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悪魔の囁きのように魅力的な誘いに・・・
しおりを挟む「ええ。わたしは、こちらのシエロ兄上の弟でネロと申します」
ネロ第三王子。側妃の息子で、本来ならば第二であるべき王子。
それが、どうして第二王子の座を奪った妾腹の兄と一緒に行動している?
なぜだ? 普通に考えて、この並びはおかしい。
「……王子が二人して、なぜわざわざこちらへ?」
「ふふっ、シエロ兄上とわたし達はとっても仲良しなんですよ。ね、シエロ兄上?」
「……ああ」
にこやかなネロ第三王子……ああもう、ネロ王子でいいか。に比べ、微妙に不服そうな顔で頷くシエロ王子。この様子だと、そうは見えないが。この国の側妃陣営が、第二王子の座にいるシエロ王子を邪魔に思っているというのは、知る人ぞ知る話。もしかしたら、ネロ王子は側妃の命令でシエロ王子になにかを仕掛けるつもりで……?
「そう。例えば……国家転覆を企む貴族の視察に、わたし達二人で任命されるくらいには」
「っ!?」
考えていたことが、ネロ王子の口にした言葉で一気に吹っ飛ぶ。
クラウディオ殿下の工作がバレていたということかっ!?
国王の命令か? いや、この国の国王は政を蔑ろにし、正妃に任せている筈。ということは、正妃の命令で動いて……?
「さあ、関係者の名前をキリキリ吐いてください。そうじゃないと、血の気の多い人達が暴走してしまいそうなんですよ。わくわく顔で刃物に手を伸ばす人がいて大変なんですから」
「!」
にこりと続けられたネロ王子の言葉に……その、どこか妖艶さを感じさせる美貌も相まって、チャキっと護衛がわざと鳴らした剣帯の音と共に、背筋がざわりと粟立った。
「駄目ですよ。まだまだ聞きたいお話が沢山あるんですから」
「そうそう、犯罪の証拠とかな」
ニヤリと、それまで儚げに見えていた顔とは一変。悪戯を思い付いたような顔で笑うシエロ王子。ああ、この王子は先程のように自身を卑下する態度ではなく、こっちの方が素なのかもしれない。
「あ、そう言えば……先程、脱兎の勢いで逃げ出した犯罪者についても、国境警備隊の方に似顔絵を回して確りと手配済みなので安心してくださいね?」
「おー、さっすがネロ。仕事が早いぜ」
「こ、国境警備隊ですってっ!? あ、あなたっ!? ご自分が一体なにをしたのか判っているのですかっ!?」
「ええ。近隣諸国にも、『この顔にピンと来たら警邏へ通報を!』との文言と共に、犯罪者達の似顔絵を配って回るつもりですので。彼らが他国へ逃亡していても、直に捕まることでしょう」
「き、近隣諸国にまで……っ!?」
我が国の王太子が、近隣諸国に人身売買の容疑者、もしくは性犯罪だと大々的に手配されるっ!?
「こ、こんなことをして、ただで済むと思っているのですかっ!?」
「? なにがですか?」
きょとんと、なにも判っていなさそうに小首を傾げるネロ王子に湧き上がる苛立ち。
「か、彼の顔は……り、隣国の王族と似ているのです。隣国の王族を犯罪者扱いして指名手配をするなど、国際問題になりますよ。この国の王子殿下とは言え、まだ子供であるあなたに責任が取れるのですか?」
どうにか冷静さを取り戻し、事情をぼかして伝える。
「ああ、それなら尚更よかったのでは?」
「だよなー」
にこりと返すネロ王子に、うんうんと頷くシエロ王子。
「どこがですかっ!?」
「だって、王族と似た容姿を利用して、犯罪を犯している者がいるということでしょう? ならば、その犯罪者をさっさと捕まえた方が、隣国の為になると思うのですが。違いますか?」
わたしの言葉に、にこやかに……理路整然とした反論。
確かに。王族と似た容姿を利用して犯罪を犯している者がいた場合、即座に引っ捕らえらえるべきだろう。それは間違っていない。ただ、それが王族を騙っている者ではなく、本物の王族……それも、王太子が指名手配されていない場合のことだ。
ああもう、わたしは一体どうすればいいんだっ!?
こんな状況、考えたことすら無い! あってはならない事態だ!
クラウディオ殿下が犯罪者として手配され、しかも一地域だけでなく、国際的にも手配されるなど・・・とんでもない事態だっ!! こうも大きく、クラウディオ殿下の恥を晒すことになるとは! 我が国の汚点だ!
こんなことなら、クラウディオ殿下がこの国に手出ししようとしているときに、もっと強硬に反対すべきだった。
そうすればわたしは、クラウディオ殿下の側近を降ろされていただろうが……隣国でクラウディオ殿下に性犯罪者との濡れ衣を着せられ、更には足留めの為の囮として切り捨てられ、囚われることも無かっただろう。
こんな風に、汚名を着せられて捨てられるくらいなら、自分からさっさとクラウディオ殿下を見限っていればよかった。それはそれで宮廷に居づらくなっていただろうが、こんなことになるより大分マシだ。
深く、深く後悔する。
このままわたしは、あの恥晒しのクソ野郎のせいで性犯罪との汚名を着せられ、下手をしたら間諜として、裁判も待たずに殺されてしまう……
クラウディオ殿下が、真実を話すとも思えない。同行していた者達も、口を噤むことだろう。
更には、家から除籍だけでなく、国から戸籍も抹消され、わたしという個人がいたことすら無かったことにされる可能性がある。
そんな最悪な未来が待っているのかもしれない。
家族に、性犯罪として捕まったと思われるなど……末代までの汚辱でしかない。我が家へ、大変な迷惑を掛けることになる。
「ああ、そうです。一つ質問を宜しいでしょうか?」
絶望に沈んでいると、ネロ王子がわたしへ聞いた。
「あなたは、性犯罪者なのでしょうか?」
「ち、違いますっ!! わたしは、そのような卑劣な罪を犯したことなど一切ありませんっ! その、信じて頂けないかもしれませんが……わたしは、違うのです」
「そうですか。では、その性犯罪者だという汚名を雪ぎたくはありませんか?」
神秘的な紫紺の瞳が、じっとわたしを見据える。
「そ、それはっ……」
「あなたが身に覚えの無い罪を着せられると、ご家族の方もつらい思いをされるのではありませんか?」
「っ……」
「身内から犯罪者が出ると、大変な思いをすることになりますよ」
優しげな声が、心配するように言う。
「ご家族にそんなつらい思いをさせない為にも。あなたに掛けられた性犯罪者だという汚名を、わたし達と一緒に雪ぎませんか? そして、自国に居づらいのなら、亡命という手段もありますよ」
「亡、命……」
真摯に。わたしを唆すような・・・
「ええ。あなたが証言をしてくれるのであれば、ご家族や大事な方も我が国へ呼んで、皆さんご一緒に亡命することも検討……いえ、わたしが確約しますよ」
悪魔の囁きのように魅力的な誘いに・・・
「では、まずはあなたのお名前から教えて頂けますか?」
わたし、は――――
「そうしないと、あなたご自身も。そしてあなたのご家族も、助けることはできませんからね。さあ、あなたのお名前は?」
「……わた、しの名、前は……」
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