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ヴァンパイア編。

137.あの、薔薇は……どこ、から?

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「・・・ん、ぅ・・・」

 頭、が・・・

 額が、疼くような気がした。

 重い瞼を開く。

「はぁ・・・」

 喉が、渇いた。

 血が、欲しい。けど、飲みたくない。

 お腹が空いたような、でも気分が悪くて、なにも食べられそうにない状態。

 多分、今血を飲むと吐く。

 気持ち悪い。

 でも、喉が渇く。

 血が欲しくて、けれど身体が受け付けない。

 頭痛を起こした後、偶にこうなる。

 こういうときは、養母かあさんやシーフから精気をたっぷりと分けて貰って・・・

「っ・・・」

 ドクドクと額が疼く。

 痛いのかも、よくわからない。

 とろりとした眠気が、疼く額の感覚を遠ざける。また、意識が落ちそうになる。

 すごく、眠い。

「アルちゃん? 起きたの? 開けるよ?」

 誰かの声がして、シャッとカーテンが開くと、ふわりと花の匂いが漂って来た。

「?」

 この香りは・・・? 

 薔薇、だろうか?

 白衣の男が覗き込む。背が高い。銀髪。眼鏡。琥珀の瞳。そして、よく知っている狼に、少し近い匂い。

「アルちゃん? わかる?」

 誰、だっけ?

 ああ、でも・・・

 喉が、渇く。

 わたし、は・・・

 重く、ゆるりと落ちそうになる瞼。

 けれど、花瓶に飾られたとある・・・白い物体・・・・が視界に入った瞬間、『愛しい僕の白薔薇ロゼット』という蕩けるようなテノールが脳裏に響いた気がして、

「っ!?!?」

 一気に目が覚めた。

「(い~~や~~~っ!? に、兄さんがっ!? 兄さんめてレオっ!!!! 養父とうさん養母かあさんヘルプっ!?!?!? リリっ、この際シーフでもいいっ!? っていうか姉さん助けてっ!!!)」

 そして思わず、知っているような匂いに強くぎゅっとしがみ付いた。

※※※※※※※※※※※※※※※

 寝ている筈のアルちゃんの呼吸が変わった気がしてカーテンを開けると、閉じた瞳がとろんと眠そうにゆっくりと瞬いた。

 蒼白な顔がぼんやりと俺を見ると、また眠そうに、その赤い燐光を帯びた瞳がゆっくりと閉じかけた。次の瞬間、アルちゃんの表情が驚愕に変わり、その口から、物凄いが飛び出した。

「っ!?」

 思わず耳を塞ぐと、

「っっっっ!!!!!!」

 凄く高いでなにかを喚きながら、アルちゃんがぎゅっと力一杯俺にしがみ付いて来た。腹に、その蒼白な顔がうずめられる。

「ぅぐ・・・」

 女の子に抱き付かれるのは嬉しいけど、この音は物凄く耳にクる。キツい。そして、軽くベアハッグがきまっている。地味に苦しい。

「アルちゃん? どうしたの? 落ち着いて?」

 見たことが無い程混乱している様子のアルちゃん。なんだか必死さを感じさせるようにして強くしがみ付いて来る背中を、宥めるように撫でる。と、

「何事っ!?」

 慌てたようなハスキーで、アマラが現れた。

 本当に寝起きだったようで、珍しくすっぴん。そして、シャツとパンツ姿に、長い巻き毛を左側で纏め、緩い三編みにして肩から垂らしている。
 船の補修で大工仕事をしているとき以外では、滅多に見ることのない、アマラの男装・・姿だ。

「わからない! けど、凄く混乱して、パニックを起こしているみたいだ!」
「・・・まあ、そうみたいね。ジン。アンタ、ちょっと耳塞いでなさい」
「え?」

 すぅ、と大きく息を吸い込むアマラ。なんだか、とても嫌な既視きし感に慌てて耳を塞ぐと、

「!!!」

 アマラがなにかを言った・・・。なんというかこう・・・相変わらず耳にクるだ。

 ビクリ、と身体を震わせたアルちゃんが、そっと顔を上げた。揺れる翡翠の瞳が、

「? あれ? レオじゃ、ない・・・」

 俺を見上げて小さく呟いた。どうやら、レオンハルトのつもりで俺に抱き付いていたようだ。

「……道理で、レオにしてはなんか細いと……」

 女の子に抱き付かれて、細いとかいう感想は初めて言われた。まあ、確かに、身長が二メートル近い上にガチで武闘派なレオンハルトに比べると、俺の方が少し細いかもしれないが・・・

 いや、今はそんなことどうでもいい。

「少しは落ち着いたようね? アル」
「・・・誰?」

 アマラを見て、きょとんと首を傾げるアルちゃん。まあ、いつもの女装姿を見慣れていると、この男装・・姿では誰なのかわからないのかもしれない。

「っ、アタシよ!」

 ぷいと不機嫌な顔でそっぽを向くアマラ。けれど、やはり心配なのかアルちゃんを伺っている。

「え~と、大丈夫? アルちゃん」

 どこか放心したような蒼白な顔を覗き込むと、

「! すみませっ・・・?」

 ハッとしたようにアルちゃんが俺から離れようとして、ふらりとその身体がかしいだ。

「おっと! 急に起きたから貧血起こしたのかな? 大丈夫だから、もたれていいよ」

 長いプラチナブロンドの流れる背中に手を添えて、体温の低い身体を支えてゆっくりと寝かせる。

「っ・・・すみま、せん・・・」
「いいよ。謝らなくて。まだ寝ていた方がいいみたいだね。少し目を閉じようか?」
「そうね。事情は後で聞かせてもらうから、今はまだ寝てなさい」
「あの、薔薇は……どこ、から?」

 落ちそうな瞼で、眠そうな声が聞いた。

「ああ、バカ馬がアンタの見舞いだって毎日毎日持って来ンのよ」
「バカ、馬・・・?」

 アマラが答えると、小さな声がふっと寝息に変わった。どうやら、また眠ったようだ。

「・・・寝たようね」

 アルちゃんに毛布を掛け、カーテンを閉める。

「・・・ねえ、アマラ。アルちゃんはなんて言ってたの? 酷く混乱していたようだけど」

 あれは、高周波を使った言葉の筈。

「・・・家族を、呼んでいたわ。親とレオっての。あと、イフリートのガキと百合娘。そして、姉に助けを求めていたみたい」

 レオンハルト達や、シーフ君に鬼百合ちゃん、お姉さん。起きるなり、家族や親しいヒト達へ助けを求める程の混乱・・・か。

「・・・余程怖い目に遭ったのかな?」
「・・・あんなパニックを起こすようじゃ、なにがあったかなんて、聞けないかもしれないわね」

 すっぴんでも相変わらずの美貌が、苦そうな表情にしかめられる。

「なんにしても、一応アルが目を覚ましたことに変わりはないわ。ひとまず安心と言ったところね」
「そう、だね・・・」

※※※※※※※※※※※※※※※

「・・・リリアナイトの船が、無い?」

 あれから四十八時間以上が経ち、海流で流された地点から、直ぐ様一人で飛び立ち、パーティー会場地点の海域上空まで移動したのですが・・・

 リリアナイトの船が、影も形も見当たりません。念の為、周辺海域や最寄りの港まで探したのですが、リリアナイトの船が全く見付かりません。

 と、なると・・・考えられることは一つ。おそらく、リリアナイトが自らの手で船を沈没させたのでしょう。

 あの真祖を道連れにして、ということでしょうか?

 ・・・リリアナイト。ハッキリ言って僕は、あなたのことが非常に気に食わないです。しかし、ロゼットが、あなたのことを・・・とても、可愛がっているのです。それはそれは、嫉妬を覚える程にっ・・・

 なので、あなたが亡くなってしまうと、きっとロゼットが悲しむと思うのです。
 僕は、ロゼットの悲しむ顔は見たくありません。ですので仕方なく、あなたが無事でいることを祈ってあげます。

 なので、早く出て来なさい。リリアナイト。ロゼットの、為に・・・

 そして・・・

「肝心のロゼットまでも行方不明、ですか・・・」

 真祖の君は、基本的にはハーフには無関心とされていた筈、なのですが・・・

 何故か真祖の君は、あの子の名前にやたらと反応していましたからね。

 対外的には、アルと名乗っているあの子の本名・・・アレクシア・ロゼット。

 アレクというのは、父上や椿、リリアナイトがあの子を呼ぶときの愛称です。

 アークと、アレク・・・

 確かに、名前の響きは似ていますが、の真祖の君のアークと、ロゼットは明らかな別人。

 ですが、あの真祖の君の尋常ではない様子は・・・非常に、ロゼットのことが心配になります。

 一刻も早く、ロゼットを探し出して保護しなくては。この腕の中に、僕のロゼットを・・・

「無事に逃げられているといいのですが・・・」

 一旦、アダマスの本邸に戻りましょう。

 それから、急いでロゼットの捜索の手配を整えて・・・ああ、時間が惜しいですね。

 痛い思いや怪我、怖い思い、つらい思いなど、していなければいいのですが・・・

 とても苛立たしく、ジリジリと押し寄せる焼けるような焦燥感。か弱い貴女のことが心配で心配で、胸が引き裂かれそうです。

「待っていてください、ロゼット・・・直ぐに、迎えに行きますからね」

 そして、もう二度とこんな思いをしないよう、貴女を僕の腕の中に閉じめてしまいましょう。

 愛しい愛しい僕の白薔薇ロゼットを。
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