虚弱な兄と比べて蔑ろにして来たクセに、親面してももう遅い

月白ヤトヒコ

文字の大きさ
上 下
527 / 673

460

しおりを挟む




 ようやく六分咲きといった桜は、この場に集まった男たちの発する鋭い空気に当てられ、自ら存在を消そうとしているのではないか。
 細い小道を通って庭に出た和彦は、ふとそんなことを考えてしまう。陳腐な表現だが、まるで映画やドラマを観ているようだった。つまりそれだけ、目の前で繰り広げられる光景に現実味がない。
 立派な日本庭園だった。どれだけの手間と時間をかけて手入れしているのかは想像もつかないが、広々とした庭を覆う芝は青々としており、その庭をさらに彩るように桜の木々は薄ピンクの花をつけている。松やツゲの木もバランスよく配置され、この庭に出る途中には、ツツジやサツキといった樹木も植えられていた。桜の花が散ったあともさまざまな花が楽しめるよう、当然のように考えられているのだ。
 招待客を誘導するために屋敷から庭へと赤絨毯が敷かれ、芝の青さも相まって、鮮烈に目に焼きつく。さらに、大きな赤い花がぽつぽつと咲いているかのように、野点傘が開いている。その下にテーブルとイスが置かれているのだ。
 和やかなパーティーの光景――というには、庭にいる男たちは一様にダークスーツや紋付羽織袴を身につけており、息を呑むほど壮観だ。誰が見ても、単なる親睦団体の花見だとは思わないだろう。
 この場にいる男たち全員が剣呑とした雰囲気をまとっており、明らかに一般人とは違う。荒んでいるわけでも、凄んでいるわけでもない。振る舞いはあくまで自然だが、それでも、見るものを畏怖させるだけの凄みがあるのだ。
 一年近く、ヤクザと呼ばれる男たちと接してきて、慣れていたつもりの和彦でも足が竦む。ここにいる男たちは、ただのヤクザではない。それぞれがなんらかの修羅場を潜り抜け、汚すことのできない看板を背負いながら、組織を動かしている男たちなのだ。だからこそ総和会に選ばれ、この場に招かれた。
 目につく色彩すべてが不吉なほど鮮やかで、それがますます和彦から現実味を奪っていく。唯一目に優しいのは、控えめに咲く桜の花ぐらいだ。
「――佐伯先生」
 庭を支配する息苦しいほどの重圧に懸命に耐えていると、ふいに傍らから声をかけられる。ハッとして顔を向けると、和彦が無事に花見会に出席できるようにと、わざわざ総和会が世話係としてつけてくれた男が立っていた。
 この庭に隣接する自然公園を、あくまで一般人を装いながら、男は和彦の護衛として傍らを歩き続け、今もこうして、案内役としての務めを果たしている。表を出歩くときは極力目立つことを避けるため、和彦もこの男も、今は地味な色合いのスーツを身につけている。
「休憩室を用意しています。そこで着替えを済ませてください。長嶺会長は現在、招待客の方々の挨拶を受けているところですので、まだ当分、時間がかかると思います」
「……そうですか……」
 和彦自ら、守光に会いたいと望んでいるわけではないが、当然、そんなことを声に出して言うわけにもいかない。
 男に伴われて歩きながら、和彦は控えめに視線を周囲へと向ける。黒をまとった男たちを少し落ち着いて観察してみれば、意外に年齢層が幅広いことに気づく。老年や中年といった年代の者が多いのは当然として、二十代や三十代に見える男たちも自然に場に馴染み、如才なく動き回っている。
 さすがにこの距離では所属する組織を示すバッジは見えないが、総和会だけではなく、招待客が伴ってきた男たちも大勢いるだろう。十一の組で成り立っている総和会が主催する花見会は、人脈を広げるには絶好の機会のはずだ。なんといっても、長嶺守光によって吟味され、招待された男たちだ。この表現は変かもしれないが、身元はしっかりしている。
 むしろ男たちにとっては、庭の隅を地味なスーツで横切る和彦が、怪しい存在に見えるかもしれない。気のせいではなく、探るような鋭い視線をちらちらと向けられているのだ。
 ちなみに和彦は、守光から贈られた総和会のバッジを今日は持参していた。そうするよう、事前に総和会から連絡があったためだ。心情的に抵抗はあるが、着替えを済ませたあと、立場を明らかにするためにバッジをつけることになっていた。
 庭に面した渡り廊下に沿うように歩いていると、敷地のどの辺りなのか見当もつかないうちに、きれいに払い清められた正面玄関へと出る。すでに門はしっかりと閉ざされ、外の厳重すぎるほどの警備の様子をうかがい知ることもできない。開放的だった自然公園とは対照的に、ここは庭や屋敷を含め、敷地はすべて高い塀に囲まれているのだ。

しおりを挟む
感想 175

あなたにおすすめの小説

【完結】やり直しですか? 王子はいらないんで爆走します。忙しすぎて辛い(泣)

との
恋愛
目覚めたら7歳に戻ってる。 今度こそ幸せになるぞ! と、生活改善してて気付きました。 ヤバいです。肝心な事を忘れて、  「林檎一切れゲットー」 なんて喜んでたなんて。 本気で頑張ります。ぐっ、負けないもん ぶっ飛んだ行動力で突っ走る主人公。 「わしはメイドじゃねえですが」 「そうね、メイドには見えないわね」  ふふっと笑ったロクサーナは上機嫌で、庭師の心配などどこ吹く風。 ーーーーーー タイトル改変しました。 ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 32話、完結迄予約投稿済みです。 R15は念の為・・

生命(きみ)を手放す

基本二度寝
恋愛
多くの貴族の前で婚約破棄を宣言した。 平凡な容姿の伯爵令嬢。 妃教育もままならない程に不健康で病弱な令嬢。 なぜこれが王太子の婚約者なのか。 伯爵令嬢は、王太子の宣言に呆然としていた。 ※現代の血清とお話の中の血清とは別物でござる。 にんにん。

十回目のお見合いは、麗しの伯爵令息がお相手です。

小桜
恋愛
 トルメンタ伯爵家に居候として身を置く『元』子爵令嬢フィーナ。幼い頃に両親を亡くした彼女は、早く結婚をして自分の家族を持つことが願いであった。  そのために何度も見合いを繰り返し、断られ続けて九人目。次、十回目の縁談こそ成立させてみせると意気込む彼女の前に見合い相手として現れたのは、なぜか居候先のトルメンタ伯爵家嫡男カミロ・トルメンタ。 「ご、ご冗談を……」 「冗談ではない。本気だ」  早く結婚したくて見合いを繰り返すフィーナと、無自覚の初恋を拗らせていた堅物なカミロのお話。

価値がないと言われた私を必要としてくれたのは、隣国の王太子殿下でした

風見ゆうみ
恋愛
「俺とルピノは愛し合ってるんだ。君にわかる様に何度も見せつけていただろう? そろそろ、婚約破棄してくれないか? そして、ルピノの代わりに隣国の王太子の元に嫁いでくれ」  トニア公爵家の長女である私、ルリの婚約者であるセイン王太子殿下は私の妹のルピノを抱き寄せて言った。 セイン殿下はデートしようといって私を城に呼びつけては、昔から自分の仕事を私に押し付けてきていたけれど、そんな事を仰るなら、もう手伝ったりしない。 仕事を手伝う事をやめた私に、セイン殿下は私の事を生きている価値はないと罵り、婚約破棄を言い渡してきた。 唯一の味方である父が領地巡回中で不在の為、婚約破棄された事をきっかけに、私の兄や継母、継母の子供である妹のルピノからいじめを受けるようになる。 生きている価値のない人間の居場所はここだと、屋敷内にある独房にいれられた私の前に現れたのは、私の幼馴染みであり、妹の初恋の人だった…。 ※8/15日に完結予定です。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※中世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物などは現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観ですのでご了承くださいませ。

婚約破棄? 五年かかりますけど。

冬吹せいら
恋愛
娼婦に惚れたから、婚約破棄? 我が国の規則を……ご存じないのですか?

嫁ぎ先(予定)で虐げられている前世持ちの小国王女はやり返すことにした

基本二度寝
恋愛
小国王女のベスフェエラには前世の記憶があった。 その記憶が役立つ事はなかったけれど、考え方は王族としてはかなり柔軟であった。 身分の低い者を見下すこともしない。 母国では国民に人気のあった王女だった。 しかし、嫁ぎ先のこの国に嫁入りの準備期間としてやって来てから散々嫌がらせを受けた。 小国からやってきた王女を見下していた。 極めつけが、周辺諸国の要人を招待した夜会の日。 ベスフィエラに用意されたドレスはなかった。 いや、侍女は『そこにある』のだという。 なにもかけられていないハンガーを指差して。 ニヤニヤと笑う侍女を見て、ベスフィエラはカチンと来た。 「へぇ、あぁそう」 夜会に出席させたくない、王妃の嫌がらせだ。 今までなら大人しくしていたが、もう我慢を止めることにした。

妹に全部取られたけど、幸せ確定の私は「ざまぁ」なんてしない!

石のやっさん
恋愛
マリアはドレーク伯爵家の長女で、ドリアーク伯爵家のフリードと婚約していた。 だが、パーティ会場で一方的に婚約を解消させられる。 しかも新たな婚約者は妹のロゼ。 誰が見てもそれは陥れられた物である事は明らかだった。 だが、敢えて反論もせずにそのまま受け入れた。 それはマリアにとって実にどうでも良い事だったからだ。 主人公は何も「ざまぁ」はしません(正当性の主張はしますが)ですが...二人は。 婚約破棄をすれば、本来なら、こうなるのでは、そんな感じで書いてみました。 この作品は昔の方が良いという感想があったのでそのまま残し。 これに追加して書いていきます。 新しい作品では ①主人公の感情が薄い ②視点変更で読みずらい というご指摘がありましたので、以上2点の修正はこちらでしながら書いてみます。 見比べて見るのも面白いかも知れません。 ご迷惑をお掛けいたしました

婚約破棄ですか? ならば国王に溺愛されている私が断罪致します。

久方
恋愛
「エミア・ローラン! お前との婚約を破棄する!」  煌びやかな舞踏会の真っ最中に突然、婚約破棄を言い渡されたエミア・ローラン。  その理由とやらが、とてつもなくしょうもない。  だったら良いでしょう。  私が綺麗に断罪して魅せますわ!  令嬢エミア・ローランの考えた秘策とは!?

処理中です...