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ヴァンパイア編。

134.どうか、無事でいてくれ。アレク・・・

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「っ!?!?」

 ドクン! と、強い脈動。

 強烈な不快感と、いやな予感とで目を覚ます。

 バクバクと暴れる心臓。

「……くっ!?」

 痛む喉から出たのは、耳障りな掠れた音。

「っ、ハッ……ぁ、レクっ…」

 あの子に付けていたしるしが、消えたようだ。

 あの徴は、あの子の命の危機と・・・そして、あのクソ爺と接触したときに発動し、攻撃を食らわせる為に仕込んだモノ。

 その徴が消えたということは・・・

「ィ、リヤぁっ・・・!」

 まだ、足りなかった。あのクソ爺を殺すには、あれではまだ及ばなかった。

「・・・次こそ、殺してやる・・・」

 たぎる憎悪と殺意。

 身を起こそうとして、身体が思う通りに動かないことに気が付く。

 身体が、とても重くて酷く反応が鈍い。

 そして、片腕が無かった。片足も・・・

 どうやら麻痺もあるようだ。

 あのとき・・・

 相討ち覚悟で放った雷の、代償。

 衝撃で手足が吹っ飛んだらしい。身体も焼けたようだ。火傷は通常の傷に比べると、再生に時間がかかる。

「チッ・・・」

 これでは満足に動けん。

 あのときには、奴を殺せるなら死んでも構わないと思っていたが・・・

 奴を殺せていないなら、無駄な損傷だ。

 一刻も、一秒でも早く治さなくては。

 奴と、戦えるように・・・

 とりあえず、アレクの所在確認が先決だ。

「また、アレクがイリヤに・・・っ!」

 エレイスの狼を動員して、アレクを探させる。

 そして、アレクを連れ戻す。

 無事に連れ戻すことができたら・・・

 アレクには悪いが、もう・・・

 お前を手放してやることは、できそうにない。

 俺は、お前の自由を奪う。

 お前に嫌われようが、構わない。

 恨まれて、憎まれてもいい。

 俺には、お前が生きていることの方が重要だ。

 お前を、喪いたくはない。

 あんな思いは、もうっ・・・

 だからお前を、俺の手元に置く。

 籠の中に、閉じめると決めた。

 イリヤを、殺す日が来るまで。

 その日が来たら、お前の好きにさせてやる。

 どこにでも、好きな場所へ行っていい。

 だから・・・

「どうか、無事でいてくれ。アレク・・・」

※※※※※※※※※※※※※※※

 ドッスンバッタン! と、五月蝿うるさい音と暴れる気配が甲板から響いて来る中。

「アルの様子は?」

 医務室へ入って来たアマラが聞いた。

「トールの言ってた通り、右肩と右腕以外に外傷は見られない。炎症を起こして腫れて来ている。けど、意識は無いままだ。ちなみに、右腕の痣は明らかな手形をしている。手形は小さいから、女か子供のものだと思う」

 女や子供とは言っても、見た目通りの年齢のモノだとは限らない。アルちゃんの骨にヒビを入れられる程の握力を持っていることだし・・・

「多分、肩の脱臼は、この痣を付けた誰かに強く腕を引かれたから・・・なんだと思う」
「そう・・・」

 どこか渋い顔のアマラ。

「それで、なにか事情は聞けた?」

 呆れたように首を振る美貌。

「駄目ね。あのバカは、男相手にまともな会話をするつもりが無いわ。ヒューとミクリヤが二人掛かりで、力付くで聞き出すと言ってるけど・・・」
「ああ、それでこの騒音」
「トールが二人の攻撃を避け捲っていて、全然当てることができてない。バカいわく、せめてアル並みのスピードを出せ。だそうよ?」
「・・・アルちゃん並みのスピード・・・」

 以前に、アルちゃんが執拗にトールの首を狙っていたときには、呆れて見ていたけど・・・

 実際に自分達がトールを追う番になると、奴のスピードに付いて行くのは非常に厳しい。

 なにせ奴は、俺達の中で一番素早いミクリヤよりも速い、アルちゃんよりも、更に速く動けるのだから。そして、心底腹立たしく感じることだろう。奴の、あの巫山戯ふざけた態度は・・・

 スタミナ切れを狙おうにも、奴は一日何百キロと走破することを毎日続けられるような奴だ。スタミナも、かなり半端ない。

 おそらく、先に音を上げるのはヒューとミクリヤの二人になるだろう。

 というか、事情なんて聞くまでもなく・・・

「純血のヴァンパイア達との確執・・・」
「やっぱり、アンタもそう思う?」
「むしろ、それ以外考えられないよ。アルちゃんがかなり血の匂いをさせているからね。それも、純血のヴァンパイアの匂いを・・・不思議なのは、それが、前に嗅いだことのある匂いだってことだ」
「前に嗅いだことがある匂い? ・・・ジン。アンタ、純血に知り合いでもいるの?」
「いや、そうじゃなくて、前にアルちゃんが頭痛を起こしたとき、アルちゃんとクラウド君の血の匂いの他に、もう一つ別の血の匂いがしたって言っただろう? あの匂いと、凄く近い匂いが・・・複数。あと、クラウド君の血の匂いもするし、アマラと近い匂いもする」
「・・・アタシに近い匂いってのは、百合娘の匂いでしょうね。一体、なにがあったってのよ・・・」

 アイスブルーの瞳が、ベッドへ寝かせたアルちゃんを心配そうに見下ろす。

「あの・・・淫魔の血を飲んだってことは、頭痛を起こしたってこと?」

 苦い顔で俺を見るアマラ。あのとき、一番にアルちゃんの下へ駆け付け、クラウド君の血を飲ませてアルちゃんを落ち着かせたのは、アマラだ。

 俺が診たのは、その後。

 アマラは、あの絶叫を上げたアルちゃんを直に見ている。心配になるのは当然だろう。

 この人魚は女を怖がっていて、男も嫌いだと公言しているクセに、存外面倒見がいい。

「わからない。それも含めて、トールにアルちゃんのことを聞きたいんだけど・・・」

 甲板の方は、まだドタドタと騒がしい。

「難しそうね」

 溜息混じりのハスキー。

「あの淫魔の血を飲んだのなら、数日は目を覚まさない筈だから・・・」

 事情を聞くことは実質的に無理、か・・・

※※※※※※※※※※※※※※※

 朝。なんだかドタバタと騒がしい気配に目を覚まして、甲板に出ると・・・

「なにしてるの? ヒュー、ミクリヤさん」

 ヒューとミクリヤさんの二人が、ゼェゼェと息を切らせて甲板に倒れていた。

「ハッ、ハッ・・・カイル、か・・・」
「…っ、ああクソっ・・・あんの、バカ馬っ、一体どういうスタミナしてやがんだっ!?」
「は? なに?」

 ゼェゼェと苦しげな呼吸を調え、ふらりと立ち上がった二人は、医務室の方へと向かう。

「??」

 よくわからないまま、二人の後に付いて行くと、医務室のドアの前に見知らぬ男が座っていた。

「誰?」

 肩まである長めの紫がかった黒髪に暗い赤色の瞳、褐色の肌のジプシー系の人種タイプの男。が、

「んあ? ・・・どっちだ?」

 僕を見てぼそりと呟いた。

「は?」

 と、首を傾げ・・・その、なにかを見極めようとする暗い赤の視線が、なにを見極めようとしているのかに思い至り、頭にキた。

「僕は男だっ!?」

 思わず叫んだ瞬間、

「っ!? なんてこったっ!? この船には、美女モドキと美少女モドキがっ・・・クソっ、その顔で女じゃねぇだなんてっ、なんて勿体無いっ!!!」

 男が絶望したように叫び返した。

「っっ、誰が美少女モドキだっ!? アンタ、バっカじゃないのっ!!!」
「・・・俺は男は嫌いなんだよっ!!!」
「こんの、バカ馬がっ!!! いい加減にしやがれっ、手前ぇっ!!!」
「煩ぇっ!? 男が気安く俺に話し掛けてンじゃねぇっ!! 何度も言わせンなっ、このバカ共が!」

 酷く馬鹿らしい理不尽なことを言うバカ男。

「アルに、なにがあった」

 低い声。ギラギラとした猫の瞳が、床に座った男を見下ろす。ビリビリとした緊張感。

「アル? 帰ってるの?」

 男がいるのは、医務室の前だ。

「もしかして、なにか・・・あったの?」

 不安になって、ヒューに聞く。

「・・・ああ。怪我をして、帰って来た。ソイツに、連れられて」

 不機嫌に顎で男を指すヒュー。

「はあっ!? なにそれっ! 大丈夫なのっ!? っていうか、なにがあったのさっ!?」
「それを、コイツに訊こうとしてンだ」

 緑みを帯び、細くなった瞳孔の瞳がギロリと強く男を睨み付ける。

 しかしソイツは、

「ったく、しつこい野郎共だな? 俺は男とは話さねぇって言ってるじゃないか。いい加減にしろよな? 手前ぇら頭悪過ぎだろ」

 やれやれと呆れたような顔で言った。

「殺すっ・・・」

 低いアルトの声と、ブチッ! と、なにかが切れるような音がした気がした。

 そして僕は、朝っぱらから甲板がやけに騒がしかった理由を知った。
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