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「・・・はい? 今、なんと?」
「クズ野郎は不能になったらしいっすけど、その後の話は聞かねぇっす」

 どうやら聞き間違いではなかったらしい。

「・・・逞しい女性のようで、なによりですね」

 驚いて、なんとかそれだけを返す。

 まぁ・・・悲劇と言えば、いろんな意味で悲劇と災難な話だったのかもしれない。涙は流せそうにないし、いたましいという気持ちも、一気に薄れてしまいましたけど。

「そうっすねー。ねーちゃんじゃなかったら、取り返しの付かねぇ大惨事になってたと思うっす」
「まぁ、そのクズ野郎は自業自得だからどうでもいいんですが、よく修道院に入るだけで済まされましたね? その女性は」

 平民が貴族相手に暴行などをすると、罪が重くなる筈ですが・・・

「あー、その辺りも、父ちゃんが手ぇ回したのかもっす。ほら? 一応、ウチも女の子っすから。後で話を聞いた父ちゃん、激怒してたっす。つか、やっぱハウウェル様は話がわかるっすねー。これ聞いた野郎の中には、ねーちゃんがやり過ぎだって、顔しかめる人もいるっす」
「そうですか」

 まぁ、やり過ぎというか・・・

 男としては、恐怖なんでしょうね。とは言え、完全に自業自得。そして、理不尽を強いられた人が抵抗するのも当然のことなので、クズ男を擁護する気は全くありませんが。

「ウチの身の上話は、これでおしまいっす。聞いてくれて嬉しかったっす」
「無理矢理聞かせた、の間違いでは?」

 毎度毎度、勝手に来て勝手に話しているのはアルレ嬢の方です。わたしは別に、彼女の相手をするつもりは無いというのに・・・

「ははっ、細けぇこたどうでもいいんすよ。ま、ウチはハウウェル様がめっちゃ迷惑してんの見るのも楽しかったっすけど」

 やっぱり、嫌がらせでしたか。

「あなた、本当にイイ性格してますよね」
「お誉めにあずかり光栄っす。ちなみにっすけど、実はウチ、ハウウェル様のこと結構好きなんすよ」
「すみません。あなたみたいな人は全くタイプじゃないので」
「即答っすか! まあいいっすけど。つか、ウチもそういう意味の好きじゃねぇっす。そもそもウチも、ハウウェル様は女顔過ぎてタイプじゃねぇっす。その、ズケズケ言うイイ性格が好ましいって言ってんすよ。この三年間、馬鹿の振りして馬鹿共の相手ばっかしてたっすから。ウチのこと眼中に無ぇのに、なんだかんだ相手してくれるとこも嬉しかったっす」

 別に好きで相手をしていたワケではないのですけどね? わたしは単に、軍関係者と揉めることを嫌っただけですし。

「っつーことで、ウチが窓を叩くのは今日が最後っす」
「・・・なぜ、わたしに身の上話を?」
「そうっすねー・・・」

 思案するような声。

「ウチは来月から本格的に諜報部に入ることになるっす。すると、今以上に、自分の素を出せる状況じゃなくなるっす。そして、今の自分はきっと汚れ仕事をして行くうちに、どんどん変質して行くっす。だから、素のキアラ・アルレを誰かに覚えていてほしいと思ったのかもしれねぇっすねー」
「そう、ですか」

 軍が清廉潔白な場所だとは思っていない。必ず、暗い部分がある。アルレ嬢は、その暗い場所を歩いて行くことを、自分で決めたというワケですね。

 わたしが、歩きたくないと思った道を・・・

「ま、素のウチを覚えていてほしいのは、誰でもよかったってワケじゃねぇんで。ハウウェル様と出逢えたことは、ある意味僥倖っすねー」

 サッとカーテンを開け、アルレ嬢を見据える。そして、

「ご武運を祈っています」

 きょとんと驚いた顔のアルレ嬢が口を開いた。

「おおー、まさかあの、ウチのことを迷惑がって、嫌がってることを隠そうともしねぇハウウェル様からそんな言葉が聞けるとは驚きっす!」
「一応、あなたに敬意を表そうと思ったんですけどね?」
「ありがとうございます、ハウウェル様。今までご迷惑をお掛けしました。では、わたしはこれで失礼します」

 パッと敬礼したアルレ嬢が、ふっと窓辺から消えた。

 初めて見る、軍人の顔付きをしたアルレ嬢。

 あんなにしつこかったというのに、いなくなるときは結構あっさりといなくなりましたねぇ・・・

 さて、もう寝ますか。

✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰


 キアラがネイサンに絡むのは、これでおしまいです。
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