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なんだろう、エタノールの刺激臭が目に染みたのかな? 目から涙が零れて止まらない・・・
しおりを挟む「な、な、なんっですかっ、この問診票はっ!?」
簡単な問診だと、質問の書いてある用紙に記入を促されたので、質問を見ると、
『直近の一月以内で動物に噛まれたことはありますか?』
『直近の一月で虫に刺されたり噛まれたりした箇所はありますか? また、その虫刺されはどのくらいで治りましたか?』
『直近の二ヶ月以内に訪れた国を記入してください』
『発熱、倦怠感、不調などはありますか?』
『大病や大怪我などをしたことはありますか?』
『身内に心臓病や遺伝的疾患などを患っている方はいらっしゃいますか?』
『現在服用中の薬はありますか?』
『身体が受け付けない食品などはありますか?』
『特定の食品を食べて、意識を失ったことがありますか?』
『子供の頃に罹患した伝染病にチェックを入れてください』
チェック欄には、子供が罹るおたふく風邪や麻疹などの病名が書かれて――――
と、ここまではいい。多少プライベートや機密事項に関わることで、あまり答えたくない質問もあるが。ここまでは、防疫として許容範囲内の質問だ。
問題は、これより下の部分。
『クラウディオ王太子殿下(仮)と同衾したことはありますか?』
『同性、または異性と直近で同衾したのはいつですか?』
『身体に湿疹や痣などの異常がありますか?』
『身体に、五日以上に渡って痛痒感を感じる場所はありますか?』
『下腹部に異常がありますか?』
『粘膜に異常が見られますか?』
などなど、どう見ても性病の有無を確認する問診内容が書かれている。
これは、わたしがクラウディオの恋人ではないかと疑われているということかっ!?
なんたる屈辱っ!?
わたしは、普通に……その、女性の方が好きだというのに!
「非情に大事なことです。誤魔化さず、噓偽り無く記入をお願いします」
と、医師は真剣な眼差しでわたしを見据えて告げる。
「ええ。非常に重要な質問です。ウェイバー様が、あの不潔な男と関係を持っている可能性も否定できませんので」
真顔で……いや、微かな嫌悪を滲ませた顔の侍女が言う。
「っ!? わ、わたしはクラウディオ殿下の恋人などではありませんっ!! 断じて、お誘いを受けたことは一度もありませんっ! そもそも、そんな誘いを受けたら気色悪くて即行辞表を叩き付けてますからっ!? あんなのの恋人だなんて冗談でもやめてくださいっ!! 酷い侮辱ですよっ!?」
そう全力で否定すると、
「成る程。やはり、あの不潔な男はクラウディオ王太子殿下だったということですか」
冷たい視線がわたしを見やる。
「っ!? ま、まさか、鎌を掛けたのですかっ?」
しまった! 思い切り、クラウディオ殿下のことを口走ってしまった。
というか、問診票にバッチリ名前が書かれている! やはり、顔を見られた段階でアレがクラウディオ殿下だとバレていたということかっ!?
「ああ、いえ。単純に、性病に罹患している可能性がある者をネロ様とシエロ様へ近付けるワケには行きませんので。ネロ様のことです。おそらく、ご自分であなたへの訊問をすると思われますので。ご存知でしょうか? 性病は、空気感染する類のものは非常に少ないのですが。飛沫感染や接触感染するものもあるのです。我々が警戒しているのは、飛沫感染や接触感染の有無です。我が国の、それも敬愛するネロ殿下。及び、ネロ様の大事になさっているシエロ様の身の安全を万全に図るのは至極当然のことでしょう?」
侍女は、わたしを見据えて真顔で語る。
「ほら、わたくしのような野蛮な思考をする者などは、さっさと始末した方が後腐れ無いと思うのですが……ネロ様もシエロ様も大変慈悲深くていらっしゃいますからね。大丈夫です。仮令あなた様が性病に罹患していようとも、お優しいネロ様は治療と延命を願うことでしょう」
こ、これは……ネロ王子が命じなければ、間諜などさっさと殺していたのに、という脅しか?
「というワケですので、ごねてないでさっさと診察を開始してください。ちなみにですが、問診票の記入を拒否する場合、そこの護衛が今すぐウェイバー様を裸に剥いて医師に全身を診察して頂きますので」
「ね、ネロ王子はわたしを丁重に扱えと言ったのではありませんか? あと、女性がそのようなことを言うものではありませんよ」
「お気になさらず。ネロ様の仰った通り。医師には丁重に診察して頂きますので。ネロ様、シエロ様の身には代えられませんから。あなたも、仮にも王太子殿下のお付きをしていたのですから、その辺りの配慮は理解しておられると思うのですが?」
コクコクと、無言で侍女に同意する護衛や医師達。
スッと移動する護衛。この状況で、無言で取り囲むはやめてほしいのですがっ!?
というか、やはりここは敵陣。理解していたつもりではありますが、わたしの味方は一人もいない。
抵抗し、裸に剥かれて丁重な診察を受けるか、それとも答えることに羞恥や屈辱を覚える問診票に記入をし、大人しく診察を受けるかの二択!
捕虜として、激しい訊問や拷問などを受ける可能性は少し頭を過ぎったものの、まさかの健康診断でこのような辱めを受けることになるとはっ!?
だが、なにも知らない者から見て、クラウディオ殿下……いや、年下の見目良い少年に粉を掛けていたあのクソ野郎の部下だったわたしを、そういう意味で信用することなど難しいことだろう。
「……書きます」
こうしてわたしは、なんだか大事なモノを無くしたような気分で医師の診察を受けた。
ちょっと泣きたい……
無論、性病には罹患していないというお墨付きを頂いた。
但し、少々消化器官系が荒れているので、胃腸を労るようにとのこと。
原因に心当たりは、非常にある。あの野郎の尻拭いばかりさせられていたからな!
更に、診察が終わると服を全て脱げと侍女に言われた。風呂に入って全身消毒をするように、と。そして、服も直ぐに洗濯して即行で消毒するとのこと。本当は焼却処分したいところ、預かった荷物は危険物以外は後程全て返却するようにとの命令があったので、消毒するだけで妥協するとのこと。
「……わたしは、病持ちではないと証明されたのでは?」
思わず恨みがましい声が出ると、
「ええ。その辺りは安心致しました、しかし、あの穢らわしい男と同じ空間にいたのです。あの男が触れたモノは、直ちに消毒しないといけません」
真顔で返された。
まあ、それについては多少理解できないこともない。
潔癖な人は、クラウディオ殿下が大層汚れて見えるのだろう。近くにいただけのわたしも、その同類かの如くに見える程・・・完璧にあのクソ野郎のとばっちりじゃないかっ!! チクショウ、あのクソ野郎めっ!! 一生不能にでもなってろっ!!
そして、入浴用品と一緒に消毒用のエタノールも手渡された。
自分で風呂に入って自分で消毒するか、それとも風呂に入れられて消毒されるかを選べ、と。
無論、自分で風呂に入って自分で消毒しましたとも!
なんだろう、エタノールの刺激臭が目に染みたのかな? 目から涙が零れて止まらない・・・
用意された服が高級品でサイズもピッタリだったのが、なんだか複雑な気分になった。
こうして、わたしの捕虜としての最初の一日が終了した。
✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。✰
シュアン「あれ……? 涙が……」(*T^T)
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