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ああ、だからか。と、わたしが売られるようにして、護衛兼侍女として仕込まれたのに納得しました。
しおりを挟むお茶会の場は、恐怖の悲鳴に埋め尽くされました。
そんな中、我先にと逃げ惑う女性達は、自分達が犬の興奮を更に煽っていたことに思い至っていなかったのでしょうね。
キャーキャーと叫び、色鮮やかなドレスで走り回る貴族夫人や子女達。その中で、犬は転んでしまった小さな貴族令嬢に狙いを定めたようでした。
わたしは咄嗟にその間に割って入り、犬の横っ面を蹴っ飛ばしました。キャンと情けない悲鳴を上げた犬に追撃しようと駆け寄り、その途中に落ちていたナイフを拾い上げ、犬の顔面に突き立てたのです。
そうやって手傷を負わせたわたしに怯え、犬は逃げる素振りをしていましたが、遅れてやって来た騎士達に取り押さえられてその場で殺処分されてしまいました。
少々薄汚れて血塗れになったわたしは、貴族夫人や子女達を守ったとして主催の方から……要約すると、勇敢なクソ度胸に脱帽という風な称賛と褒賞金を頂きました。まあ、その場にいた貴族夫人や子女達からはドン引きされて怯えられ、更には騎士達からも少々引かれていましたけどね。
咄嗟に動けたのは、弟達が野犬に襲われたことがあったからです。あのときは、そこらの石を投げ付けて追い払いましたが、今回は武器になるナイフが転がっていて助かりました。弟妹や弱者は、わたしにとって守るべき者だったのです。これも騎士である父の教えでしょうか。
そして、この狩猟大会がわたしの人生の転機になりました。
あの場で処分された猟犬の飼い主の貴族が、『よくもうちの飼い犬を殺したな! 弁償しろ!』だとか文句を付けて来ましたが、主催の偉い人に大会を台無しにしたことで逆に訴えられて、それどころじゃなくなったようです。
その後、主催の貴族からは『問題を起こした貴族が実家から除籍されたので安心していい』と連絡を頂きました。お詫びとして頂いたお菓子がとっても美味しかったのを覚えています。あのときは、わたしに頂いたお菓子だからと、わたし一人が丸々一個のお菓子を食べられたのですよね。ちびちびと一個を二人以上で分け合っていた姉弟達に随分と羨ましがられたものです。
それから暫くして――――どこから聞き付けたのか、『お宅のご令嬢を、さる高貴な令嬢の護衛に欲している貴族家がある。承諾頂けると嬉しく思う』と。そんな打診が両親にされたそうです。
両親は喜んで快諾。
こうしてわたしは、齢十歳にして家族から離され、さる令嬢の護衛になる為に令嬢の住む家へ仕える使用人の養子として引き取られることになりました。わたしの親権を主張しないことと引き換えに両親には、結構な額が支払われたそうです。
まあ、あれですね。言葉を悪く言えば、わたしは両親に売り飛ばされました。姉一人が反対していましたが、「このお金でベビーシッターが雇える。家庭教師も付けられる」という両親の言葉で引き下がりました。
少し不安を抱えながら一人でお屋敷に向かい……引き取られたその日から戦闘訓練と並行して、侍女としても仕込まれました。
なんでも、お嬢様はいずれ王妃になる予定のお方。その高貴なるお嬢様をお守りできるのです、光栄に思いなさい……だとか。
まあ、それは別にいいんです。実家では餓えに苦しむ程ではありませんが、常に姉弟達と食べ物の取り合いをして、お腹一杯になる程の食事を食べられませんでしたし。お菓子なんて滅多に当たりませんでした。衣服も姉のお下がりばかりで、新しい服なんて着たこともありませんでしたから。
でも、お屋敷ではお腹一杯食べられます。お菓子だって、仕える貴族の方々が要らないと言えば、手を付けられていないキラキラしたケーキやプディングなどが丸々下げ渡されることだってあります。使用人達の為にと常備している焼き菓子だってありました。衣服だって、支給されたお仕着せしかありませんが全て新品。お給料も出るので、新しい物を自分で買って選ぶことだってできるました。一番若い侍女見習いだからと、お屋敷では年配の方にご自分の子供や孫のようだと言われて、とても可愛がって頂きました。
食べ物、衣服に困ることなく、広い屋敷に住まわせて頂いたのです。
ある程度の恩返しはしよう、と。そう思って戦闘訓練や侍女のお仕事を程々に頑張りました。
そんな日々が続き――――お嬢様が、王太子殿下に嫁ぐことになったのです。側妃として。まあ、先に正妃様が嫁いでいるのですから当然なのですが。
わたしは、そんなお嬢様の護衛兼侍女として王宮へ上がることになりました。どうやらわたしの武術の腕は、かなり優秀なようです。思えば……実家にいた頃も、父に剣を習って鍛えられていた長男の兄と取っ組み合いの喧嘩をしても、一度だって負けたことはなかったですからね。
そして、アレですね。お嬢様のお顔は拝見したことがあったのですが・・・
ハッキリ言って、お嬢様……いえ、側妃様は仕える主人としては最低の部類に入る方でしたね。
ああ、だからか。と、わたしが売られるようにして、護衛兼侍女として仕込まれたのに納得しました。大金と引き換えで、教育を施し、恩を売って……わたしのような子供を囲い込んで逃げられないようにした、と言ったところでしょう。
いつの間にか王太子から即位していた国王陛下が会いに来ないと言っては癇癪を起こし、暴れ、使用人達に酷い八つ当たりをする。何度侍女が入れ替わったか判らない程に、人の出入りが激しかったのを覚えています。
わたしは、お嬢様の護衛なので側を離れることはできません。護衛が手傷を負うことは避けなければなりません。また、一番若いからと年上の方達によく庇って頂いたのです。
わたしは誰に庇われなくとも、お嬢様の投げる食器類やグラス、ペーパーナイフ、アクセサリーケース、お茶の入ったティーカップ、熱湯の入ったポットなどなど……余裕で避けられたのに――――
わたしを庇って重傷を負い、辞めて行った方達に申し訳なく思い……されど業務中は側妃様のお側を離れることは許されない。こっそりと近くにいる人を引っ張ったり、押したりして飛んで来る物を避けさせる。この程度のことしかできませんでした。遠くにいる人には、わたしの手は届きません。
また、そのような扱いに耐え切れず、側妃様へ害意を持つようになった人達から……当の側妃様をお守りするのが、わたしの役目。
そんな風に神経を擦り減らしながら、側妃宮で何年も過ごしました。毎日毎日、息を詰めるようにして苦しかったのを覚えています。
いつの間にか側妃様が妊婦になっていて……妊娠が発覚したばかりの頃はご機嫌で八つ当たりも少なくなっていたのですが、悪阻やら情緒不安定で機嫌が悪くなることが増え、更には国王陛下の訪いがないと言っては暴れようとするのを、「お腹にお子がいるのですから堪えてください」と止める日々。
お腹が大きくなって来ると、お嬢様も動けなくなって……機嫌はかなり悪かったのですが。本来ならこんなことを言ってはいけませんが、お嬢様の体調が悪い日の方が使用人達は比較的平和に過ごせました。
しかし、妊娠期間というのもそんなに長くは続きません。
側妃様より先に、国王陛下の愛妾様が出産。それも、お生まれになったのは男児だったそうで・・・後のシエロ様誕生の一報に、側妃様は荒れに荒れました。
遅れて二、三ヶ月程経った頃でしょうか? 側妃様が息も絶え絶えの難産の果てに、双子の男女を出産されたのです。
国王陛下は側妃様が産気付いたことをお報せしても、側妃宮へは来ませんでした。長いお産の間側妃様は、「レーゲン様はまだ来てくれないの?」と、何度も尋ねながら泣いていたそうです。
そして、無事に双子の男女を出産したという連絡を入れても、全て無視されました。
国王陛下を待っていた側妃様は床から起き上がれない状態でも癇癪を起こし、産婆や医師が双子のお子に初乳を与えてあげてくださいという進言を無視してお子達を遠ざけました。
生まれたばかりの赤ちゃんには、その母親から母乳を飲ませた方が丈夫に育つ、と。そんな風に産婆と医師は主張していたのですが……側妃様が、お二人……後にネロ様とネレイシア様と名付けられることになるお子達に母乳を与えることはありませんでした。
ネロ様とネレイシア様には側妃様の代わりに、乳母がお乳をあげていたのですが……
小さい赤ちゃんというのはずっと寝ていて、起きるとお腹が空いては泣き、おしめが濡れては泣き、眠いのに眠れないと泣き、むずがっては泣き……と、兎に角起きているときには泣いてばかりいるものです。
そして、そんな赤ちゃんが二人。
側妃宮は二人の赤ちゃんが泣き、国王陛下が訪れないと側妃様が泣き喚き、暴れ、ネロ様とネレイシア様が煩いと不機嫌になり、使用人達に八つ当たりをする……という風に、ある種の修羅場状態が続きました。
お二人の乳母は、とてもよくやってくれていたと思います。
しかし……そんなある日。ネレイシア様がお風邪を召されて……
医師も使用人の皆も、手を尽くしましたが・・・
幸運だった、と言うべきかそれとも不運というべきか――――
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