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あなた、少し窶れたんじゃないかしら? 大丈夫?
しおりを挟むけれど――――いつの頃からでしょう。
最初はあなたのお顔を見詰めるだけで幸せを感じていたのに、段々とそれだけじゃ物足りなくなってしまったのは。あなたがわたくし以外の誰かに優しくする度に、不安を感じるようになったのは。
優しくて人気者のあなたは、いつだって人に囲まれています。
きっと、わたくしが見ていないときにも・・・あなたは、わたくしの知らない方々に笑顔で取り囲まれているのでしょうね。
殿方なら、まだ我慢できます。けれど、女性が、わたくしのように使用人扱いなどされたことのない、美しい貴族令嬢達が、彼に笑顔を向けると不安に駆られるのです。
わたくしが令嬢らしくなったのはつい最近です。元から優雅に暮らし、美しい所作で長年美容に気を使って来た彼女達の方がわたくしよりも気品があって美しいのは当然のこと。
彼は、今はわたくしの婚約者でいてくれていますが……彼が、わたくしではない方を好きになってしまったら?
そんな、妄想染みた考えが浮かんで消えないのです。
彼の動向が気になって気になって、淑女教育も当主教育も行き詰ってしまいます。
段々と独占欲が剥き出しになって行くわたくしに、彼が困惑しているのがわかります。けれど、自分でもこの思いを止められないのです。自分がどんどん醜くなって行くようで、彼に捨てられてしまうんじゃないかと、嫌な想像が止まりません。
しつこく彼に予定を聞き、婚約を解消しないかと何度も確認をして、あまり女性と話をしないでほしいとお願いをして――――
ある日、彼がわたくしとは違う別の女性と親しくしていることに気が付きました。
わたくしは、彼にお願いをしました。彼女と仲良くしないでほしい、と。
「……彼女は、以前の君のような境遇にある。彼女のつらさを、君ならわかってあげられる筈だ。だから、そんなことを言わないでくれ。俺は、彼女を助けてあげたいんだ」
そう、言われてみると――――
確かに、彼は彼女を助けてあげようと動いているみたいでした。そう、わたくしが彼に救われたように。彼は、きっと彼女のことを助けてみせるのでしょう。
彼に救われたわたくしだから、判ります。きっと、彼女は彼のことを王子様のように思っていることでしょう。彼は、本当に素敵な方ですもの。惹かれてしまうのも、無理はありません。
それからも、彼が彼女を救うまではと、彼と彼女の距離が近付いて行くことを、気が気でないのを必死で我慢して――――我慢して、我慢して過ごしました。
「あなた、少し窶れたんじゃないかしら? 大丈夫?」
とある夜会で、わたくしへそう声を掛けて来たのは……
「あ、なたは……」
彼の、元婚約者の令嬢でした。
「ごめんなさいね、あなたがわたくしを苦手にしていることは知っています。けれど、あまりにもお顔の色が優れないように見えて……」
「ご心配をお掛けして、申し訳ございません」
「いえ、こちらこそ。余計なお世話でしたらすみません。ですが、あなたの憂いは……」
ちらりと、彼女は……わたくしではない女性に寄り添っている彼を一瞥しました。愛おしそうな表情で、彼女の瞳を覗き込む彼を。
「ねえ、あなた。彼が愛でるは、龍胆か水仙か……どちらだと思います?」
にこりと笑顔で、けれどどこか皮肉げに彼女は言いました。
「え? な、にを……」
「ふふっ、わからないのなら構いませんわ。わたくしも、どちらかというと、令嬢としては苦労をしている方だと自認しております。あなたの前に、わたくしも彼に助けられましたわ。けれど、わたくしは龍胆のままでいるのはごめんでしたし、水仙を愛でる趣味もありませんもの。あなたは、どちらかをお好みなのかしら?」
わたくしは、なにも答えられませんでした。
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