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クラウディオ殿下の正式な婚約者であり、正妃予定のわたくしの不興を買う意味が判らないおめでたい方の家は大変でしょうけどね?
しおりを挟む婚約が決まってから――――
季節や行事の折々には、クラウディオ殿下からは贈り物やお手紙が届きます。
あまりわたくしの好みの品ではないことが多いので、それらに無難なお返事や贈り物を返すのですが。
偶に、明らかにおかしいというか……不審な荷物や手紙がうちへ届くことがあるそうです。
わたくしの目には触れていないのですが、脅迫状や不審物ということでしょう。使用人やお母様、お父様が仰るには、わたくしがクラウディオ殿下の婚約者となったので、他家の嫌がらせや、嫉妬したどこぞのご令嬢の仕業とのこと。
中には、クラウディオ殿下のお名前を騙るわたくし宛の荷物やお手紙も混ざっているみたいですね。大変な不敬だと思います。調べられては困る物を送るだなんて、そんなに失脚したいのかしら? 謎ですわ。
わたくしはそんなことなど気にしなくてもいいと言われましたが……護衛の数が増えましたね。
クラウディオ殿下とは年が違うので、当然学年も違います。学園でお会いすることは殆どありません。
けれど……クラウディオ殿下の婚約者になりたい方や、取り巻きの殿方など年上の方が絡んで来るのは少々怖いですね。まあ、いずれは臣下となる方々なので、怯んでいる姿や怯えている弱い姿などは見せられませんが。
そして、クラウディオ殿下の婚約者の座を狙っているご令嬢にはこっそりお教えしておきました。クラウディオ殿下はいずれ側妃をお迎えする予定なのだと。
複雑な表情を見せる方や、中には素直に喜んでいらっしゃる方もおりました。「どうするか、お家の方に相談してくださいませ」と、微笑みながら彼女達へ告げました。
複雑そうなお顔をされていた方は当然だと思いますが……喜んでいらっしゃった方は、気付いていないのでしょうねぇ?
わたくしがクラウディオ殿下と婚姻するのは、わたくしが十八になってからです。更に、そこから最低でも三年は経ってからでないと側妃として迎えられることはないのですが……わたくしよりも年上のお姉様方は、わたくしが二十一歳のときには一体お幾つになっているのでしょうか?
一応、我が国では必ずしも正妃が出産を終えてなくとも側妃を娶ることはできます。但し、正妃になにも問題がなければ、正妃が男児を産むまでは側妃として後宮に入ってもお子を産むことは許されないので、お家の為に側妃として嫁ぐつもりならば、年単位で待つ覚悟と計画が必須なのですが。
その辺りを理解しているのでしょうか? それとも、クラウディオ殿下の寵姫としての立場を狙うおつもりなのでしょうか?
寵姫というのは、確かに国王の寵愛を受ける存在ではあります。女性としての栄華だと、称賛する声もあるでしょう。しかし、それもまた難しい立場です。
なにせ、国王の心持ち一つで文字通りに首が飛ぶこともあれば、身一つで城から放り出される存在でもある。または、大切にし過ぎて国王以外誰とも会えないように……足を切られて監禁されたりもすると聞きました。もしお子ができたとして、そのお子は庶子として扱われることになります。また、命を狙われることも多いでしょう。そもそも、長生きした寵姫の話など、あまり聞いたことがありません。非常に不安定で危険な立場だと思います。
なにより、隣国では寵姫に狂った国王が政治的にやらかしたようで……確か、寵姫の産んだ庶子へ継承権を認めたんだったかしら? そんなことをすれば、政争が起こること確実ですのに。それもあって、現在近隣諸国では寵姫という存在にピリピリしており、宮廷へ寵姫を入れたがる方は少ないと思います。
ともあれ、側妃になるにしろ、寵姫を目指すにしろ……クラウディオ殿下の正式な婚約者であり、正妃予定のわたくしの不興を買う意味が判らないおめでたい方の家は大変でしょうけどね?
さて、この情報を基に、どの家がどのように動くでしょうか?
こんな風にして、クラウディオ殿下の婚約者候補となったときから気が休まる暇がありませんでした。
けれど、これらはまだ序の口だったと思い知らされました。
ある日のこと、クラウディオ殿下との交流という名のお茶会で、どうやらわたくしが時間を間違えてしまったようで、『随分と早くに来られて迷惑だ』という風にクラウディオ殿下に迷惑そうに言われてしまいました。
「申し訳ございません、クラウディオ殿下。けれど、わたくしは殿下の指定した時間通りに来たつもりですわ。宜しければ、招待状をご確認くださいませ」
と、頂いた招待状をクラウディオ殿下へ見せました。
「ふむ……確かに。お前が来たのは、記入された時間通りだな。おそらくは、こちらの手違いだろう。悪かったな」
このときは王室側の手違いで済ませたのですが――――
それからも日時や場所、またはドレスコードに『記入ミス』のある手紙や招待状がときどき届くようになりました。一度、殿下の予定が変わったことを報せる手紙が届かず、待ちぼうけを食らわされたこともありました。
催事の際や、城内で用事があるときなどは、書類確認で長時間待たされたり、無駄にうろうろと歩き回らせられて草臥れることが何度もありました。
殿方はヒールなど履かないからわからないかもしれませんが、着飾ったドレスを着て高いヒールを履き、速足で付いて行くのはかなり大変なのですが? 靴擦れや捻挫をしても、顔に出さなかったわたくしは偉いと思います。パンパンになった足をマッサージしてくれた侍女達にも感謝ですわ。
なんでしょうね? これは、わたくし個人が舐められているのか、恥を掻かせようとしているのか……それとも我が家に対する侮辱でしょうか? そうでなければ、この婚約を無しにしたい誰かの妨害工作でしょうか?
ある日、我慢できずにクラウディオ殿下にお聞きしました。
「近頃、クラウディオ殿下から頂くお手紙や招待状には、あまりにも記入ミスが多いと思われるのですが。殿下は存外うっかりさんなのでしょうか?」
「なんだと?」
あからさまにムッとしたお顔をするクラウディオ殿下。四つも年下の女の子に、そのようなお顔で凄むのはやめてほしいですわね。大人げないですわよ?
「それとも、殿下のスケジュール管理をしている方がミスを連発しているのでしょうか? もしそうであれば、殿下はスケジュール調整も碌にできないような方を重用していることになりますが、大丈夫なのでしょうか? でなければ、わたくしへ恥を掻かせたいとか。なにやら、我が公爵家へ思うところがある方がいるように思われますが」
と、証拠として『記入ミス』の多い招待状や手紙をテーブルへ乗せて質問しました。
「それとも、クラウディオ殿下ご自身がわたくしを疎んでおいでで? ならば、このように迂遠なことをせずとも、婚約は解消して頂いて構いませんわ。この婚約が解消されたとて、わたくしの婚姻は国内に限ったことではありませんもの」
お生憎様ですが、婚姻相手へ従順さをお求めでしたら他の方を当たってくださいませ。クラウディオ殿下に婚約解消をされれば、わたくしが国内で縁を結ぶのは少々厳しくなるでしょう。それでも、わたくしは公爵家の娘。外国との縁を我が家独自で繋ぐこととてできるでしょう。
「いや、それはない。サファイラとの婚約は俺自身が選らんだことだ。だが……そうだな。これ程にミスをする者には仕事は任せられんな。後でキチンと調べておく。ウェイバー」
「……なんでしょうか? クラウディオ殿下」
後ろに控えていた小柄な方が、不服そうなお顔で前に出て来ました。
「サファイラ嬢への連絡は、これからはお前がチェックしろ」
「ご命令であれば。ですが、公爵令嬢」
「なんでしょうか?」
「お手紙や招待状に、クラウディオ殿下を慕う者への嫌がらせが混じっていたようです。殿下に代わってお詫び致します。これからはこのようなことがないようにしたいと思います。ただ、わたしも殿下を慕う者の中ではあまり評判がよくないので、わたし自身が嫌がらせを受ける身であることを心に留めおいてください」
スンとしたお顔で告げるこの方が噂の……二学年飛び級して、クラウディオ殿下の側近になられたというウェイバー様でしたか。
以前より、わたくしとクラウディオ殿下を見るときに度々不快そうなお顔をされることがありますが、随分とハッキリものを言う方なのですね。
この方も、わたくしがクラウディオ殿下の婚約者になったことになにやら思うところがあるのでしょうか? ご自分も嫌がらせを受ける身である、と。そもそもの情報が間違って伝えられるかもしれないと、わたくしへ誠実に仰っているのか。それとも……これは、ウェイバー様ご自身がわたくしへ嫌がらせをするという示唆なのか。悩みますわね。
とは言え、年下ということだけで侮られたり、要らぬやっかみを買ってしまうことはよくありますものね。ええ、とてもよくわかりますわ。なにせ、わたくしもそういう要らぬものを余計に買う身ですもの。
「……できる限り、目を配っておこう」
クラウディオ殿下がウェイバー様へお答えしました。
どうやら、年下ながらも(わたくしよりは年上の方なのですが)クラウディオ殿下にも一目置かれている方のようです。
さて、ウェイバー様はどう出るでしょうか? と、思っていたのですが――――
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