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番という素晴らしい存在を感知できない憐れな種族。
しおりを挟む人によってはセンシティブな内容が含まれるかと思われます。
――――――――
「待ってくれっ!?」
道を歩いていたら、いきなり見知らぬ男にぐいっと強く腕を掴まれました。
「なんです? いきなり人の腕を強く掴んで引き留めるなど失礼ではありませんか? 痛いのですが? 放して頂けませんか?」
男は、どこかうっとりした様子でわたしのことを見詰めています。
「すまない、だが……ああ、漸く見付けた。愛しい俺の番」
なにやら、どこぞの物語のようなことを宣っています。正気で言っているのでしょうか?
「はあ? 勘違いではありませんか? 気のせいとか」
そうでなければ――――
「違うっ!? 俺が番を間違うワケがない! 君から漂って来るいい匂いがその証拠だっ!」
男は、わたしの言葉を強く否定します。
「匂い、ですか……それこそ、勘違いでは? ほら、誰かからの移り香という可能性もあります」
なんでしたっけ? 過去に、番だと思った人にプロポーズをしたら、その人が直前に会っていた人や、その人の兄弟姉妹が番だったという話を聞いたことがあります。
そして、『番』だと思われた人が責められたのだとか。なんとも言えない話です。
「そんなはずないだろっ!? 君は、番である俺と出逢ったというのになにも感じないというのかっ!? 俺は、こんなにも君のことを愛おしいと、全身が訴えているというのに!」
声を荒げる男。益々、腕を掴む手に力が入ります。
「そうですね……なにも感じませんね。というワケで、あなたの勘違いなのではありませんか? それと、いい加減手を放してください。痛いと言っているではありませんか」
ギリギリと、獣人の力で握られて腕が痛い。後で痣になったり、捻挫したりしなければいいのですが。
「す、すまない、君を傷付けるつもりはないんだ。だが、君に触れていたい……」
謝りながらも、腕を掴む手は力が弱くなっただけで放されません。
「嫌です。放してください。それとも、道端でいきなり暴行を受けたと訴えても宜しいでしょうか?」
番がどうのと喚く獣人には、話が通じないと聞いたことがあります。成る程、こういうことなのですね。
「ぼ、暴行っ!? そんなつもりはないんだ。すまない、怪我はないだろうか? ああ、いや、怪我をしていては大変だ。今すぐ、病院へ行って診てもらおう!」
おろおろとして、けれど自分の要求を通そうとする男に苛立ちます。
「結構です。というか、最近はこのようにして、健康診断がてらに獣人の経営する病院へ入院させ、そのまま番だと名乗る獣人の家へと監禁されるという事件が多発しておりますので。知ってます? 本人の同意無く拉致監禁した場合は犯罪となるのですが」
昔から、この手の誘拐騒ぎは多いのです。獣人以外……『番』を強く求めるという特性の無い種族は、獣人に同族が無理矢理攫われて至極迷惑を掛けられて大変な思いをするということがあるので。
「っ!? なぜだっ!? 君は俺のことを好きじゃないというのかっ!? ……いや、待て。もしかして君は、人間か?」
「ええ。獣人ではありませんね」
まあ、正直……番どうこうどころか、わたしには恋愛感情すら理解できないので。愛情は理解できますが、恋情というものがわかりません。
なぜ、好きと思っている相手を、好ましいと思っている相手を、自分の欲望だけで傷付けてまで手に入れようとするのか、さっぱりわかりません。
「そうか、だから……番という素晴らしい存在を感知できない憐れな種族。しかし、俺の番となったからには、そのような憐れさとは無縁だ。これから、たっぷり愛し合おう」
悲しげに、憐れなものを見るように、段々と高揚した顔がギラギラとわたしを見詰めますが……
「お断りします」
この男の愛など、わたしは必要としていません。
「なぜだっ!?」
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