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そもそも紳士や貴公子というのは肩書きではなく、心構え!
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――――――――――――
あの日。
王都からの買い付け注文が入ったというあの日から、俺の日常は一変した。
父が、王族からの注文が入ったと言い、母と俺も連れて王都へ向かうと言い出した。
夕方だというのに最低限の荷物をまとめ、受注主である王族の寄越したという護衛と共に馬車へ乗り、日が暮れてから急き立てられるようにして町を出た。
暗くなってからの移動は危険を伴う。夜道の方が断然、盗賊などと行き遭う可能性が高くなる。父が、なぜこんな危険な移動を強行するのか疑問に思った。
幾ら王族から受注が入ったからと言って、荷物を危険に晒していいものか、と。
「父さん、どうしたの? こんな危険な真似をするなんて、父さんらしくないよ」
そう聞いた俺を、父さんは母さんと一度見詰め合うと真剣な瞳で俺を見据えて言った。
「……アーリー、よく聞きなさい」
そう口を開いた父さんが語ったのは――――
「実は、町に隣国の王族がお忍びで来ていたそうだ」
「え?」
「それで……お前は今日、具合を悪くした人をホテルまで連れて行ったそうだな?」
「あ、うん……」
なんだか嫌な予感がして、心臓が早鐘を打つ。
「どうやら、お前がホテルへ連れて行ったその人がお忍びの王族だったらしい。しかも、その王族は正式な手順を踏んでこの国に入国したワケではないそうだ」
「え? それって、密入国ってこと?」
「ああ。通常、お忍びであったとしても、他国へ渡る場合にはちゃんとその国の上層部へ話を通すのが筋というものだ。けれど、それをしていない他国の王族が来ていたそうだ」
それは当然のことだろう。どこのどんな人が国へ出入りしたか、それを把握しておくことはとても大事なことの筈。それを無視するということは、渡った先の国での安全が保障されないということだ。
安全の保障が要らないか、悠長に出入国の検査や許可が出るのを待てない程切羽詰まった人。そうじゃなかったら……なにかしらの後ろ暗いことがあり、出入国を記録されたくないということ。
真っ先に頭を過ぎったのは、密輸という言葉。もしかしたら俺は、なにかを見てしまったのか。それとも、相手が俺になにかを見られたと思ったのか……
「偶々……うちの国の王子殿下も、町にお忍びで来ていたそうでな」
「ええっ!?」
どういうことっ? っていうか、俺が知らないだけでうちの町、実は王侯貴族のお忍びスポットだったりするの?
「王子殿下の護衛の方の中に、密入国した他国の王族の顔を知っている人がいたそうで、お前がホテルに連れ込まれそうになっていたのを、慌てて保護したという話だ」
「え? 保護? 俺が?」
「ああ。お前がお茶をご馳走になった方々が、王子殿下方だったそうだ」
「ええっ!? 王子様達っ!?」
男の子が二人と、女の子が一人。可愛い女の子の方が、俺とお喋りしてくれていた。
言われてみれば……あの具合の悪い人の部屋へ行く前に、俺に一生懸命話し掛けてくれた。具合が悪いなら医者を呼ぶべきだと言って、ホテルの人を呼んでくれたのもあの子達だ。
あの女の子はあの男の人に冷たく「必要無い」と言われても、手を振り払われても、睨まれても引かなかった。すごく親切な子だと思っていたら……あの子達は、俺が部屋へ連れ込まれるのを阻止してくれていたんだ。
「それで、お前が他国の王族に誘拐され掛けていたと……商人の振りをした騎士の方々から緊急の連絡が入ってな。わたし達にも危険が及ぶかもしれないからと、こうして今避難しているところなんだよ」
「あ、そうだったんだ……」
「下手をしたら、お前を他国に攫われてしまっていたかもしれないと言われてな」
「心配を掛けてごめんなさい……」
「アーリー、あなたが無事で本当によかったわ」
涙ぐみながら母さんが俺を見詰める。
「ああ、本当に。騎士の方々や王子殿下方には心より感謝しているよ」
こうして俺達は三人で抱き締め合いながら、王都へと向かった。
王都で騎士の方達が用意してくれた家に滞在して、数日後。
相手は他国の王族だからと騎士の方々が護衛として付いていて、なんだか申し訳ないような、誘拐はやっぱりなにかの勘違いや誤解で、大袈裟じゃないかな……? という思いが頭をもたげて来た頃。
「アーリー、これを見なさい」
父さんが、何枚もの似顔絵を俺に見せて言った。
「この連中が、うちの町で人身売買をしていた疑いのある人物だそうだ」
テーブルの上に広げられる手配書。その中に、
「あっ、この人!」
あの日、具合が悪いからホテルまで連れて行ってほしいと俺に頼んだ男の似顔絵があった。あのときの、灰色の髪に青灰色の瞳をした、お忍びの貴族……じゃなくて、密入国してた王族なんだっけ? 密入国なんだから、ある意味お忍びというのは間違っていないような気もする。
まあ、密入国は王族だとしても……いや、王族だからこそ厳しく取り締まられるべき犯罪なんだけど。
彼らは、国際的に人身売買をしている可能性のある犯罪集団とのこと。
どうやら、本当に俺は誘拐され掛かっていたようだ。
彼に捕まっていたら……今頃俺は、知らない国に連れて行かれていたかもしれない。どんな目に遭わされていたかもわからない。この国には奴隷制度は無いけど、無法者に他の国に売り飛ばされていたら……? 今更ながらに、とても恐ろしくなった。
大袈裟だと思って、そろそろうちに帰りたいと思っていたけど……全然大袈裟じゃなかったっ!!
そして、俺を城で保護したいと王族の方から話が出ているのだと言われた。
とても驚いたけど、でも、相手は国際的な犯罪者の集団。それも、俺は首謀者と見做されている王族の男の顔を見ていると言われた。逆を言えば、その王族の男に俺の顔も覚えられている可能性が高いとも言われて、安全を図る為に――――
父さんと母さんは、自国の王族に保護してもらえるなら安心だと言って、俺が王族の方に保護されることに賛成した。
俺は……父さんと母さんと離れたくはなかったけど、堅牢な城にいた方が護衛がし易いとのこと。定期的に両親には会えるようにする、と。そして、城で暮らすならある程度の礼儀作法、教養は必須だと言われた。
一応、商人として貴族の方と顔を合わせることや対応をしなければならないので、礼儀作法を少しは学んでいたけど、下位貴族になら失礼に当たらないマナーくらいしか知らない。王侯貴族に通用するだけのマナーを取り急ぎ学びなさいとのこと。
それで、講師が付けられることになったんだけど――――
なぜか講師の人が俺の顔を見て固まったり、ぼーっとしてミスを連発したり、話し掛けてわからないことを聞こうとしてもなにも答えてくれなかったりと、講師が何人も入れ替わって教育があんまり進まなかった。
俺、なにかしたんだろうか? と、かなり不安になった。それとも、商人如きの子が王城に上がるなど烏滸がましい、的な感じでいびられてたりするっ!?
俺、嫌われてるのかなぁ? と、一人で悶々としてへこんでいると……
次に来た講師の人は、おじいちゃんやおばあちゃん先生だった。大ベテランと言った空気の漂う先生達だ。
おじいちゃんおばあちゃん先生は俺の顔を一瞥すると、成る程という風に頷き――――今までの若い? 講師達からよりも、厳しい指導を受けましたっ!?
美しい所作とは~、という長い講釈を受け、それを実践。
一挙手一投足に、ビシバシと厳しい指導が飛ぶ! そもそも紳士や貴公子というのは肩書きではなく、心構え! と、仮令襤褸を纏おうとも、心は錦の精神だと教えられた。逆を言えば、どれだけ高貴な血筋であり、高価で贅を尽くした衣装を纏おうとも、心根が卑しければ紳士や貴公子足り得ないとのこと。
そして俺は……貴公子としての振る舞いへの及第点を頂いた。
うん? あれ? 俺、城で保護されるに当たり、使用人として扱われるって聞いたんですけど?
――――――――――――
色々とわかっていないアーリー視点。ꉂ(ˊᗜˋ*)
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