153 / 158
あれはまるで……そう。親戚の、それもかなり仲が良いお姉様が如くのきめ細やかな配慮とお優しさでしたわ!
しおりを挟む「それで……その、ネロ殿下との茶会はどうだったのだ?」
お父様が、少し心配そうに問い掛けます。と、わたくしの顔を見てなぜか表情が険しくなりました。
「……少し、目が腫れているのではないか?」
「っ!?」
まさか、お父様に気付かれるとは思っていませんでしたわ。
「まさか、ネロ殿下になにか言われたのかっ?」
「い、いえっ、これは……」
「なにを言われた? まさか、泣く程嫌なことを言われたのか?」
「ち、違います! これは、その、ネロ殿下がわたくしのことを労ってくださったので……お優しい言葉に、思わず感極まってしまって……」
この年で、わたくしより幾つも年下のネロ殿下に背中や頭を撫でられて、よしよしされた恥ずかしさに顔が熱くなり、段々と声が震えて小さくなって行きます。
ああもうっ、貴族令嬢として、年上として……それ以前に、他国の王子殿下? に対して、泣き付くなど、穴があったら入って埋まりたいくらいの恥ずかしさですわっ!?
あのときは涙が溢れて止まらなくて、ネロ殿下のお優しさに縋ってしまいましたが……というか、ネロ殿下は確かまだ十歳にもなっていらっしゃらなかった筈!
なのに、あの包容力ときたら! なんと表現すれば宜しいのでしょうか? あれはまるで……そう。親戚の、それもかなり仲が良いお姉様が如くのきめ細やかな配慮とお優しさでしたわ!
いえ、ネロ殿下とは全くの初対面な上、わたくしの方が年上なのですけれど……考えると羞恥に悶えたくなるので、今は年齢やその他のことは棚上げしておきましょう!
「ネロ殿下の労い……? お前を?」
「ええ、その……ネロ殿下から、お聞き致しました。どこぞの元王太子殿下と似た犯罪者を……撃退したそうで、その……」
く、クラウディオ殿下の……を、蹴り上げたそうです。とは言えず、口を濁します。
「ネロ殿下の、脚力がもう少し強ければ、わたくしの婚約がもっと早く解消できた筈だと仰って……」
まさかの、わたくしへ申し訳ないと思う理由が物理的な脚力だったとは驚きです。というか、きっと何度だって思い出す度に驚くことでしょう。あんな可憐な方が本当に……? と。
「あ~……そ、そうか。ネロ殿下とウェイバー殿から、事情をお聞きしたのか」
と、気まずそうにお父様がわたくしから目を逸らしました。まあ、殿方のデリケートな部分のお話ですものね。わたくしも少々気まずいです。
「はい。それで、ネロ殿下はわたくしのことをお調べになったそうですわ。わたくしが、王城勤務の若い殿方達から嫌がらせを受けていたことをご存知でした」
「そうか……」
今度は苦い、そしていたましいというお顔がわたくしを見詰めます。
「はい。その状況下に於いて、『折れず、腐らず、前を向いていたあなたは素晴らしい』とのお言葉を頂きました。そして……嫌われる理由がわからなくて苦しかったこと、悔しい思いをしたこと、怖いと思っていたわたくしの心に寄り添って、『よく頑張りましたね』と、誉めてくださいました」
そのお言葉が……とても、心からの労りとお優しさに満ちていたのです。
あの頃の、嫌な思いをしてささくれていた気持ちへ共感してもらえて……わたくしの頑張りを、努力を認めてもらえて、誉められて、感情がぐちゃぐちゃになってしまいました。
「っ!? ああ、そうだな。ネロ殿下の仰る通りだ。サファイラはよく頑張った」
ハッ! としたお顔で、お父様がそっとわたくしの頭を撫でてくださいました。
「そ、それに……ウェイバー……様、にも……実は、わたくしのことを応援してくれている方が……王城内にちゃんといたことを、教えて頂き……ました。身、分の……低い、方が……多かったから、表立っては……わたくしの味方が、でき……なかっただけ、って……」
先程、あれだけ泣いたというのに、またぼろぼろと涙が溢れて来ます。
「そうかそうか」
「は、い……それ、で……お見苦しい……ところを、お見せして……しまったのに、わたくし……は何年も我慢して来たのだから、ここで少しくらい涙が出たとこで構いません、と仰って……ください、ました」
「ああ、そうだな。サファイラは、本当によく頑張ったな」
うんうんと、お父様が頷きながら優しく頭を撫でてくれます。
こんな風に……泣きながら優しく頭を撫でて頂くのは、小さな頃以来。少し……いえ、本当はかなり恥ずかしいのですが。けれど、嬉しくも思います。
わたくしが落ち着いた頃、
「……ネロ殿下には、よくして頂いたのだな」
ぽつりと落とされた言葉にこくんと頷きます。
「そうか……」
「? お父様は、なにをご懸念されていたのですか?」
「ぅ……いや、それは……」
「それは?」
「いや、ネロ王子殿下が……ドレス姿でお前と話そうと思うと仰られたから。その、少々心配していたのだ」
・・・ああ、そうでしたわ。今の今まで頭からすっぽりと抜け落ちていましたが、ネロ殿下は王子殿下だとご紹介を受けていましたわね。
あんなに可憐で愛らしい王子殿下が存在するものなのでしょうか? やはり、あれは……ネロ王子殿下を名乗っていらしたネレイシア王女殿下だったのでは? と、思ってしまいます。
ああ、でも……妹君がいらっしゃるからでしょうか? 泣いているわたくしに全く戸惑うことなく、すぐに背中を撫でてくださいましたわ。あれは、泣いている誰かを慰めるのに慣れていらっしゃる証拠でしょう。
ということは、やはりあれはドレスを着て女装したネロ王子殿下だったのでしょうか? なんだか、頭が混乱して参りましたわ。
「お前も今日は疲れただろう。早めに休むといい。ちゃんと目は冷やすんだぞ?」
ぽんと、お父様の大きな手がわたくしの頭を撫でてそっと離れて行きました。
「はい」
確かに。今日は……本当に、こんなに泣いたのは小さな頃以来です。貴族令嬢として、王子妃教育を受けて、感情をコントロールする術は何年も掛けて学んで来た筈でしたのに。
涙を止められませんでした。
本当に久し振りに……泣き過ぎたのでしょうか? 頭がぼんやりしているような気がします。疲れてもいますけれど、なんだかスッキリもしました。
「ああ、そうです。お父様」
「うん? どうした、サファイラ」
「ネロ殿下が、『またお会いしましょうね』と」
「お前はどうしたい? ネロ殿下とお会いしたいか?」
「……はい。『明日にでも、またお会いしましょう』と。お父様に、連絡先は教えてあるので、いつでも連絡を待っていると仰っていましたわ」
「そうか……ネロ殿下とお会いするかは、サファイラに任せよう」
「本当ですか? ありがとうございます!」
ああ、どうやらわたくしは……今日お会いしたばかりの、年下で可憐なのにとても包容力のある王子様のことが、好きになってしまったようです。
あんなに見苦しく、お恥ずかしところをお見せしましたのに……お父様の許可が出て、またお会いできることを、嬉しく思います。
ああ、明日は……どうしましょう?
楽しみですが……今日はもう、疲れましたわ。なんだか、とってもよく眠れる気がします。
✰⋆。:゜・*☽:゜・⋆。✰⋆。:゜・*☽:゜・⋆。✰
30
お気に入りに追加
112
あなたにおすすめの小説

【短編】復讐すればいいのに〜婚約破棄のその後のお話〜
真辺わ人
恋愛
平民の女性との間に真実の愛を見つけた王太子は、公爵令嬢に婚約破棄を告げる。
しかし、公爵家と国王の不興を買い、彼は廃太子とされてしまった。
これはその後の彼(元王太子)と彼女(平民少女)のお話です。
数年後に彼女が語る真実とは……?
前中後編の三部構成です。
❇︎ざまぁはありません。
❇︎設定は緩いですので、頭のネジを緩めながらお読みください。

罠に嵌められたのは一体誰?
チカフジ ユキ
恋愛
卒業前夜祭とも言われる盛大なパーティーで、王太子の婚約者が多くの人の前で婚約破棄された。
誰もが冤罪だと思いながらも、破棄された令嬢は背筋を伸ばし、それを認め国を去ることを誓った。
そして、その一部始終すべてを見ていた僕もまた、その日に婚約が白紙になり、仕方がないかぁと思いながら、実家のある隣国へと帰って行った。
しかし帰宅した家で、なんと婚約破棄された元王太子殿下の婚約者様が僕を出迎えてた。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

ウワサの重来者 どうか、心振るえる一生を。(中辛)
おいなり新九郎
ファンタジー
最新情報:幼いサヤを背負い少女は炎と化け物の中を潜り抜ける。一途にこの娘を地獄から逃がすために。
ーあらすじー
侍の家に生まれたユウジは16歳の少年。
家族がいろいろあって、家を継ぐことに。
ある日、特別な力を与えてくれるという「宝」を引ける催しに参加する。
そこで、彼が引いてしまったハズレとしか思えない「宝」とは?
宝のせいなのか、問答無用にふりかかる災難。
個性豊かな、お宝美少女達に振り回され、ユウジは冒険を続ける。
そこには思わぬこの世界の因縁と謎があった。
作者より
タイトルにある「重来者」はリターナーと読みます。
途中、主人公交代を検討しております。
お一人でも多くの方が楽しんでくだされば幸いです。
理不尽な世の中で、どうか心振るえるひと時を・・・。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

あなたがそう望んだから
まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」
思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。
確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。
喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。
○○○○○○○○○○
誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?
ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。
だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。
これからは好き勝手やらせてもらいますわ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる