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しおりを挟むわたしの六年間の人生の中で、ここまで言葉の通じなかった相手は初めてだ。
おまけに、小さな手はその小さなサイズに見合わない握力を擁しているようで、一度握ったら、髪の毛を引っ張り返してもなかなか放してくれない。
手を開かせて放させようにも、指自体が小さくて、細くて、そんな指をわたしの手で無理矢理開かせるのは、なんだか怖い。
「ああ……ロイかミモザさん、そうじゃなければ侍女でもいいから誰か近くに……いないなぁ」
廊下を見渡してどうしようとおろおろしている間に、話の通じない小さなお嬢さんはよじよじとわたしの体を登り出し、
「だーっこ、ねーしゃ、だっこぉ♪」
にこにこと抱っこしろと要求して来る。
ぷにぷにでふにゃふにゃした柔らかい体は、抱っこするのも落としそうで怖いんだけどなぁ……あと、重たいから疲れるし。
落としそうで怖いけど、支えてあげなければこのお嬢さんは落ちてしまうだろう。怪我をさせるのも、なにもしないでいて、勝手に怪我をされるのも怖い。
「はいはい、抱っこね。よ、っと!」
仕方なく、よじよじと登って来るふにゃふにゃした身体を持ち上げる。と、お嬢さんはきゃっきゃっとわたしのほっぺたをぺちぺち叩いて喜んだ。
小さくて細いぷにぷにの手で叩かれても痛くはないが……まぁ、よだれ塗れの手で叩かれると、別の意味でちょっとダメージはあるけど。むしろ今は、引っ張られた髪の毛の方が痛い。両手が塞がったから頭擦れないけど。
「はぁ……」
思わず溜め息を吐くと、
「う? ねーしゃ?」
どうしたの? とでも言うようにわたしを覗き込むコバルトブルーのつぶらな瞳。
どうもこうも、わたしの溜め息の原因は、この話の通じないお嬢さんなんだけどなぁ。
わたしは、自分より小さな子と触れ合ったことがあんまり無い。だから、ぶっちゃけ……赤ちゃんがここまで話が通じなくて、傍若無人で理不尽な恐ろしい存在だとは全く思っていなかったっ!!
人の髪の毛や顔、耳を引っ張るし、
人の都合を考えず抱っこをねだるし、
よだれ塗れの手で人の顔を叩くし、
食べ物を人に食べさせてもらってるクセにしょっちゅうぽろぽろ零すし、
自分の食べ掛けのよだれ塗れの食べ物を無理矢理人に押し付けるし、
人の食べている物を欲しがるし、
人の手を舐め回すし、
人に噛み付くし、
人の髪の毛しゃぶるし、
人の服を汚すし、
機嫌が悪いと昼夜関係なく大声で泣き喚くし……
本当に礼儀作法なんてまるでなってなくて、そんな迷惑行為を数多しでかしても、全く悪びれもしない。というか、話が通じないし。
大泣きしたと思って慌てたら、急ににこにことご機嫌に笑い出すし。まるで理解できない。
そして、なにより一番厄介なのは――――
「ねーしゃ、にこぉ、にこぉ♪」
人のほっぺたをむにむにしながら笑え、とわたしに要求しているであろう、このお嬢さんを……
遠い親戚だとは言え、ここに来るまで会ったことも無かったのに、無邪気に笑顔を向けて来た赤ちゃんのことを……
会ったばかりのわたしに物怖じも遠慮もしないで、好奇心旺盛に近付いて来て、自分の要求を伝える赤ちゃんを……
可愛いと感じ始めている自分なのかもしれない。
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