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わたしに力が足りなかったばかりに、サファイラ嬢の婚約期間を無駄に引き延ばしてしまい、申し訳なかったと思いまして。
しおりを挟む「実は、公爵様との交易で輸出する食材を使ったお菓子なんですよ?」
にこにこと告げるネロ殿下。
「そうなのですか?」
「ええ。今回ケーキに使用されている果物は生のものもありますが、基本的には焼き菓子に入っているドライフルーツなどを公爵領へ輸出する予定となっています。他にも、材料の小麦粉などでしょうか」
わたくしへ説明をしてくれるのは、ネロ殿下の後ろへ控えたウェイバー様。以前よりも表情や態度が柔らかくなった印象ですが。相変わらず、抜け目がありませんわね。
「それは楽しみですね」
「では、頂きましょうか♪お先に失礼」
ぱくりと、ネロ殿下が小さなケーキを頬張って見せます。おそらくは、毒が入っていないという意志表示なのでしょう。
一口で食べられるようにと、小さなケーキが沢山あります。美味しそうで目移りしてしまいますわね。
「ふふっ、沢山あるので、気になったお菓子をどうぞ? わたしもどんどん食べますから。むしろ、早く食べないとわたしが全部食べてしまいますよ?」
クスリと微笑むと、ネロ殿下は次のお菓子をお口に入れました。
「では、全部無くなってしまう前にわたくしも頂きますわ」
ネロ殿下は、お小さいのに気遣い屋さんなのですね。
「あ、美味しいです」
「それはよかったです」
と、和んだところでネロ殿下が口を開きました。
「実は、本日サファイラ嬢をお呼びしたのは……少々サファイラ嬢へ悪いことをした、と思いまして。そのお詫びがしたかったのです」
「え? あ、その、わたくしの婚約が白紙になったことはお気になさらず。むしろ、クラウディオ殿下との婚約が無くなったことは……あまり大きな声では言えませんが、我が公爵家一同嬉しく思っていることなので。なので、ネロ殿下の保護者の方にもそうお伝えしてくださいませ」
「わたしの保護者へ、ですか?」
きょとんと首を傾げるネロ殿下。
「え? はい。本日、わたくしをこちらへ呼び出されたのはネロ殿下の保護者の方ではないのですか? その、手配書の制作依頼をされたのは、お子様のいらっしゃる高貴なご婦人とお伺いしたもので」
「ああ、いえ。すみません。先程伝えたと思いましたが……伝わっていなかったようですね。サファイラ嬢をこちらへ招待したのは、わたしです。どうしてもお話がしたかったもので。手配書に関しては、依頼してもおかしくはない人物像の噂を流させました。そして、本日お父君の公爵閣下と交易の交渉をしたのも、わたしと兄上なんですよ? ふふっ、交渉の場に現れたのが子供二人で、お父君も大層驚いておいででしたね」
クスクスと、楽しげな笑い声。
「わたしのような子供が現れて、公爵様も最初は訝しんでいましたが。手紙を交わしていたのがわたしだと告げたときも、相当驚いていましたね」
「まあ、ネロ様とシエロ王子が交渉の場に現れて驚かない方の方が珍しいと思いますけどね」
やれやれと言いたげなウェイバー様が、スッとわたくしへ向き直りました。
「サファイラ様。現在、わたしがお仕えしている方がネロ様です」
そう告げたお顔は、なんだかとても誇らしげな表情をされていました。
そのお顔に、思わず一瞬固まってしまいました。ウェイバー様が、誇らしげに主をご紹介なさるなんて、今まで一度も見たことがありませんでしたもの。
「見ての通り、ネロ様はまだお子様でいらっしゃいますが。どこぞのぼんくら元王太子と違い、大層聡明なお方なのです。信じられないかもしれませんが、公爵閣下との交渉はネロ様と兄君であらせられるシエロ殿下のお二人で締結合意へと至ったのです」
「ふふっ、シュアンとお父君のウェイバー卿の信頼が厚かったからだと思いますよ?」
「ウェイバー伯爵もいらっしゃっているのですか?」
「ああ、いえ。残念ながら、父はまだこの国へ到着してはおりません」
「まあ、いずれ亡命する予定ではありますが。もう少し時間を置くべきでしょうね。ほとぼりが冷めるまでは……ということで、納得して頂けましたか?」
「ええと……はい」
「それで、ですね。サファイラ嬢とどこぞの元王太子との婚約について、なのですが。わたしに力が足りなかったばかりに、サファイラ嬢の婚約期間を無駄に引き延ばしてしまい、申し訳なかったと思いまして」
「え? あ、その、ネロ殿下がわたくしとクラウディオ殿下との婚約をどうこうできはしなかったと思うのですが……?」
幾ら他国の王族とは言え、まだ成人もしていない……口に出しては失礼ですが、未だ権力を持たない王子殿下が、わたくしとクラウディオ殿下との婚約へなにか働き掛けることができたとは到底思えないのですが?
「ああ、そういう意味ではありません。・・・もしかして、サファイラ嬢は知らないのですか? クラウディオ殿下の病気療養の理由を」
「えっと、その……襲撃されたときのお怪我が原因だとされておりますけど」
表向きは、ですが。
「実は、その襲撃とやらは、わたしがやりましてね」
「へ?」
「どこぞの元王太子殿下に似た男が、わたしの敬愛する兄上を侮辱した挙げ句、わたしと兄上に『自分の国へ引っ越して来い、数年後に可愛がってやる』的なことを言われたので、奴の股座を思い切り蹴飛ばしたんですよ」
「え? ええ~っ!?!?」
「くくっ、今思い出しても笑えますねぇ……」
クスクスと笑みを含んだ声が言い募ります。
「顔面蒼白で股間を押さえ、護衛騎士にお姫様抱っこされながら運ばれて行くどこぞの元王太子似の男。まあ、そのときうちの国に置き去りにされたシュアンを拾ったのですけどね?」
「……あの光景は、今思い出しても戦慄が走ります」
そっと、目を伏せて呟くウェイバー様。
「というワケで、物理的にわたしの脚力が足りないばかりに、サファイラ嬢の婚約を一月以上も引き伸ばすことになって申し訳なかったな、と。だって、あんなクズとは一分一秒でも早く縁切りしたかったでしょうから。次の機会があれば、もっと蹴りを鍛えて、確りと潰してやる所存です!」
ふふんと胸を張り、お可愛らしい顔には似合わない、なんと言いますか……非常に男らしい? 宣言をされるネロ殿下。
まさか、ご自身の『力が足りなかったばかりに』という嘆き? が、能力や権力、影響力ではなく、物理的な脚力でしたかっ!? 可憐な佇まいの容姿に全く似合わず、かなり豪胆な方でいらっしゃるようです。
「次の機会があっては困りますよっ!? 全く、ネロ様は王子殿下でいらっしゃるのですから、危険人物が現れたときには、大人しく守られていてください!」
厳しいお顔でウェイバー様がネロ殿下をお叱りしました。クラウディオ殿下の側近だった頃にも、忌憚なく厳しい意見を仰る方でしたけれど……
「ふ、ふふふふふふふっ……」
思わず、笑いが込み上げて来ます。
「サファイラ様? どうされました?」
「い、いえ。ウェイバー様がとてもイキイキと楽しそうにしていらっしゃるのでつい……」
「ふふっ、漸く可愛らしい笑顔が見られました」
――――――――――――
ネロ(茜)「物理的にわたしの脚力が足りないばかりに、サファイラ嬢の婚約を一月以上も引き伸ばすことになって申し訳なかったな、と」(´・д・`)
サファイラ(わたくしへ申し訳なさを感じる理由が、まさかの物理ですかっ!?)Σ(O_O;)
ネロ「だって、あんなクズとは一分一秒でも早く縁切りしたかったでしょうから。次の機会があれば、もっと蹴りを鍛えて、確りと潰してやる所存です!」(+・`ω・)9
シュアン「次の機会があっては困りますよっ!? 全く、ネロ様は王子殿下でいらっしゃるのですから、危険人物が現れたときには、大人しく守られていてください!」(*`Д´)ノ!!!
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