうなの?友達できた?」
 ガキじゃあるまいし、そんな小学生みてーな質問…正直あきれながら、俺は眉をひそめる。
「別にふつーだよ、ここよりよっぽど便利だけどさ」
 荷解きをしつつ、俺は適当に答える。
 ふーん、とつまらなさそうに相槌をうち、母はで?と屈託のない声でさらに質問を重ねる。
「彼女できた?」
 はぁ!?おまっそんな、こと、成人した息子に普通聞くか。
「いるわけねーだろ、なんだよ急に」
 思わずムキになってしまう。
「別に~」
 母は歌うように答えると、くるっと台所に向き直り、鼻歌混じりにお湯を沸かし始めた。

 何だよ、恋人の一人でも紹介しろってか? 
 苛立ちがおさまらず、俺はつい煽るように言葉を投げかける。
「残念ながら、可愛い彼女なんて一人もできてませんが?」
 思った以上に強い口調になった自分にたじろぐ。 さすがに怒るかと思ったが、案外あっさりと母は聞き流した。
「あらそう」
 気のない返事に拍子抜けする。お湯が沸く音が妙に大きく聞こえてきて、何となくいたたまれない思いになる。

「まぁいい人がいたらいいなぁとは思うけどね。楓、なんだかずーっとトゲトゲしてるんだもの」
 俺は思わずぴたりと手をとめた。持ち上げたバッグがずしりと重たい。
「あ、そうだ、せっかく悠也くん、あなたを迎えに行ったんだから、お礼いったー?」
「言ったよ」
 不機嫌な声音を隠すこともなく、俺はバッグをどさりと乱暴に床に置いた。
「わざわざ伝えなくてよかったのに」
 のんきに「え~?」とやや不満そうに答える母の声に、ますます苛立ちがつのる。
 もう、放っておいてほしいだけなのに。だから帰ってくるのが嫌だったんだ。
 胸の奥底ではわかっている。こんなのただのやつあたりだ。

 幼い頃から当たり前に、俺は悠也が好きだった。恋情だとか自覚なんかなしに、あいつの瞳を追いかけていた時から、どこかで特別だと、はっきり確信していたような気がする。

 なぁ、「いい人」ってなんだよ。
 普通に学校でそこそこ仲の良いグループの奴らと遊んで、バイト先の先輩ともそれなりにうまくやれていて、もう十分だろ。適当でいいよ。どうせ俺は、他人の恋バナについてはいけないし、誰かにこの思いを打ち明けることもない。ずっと独りだ。

 なぁ母さん、いい人ってさ、それは結婚できる人じゃなきゃいけねーの?

 喉元まででかかった言葉をごくりと飲み込んで、乱雑にバックのチャックを開け、荷物をとりだす。本当の気持ちは心臓に突っかかって、やっぱりいつも言えないままだ。
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