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 ぽてぽてと、わたしの後ろを歩く軽い足音がしたので、ちょっと足を速める。

「ねーしゃ♪」

 舌っ足らずな高い声がしたが、気にしない。

 隣国の実家からクロシェン家に来て、わたしは――――なかなか快適に過ごせていると思う。

 実家にいた頃と違い、なにかとロイが絡んで来て、一人で時間をもて余すことが無くなった。

 この家に来て驚いたことの一つは、家族揃って食事をする頻度の多さだ。

 実家にいた頃は、兄上の調子が良くて、父が家にいる時間が重なったときくらいなもの。そんなの、月に一回あればいい方だった。
 兄上は基本、母がべったりと側にいるので、朝昼は一緒だったようだが、わたしと父はそれぞれが一人で食事をすることが多かった。

 なので最初は、朝夕とトルナードさんが一緒に食事の席に着いていることを、わたしに気を使っているのだと思ったくらいだ。

 そして、トルナードさんとミモザさんは、ロイとわたしを分け隔てなく扱ってくれる。

 ロイが勉強するときにはわたしも呼ばれ、同じ家庭教師の下で学ばせてくれる。座学、剣術、馬術などを、ときには競わせて。

 セディ兄上とは三つの歳の差があり、そして兄上が病弱ということもあり、机を並べるということが無かった。ましてや、外に出て剣術や馬術などを一緒にすることなど考えたことすらなかった。

 というかそもそも、家では「外に出られないセディが可哀想でしょう?」と母が言うため、剣術も馬術も習わせてもらえず、外で遊ぶこともあまりいい顔をされなかった。祖父母の家に遊びに行ったときには、祖父がちょくちょく教えてくれたが。

 なんというか、剣術と馬術を習わせてくれるのは本当にありがたいと思う。
 花畑に置き去りにされたことを、祖父母が両親を叱っていたのを聞いたが、貴族の子には沢山の利用価値があるのだそうだ。もしも賊に遭遇していたら、わたしは誘拐されていたかもしれないし、下手をしたら人買いに売られていたかもしれない。わたしだけでなく、乳母も酷い目に遭わされていたかもしれないし、最悪だと二人共死んでいたかもしれなかった、とのこと。
 道理で、乳母が震えていたワケだ。寒いのかな? とか、暗いのが怖いのかな? と思っていたわたしは能天気にも程がある。

 だからわたしは、剣術や馬術を真剣に習おうと思った。もしもがあったとき、困らないように。

 まぁ、それは置いといて。クロシェン家では、余程危険なことや酷い悪戯イタズラをしない限りは、家の敷地で自由に遊んでもいいらしい。無論、授業中でないときなら。
 前に、ロイに連れ出されて授業をサボってしまったら、怒られた。そして、ミモザさんは怒らせると怖いということが判明した。女の人からの拳骨なんて、初めて食らったかもしれない。

 それはかく、競う相手がいるというのは、なかなか張り合いがあって楽しいように思う。
 苦手な分野でも、負けるのが悔しくなって頑張ろうとも思えるし。

 ――――そう。気付けばわたしは、実家にいた頃よりも、のびのびと楽しく過ごしている。

「ねー、しゃっ!」
「うぐっ」

 今直面している、とある問題を除いては。

 小さな手が、ぐいっとわたしの背中で揺れる髪を引っ張っている。どうやら、追い付かれてしまったようだ。早足で歩いてたというのに……痛いし。

「ちょっ、スピカ。痛いから放してくれる?」

 仕方なく足を止めてしゃがみ、コバルトブルーの瞳を覗き込む。

「やー♪」

 にっこりと満面の笑みで、嫌だと拒否しやがる小さなお嬢さん。

「や、じゃなくて。髪の毛引っ張られると痛いから。お願いだから、ね? 放して」
「うー、ねーしゃ♪」

 ぎゅっと握られた髪の毛をどうにか放してもらおうとするのだが、この小さなお嬢さんには、人間の言葉がまだ通じないらしく、とても困らされている。

 しかも、人が痛がっていることのなにが楽しいのか、無邪気にも満面の笑みだ。
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