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『シュアン・ウェイバーは死んだことになっている』ワケだ。
しおりを挟むそんなことを考えながら、王妃殿下とお茶に向かうのだというネロ様に付いて行くにしました。
「よっ、昨日は出掛けてたみたいだな? どっか遊びに行ったん?」
と、ネロ様へ能天気な声を掛けたのは道中合流したシエロ王子でした。
「ええ。お菓子を沢山用意して郊外へ」
にこりと昨日のことを一切伺わせないネロ様。
まあ、確かに。昨日はバスケット一杯のお菓子を用意して、郊外に出掛けましたね。ミレンナ様へお会いして、離縁の申請をさせるという目的でしたが。
「ピクニック? 少しはリフレッシュできたか?」
「ええ」
「そっか。よかったな」
ミレンナ様との話し合いは、リフレッシュには程遠かったと思いますが。
……なんて、なにも知らない様子のシエロ王子に、少々のもどかしさを感じます。しかし、ネロ様はシエロ王子にはなにも知らせないことを望んでいるのでしょうね。
「ンで、なんだ? さっきから、なんか言いたそうな顔で俺のこと見てるよな? シュアン」
水色の瞳がわたしを見上げました。
やはり、シエロ王子もそこらの子供よりは断然聡いようですね。
「ふふっ、実はこの度、シュアンが正式にわたしの側近になることが決まりまして」
わたしが口を開く前にネロ様が言いました。余計なことは言うな、と?
「マジかっ!?」
シエロ王子はぎょっとした顔で、
「いいか、シュアン。今ならまだ間に合うんだぞ? 早まるんじゃない。考え直すなら、今しかないぞ。心底後悔する前に、もう一度よくよく考えるんだ」
真剣な顔で言った。
「わたしが、ネロ様をお支えしたいと思ったのです。シエロ王子は、わたしがネロ様のお傍にいることが不満なのでしょうか?」
些か棘のある口調になってしまった。我ながら、少々大人げないですね。
「いや、不満というか……お前が自分で決めたことなら尊重するが……その、アレだろ?」
「あれ、とは?」
「んー……ぶっちゃけ、お前の元上司追い詰めて、こうやってお前がここに居ることになったのは、ネロと俺達のせいだと言っても過言じゃない。そういう意味で、お前自身はネロに蟠りとか無いのか? って思ってさ」
どこか探るような水色の視線。
わたしのことを疑っているのだろうか? 確かに、わたしは元はクラウディオ殿下の部下だった。それは、動かしようのない過去だ。けれど……この、わたしを探るような眼差しは、シエロ王子がネロ様のことを案じているということでもある。
「わたしのことをお疑いで?」
「いや? 今のところは別に? ただ……」
なにやら含みのある言葉ですね?
「ただ、なんでしょうか?」
「側近になるなら、ネロとネリーの信奉者には気を付けろ。連中、割と過激みたいだからなぁ」
「ネロ様とネレイシア姫様の信奉者、ですか?」
「そ。なんつーの? コイツらのこと大好きで、かなり物騒な侍女いるだろ? 呉々も、寝首掻かれないようにな」
十中八九、ミリーシャ嬢のことでしょう。確かに、あの方は初対面からわたしのことをちょいちょい脅して……いえ、あれもまたネロ様のことを想ってのことなのでしょうが。発言は不穏というか……普通に物騒ですね。
「ご忠告感謝します。肝に銘じましょう」
「あと、お前めっちゃ騙されてるみたいだけど、アレだからな? ネロとネリーは、実はかなりふざけた性格してるから。付いてけねぇぜってなったら、身体壊す前に側近なんて辞めちまえ」
「は? あの? シエロ王子は、なにを?」
ネロ様とネレイシア姫がふざけた性格をしている? あのように、使用人達に大層慕われているお二人が?
「あ~、信じてない感じ? ま、別にいいけどさ? ただ、お前達を追い詰めた似顔絵作戦な? あれ、かなりの悪乗りでネロが高笑いしながら決行したやつだから。覚えとけ」
ケラケラとイタズラっ子のように笑うシエロ王子。
「ふふっ、懐かしいですねぇ」
「は? ネロ様が高笑い、ですか?」
理知的で、いつも冷静なネロ様が悪乗りで高笑い? 全く想像が付きませんが……?
「おう。こいつ、こ~んな顔してテンション上がると高笑いと悪乗りし捲るから。なー?」
「ふふっ、そろそろ中へ入りましょうか」
クスリと笑い、辿り着いていた王妃殿下の執務室へ入るよう促すネロ様。
「失礼します」
中へ入ると、
「来たか。少し待ってろ」
王妃殿下が書類から顔を上げ、使用人達がお茶の用意をしました。
「ありがとうございます」
「ん? シュアン・ウェイバーも来たのか。丁度いい。君のご家族が、『息子を亡くしたショックで体調を崩し、これまでと同じ働きができそうにないので、療養して静かに暮らす』という名目で宮廷を辞すと同時に爵位を返上し、隣国を出たそうだ」
わたしへと視線を向け、両親のことが告げられました。
「っ!? ち、父と母は元気なのでしょうか? っと、失礼致しました。王妃殿下」
ネロ様の計らいで手紙を書くことができましたが、二人にはかなり心配を掛けた筈です。それに、判っていた筈なのに……父が爵位を返上したと聞いて動揺してしまいました。
「構わん。言ったろう? 『体調を崩した』という名目だ。というか、君は……我が国で、暴漢からクラウディオ殿下を守り、死んだことにされたらしいぞ?」
少し、気の毒そうな表情がわたしに向けられました。
「・・・そう、ですか。そのようなことにされましたか」
「そのようだな? 大層、お怒りだそうだ」
他国でクラウディオ殿下の身代わりで性犯罪者として、捕らえさせた、と話すよりは名誉の死ということですか。
父と母は、わたしの為に祖国を捨てる程に怒ってくれたのですか……わたしは、お二人に愛されていたのですね。
「君のご両親には、こちらの手の者を付けて護送中だ。念の為、複数の国を経由して我が国へ迎えることになっている。実際に会えるようになるのは……早くても数ヵ月後だろうが、道中の安全は図ろう。任せなさい」
「両親を受け入れて頂いた王妃殿下に感謝を」
「まだ早いぞ? しかし、君の証言は有用だからな。そして、君の国ではクラウディオ殿下が正式に証言して、『シュアン・ウェイバーは死んだことになっている』ワケだ。葬式まで済ませたようだ。これまで以上に、身辺には気を付けろ」
死人に口無し。わたしが生きていると都合の悪いクラウディオ殿下から、暗殺者が向けられる可能性がある……と。
「はい。シュアンはわたしが守ります」
なんとも頼もしい宣言なのですが……
「君も、守られる側なのだがな? 全く……あまり無茶はしないように」
やれやれとでも言いたげにネロ様を見詰め、溜め息を吐く王妃殿下。
そのことについては、わたしも同意します。
それからネロ様とシエロ王子がテーブルに着いて待っていると、王妃殿下が来て一緒にお茶を始めました。
昨日も思いましたが、世間一般の義理の母と子……もしくは、側妃や愛妾の産んだ王子達と話すにしては、王妃殿下はお二人とかなり良好な……気安いとすら言っても過言ではない関係を築いておられるように見えます。
あちらにいた頃は……ご自分のクラウディオ殿下の地位を脅かす可能性のある異母弟の王子達と正妃が和やかに話す様など、見たことがありませんでした。
おそらくは、こちらの国の方が……ネロ様とシエロ王子、アストレイヤ王妃殿下の関係が特殊なのだと思います。
ただ、やはりと言いますか……どうにも、子供らしさのない会話ですね。ネロ様が子供らしくないことは判っていましたが。シエロ王子も、イタズラっぽい顔をしたりケラケラと笑う顔は年相応の顔でしたが……王妃殿下とネロ様と対等にお話ができるくらいには、大人びた方だったようです。
和気藹々としたお茶を終えると、
「わたしはそろそろ仕事に戻るが。ネロ、お前は少し残れ」
王妃殿下がネロ様だけを呼び止めました。
「シエロと他の者は外せ」
「わかりました」
「では、失礼します。行くぞ、シュアン」
と、残りたいと思っていたことを見透かされたように、シエロ王子に促されました。
「……はい」
部屋を出てネロ様が出て来るのを待つことにします。
おそらく、王妃殿下のネロ様へのお話は昨日の……ミレンナ様のことでしょう。ですが、これは好都合かもしれませんね。
「シエロ王子。少々お話を宜しいでしょうか?」
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