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ヴァンパイア編。

125.誰と問うなど、愚問に尽きる。

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 蒼白なお顔で額を強く押さえるアレク様。

「アレク様?」

 お声を掛けるのですが、アレク様は小さく震えていて、様子がおかしいのです。

 これは一体、どういうことなのでしょう?

 頭が痛むのかをお聞きしても、アレク様はゆるく首を振るだけで・・・リリには、わかりません。

 どうすれば、よろしいのでしょうか?

 アレク様が酷い頭痛持ちなのだと聞いたことはあるのですが、どうすれば良いのかを、リリは知りません。そのことについてはアレク様を含め、知っている方は皆様、口を閉ざしてリリには語ってはくださいません。

「・・・」

 頼るのは非常にしゃくですが、緊急事態です。フェンネル様をお呼びして、お聞きすることにします。
 フェンネル様はアレク様のお兄様であらせられますから、おそらく知っていることでしょう。
 わたくしのつまらない意地などより、アレク様の方が大事に決まっています。

 けれど、今頃はフェンネル様が純血の方々を粛清されているでしょうから・・・おそらくあの会場は、血の海。

 そんな場所へ、様子のおかしいアレク様をお連れするワケには参りません。

「・・・アレク様、しばしお待ちを」
「・・・リ、リ?」

 このような状態のアレク様をお一人にすることは、非常に躊躇ためらわれますが、致し方ありません。

「すぐに戻ります。待っていてください」

 アレク様をそっとソファーへと着かせ、フェンネル様の元へ移動します。

 そして・・・

※※※※※※※※※※※※※※※

 アイマスクを外し、眼鏡に変えます。

 アイマスク自体に度入りのレンズを填め込んでいるので視界に問題は無いのですが、もうアイマスクを付けている意味もありませんからね。

 全身を串刺しにして、内側から体内を破壊して行っているというのに、未だ止まぬ僕への怨嗟えんさと苦痛のうめき。

 本当に、無駄に頑丈な連中だ。

 まあ、その分苦痛が長引くと思えば、椿とロゼット…ついでにフェイドを侮辱したことへの溜飲は下がるような気はしますが・・・

 退屈ですね。

 醜悪に呻く醜い連中を眺めるような趣味は、僕には無いのですけれど・・・

 そう思っていたら、仮面舞踏会マスカレイド会場の閉じた入り口がバタン! と開き、

「ああ・・・気に食わない、匂いがする」

 低温の、声がしたのです。

「どなたでしょうか?」

 この会場には、呼んだ覚えの無い人物。

 艶やかな黒髪に、金色の瞳の・・・

「誰? そんなの、どうでもいいんだよ。僕は今、気分がいいんだからさ」

 どこか高貴さを感じさせる白皙はくせきおもての、小柄な少年の姿をしたモノが言った。

「それにしても、五月蝿うるさいな? 折角せっかくの気分が台無しになる。目障りだ。死ね」

 無感動な口調と、冷たい金眼の、虫螻むしけらを見やるような一瞥。それだけで、ぐちゃりっ! と、串刺しにされていた純血のヴァンパイア達がトマトのように呆気なく潰れ、一斉に肉塊へと変わり果てた。

「っ!?」

 僕の、操血そうけつが…上書きされた・・・

「消えろ。灰も残さず」

 酷薄な低い声が呟くと、ごう! と一瞬、灼熱の閃光がほとばしる。そして、灰さえも残らず、全ての死体が消滅した。床を濡らす血液も、その全てが一気に蒸発した。

 こんなことが、できる方など・・・

 いえ、一目見たときから、その気配を感じたときから、この身に流れる血が、判っていた。

 誰と問うなど、愚問に尽きる。

 ・・・は、狂った真祖としてまれ、おそれられる・・・

 我がアダマスの、始祖にして子殺しの真祖。父上はこの方を、仕留め切れなかったのですね・・・

「ああ、これで静かになった」

 ゆるりと仄かに笑む薄い唇。

「聞きたいことがあるんだ。答え次第では、見逃してやってもいいよ?僕は今、気分がいいからね」

 僕を捉える、縦長の金の瞳孔。

「アークはどこにいるの?」

 アーク?

「君から、するんだよね。アークの匂いが、仄かに。なんでかな? 君、アークと逢ったの?」

 アーク・・・無論、アークという人物はこの仮面舞踏会マスカレイドには招待していません。

 そしてなにより、その名前は、の狂った真祖を呼び寄せてしまう名前とされ、その血統のモノ達の間では、タブー視されている名前。

 の真祖の求めてやまぬ方の名。

「ねえ、アークを出してよ。アークに逢いたいんだ。僕はアークに逢いに来たんだ。早くアークを出してよ。早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く、アークを出してよ」

 父上いわく、子殺しの始祖ことイリヤ様は、常に錯乱状態…というか、とち狂っているのが常態らしいので、会話が成立しないそうです。

 そして、運悪くこの方と出遇ってしまったのなら、かく即行で全力の攻撃をぶちかまして、全速力で退避するのが正解だそうです。

 運が良ければ命が助かるらしいのですが・・・

「ねえ、どこにいるの? もしかして君、アークを隠したの? 僕がアークに逢うのを邪魔するの?」

 そして確かに、会話は成立しませんね。

 さて、僕の全力は・・・果たして、この方へ通じるのでしょうか?

 そう、思っていたときでした。

「フェンネル様っ、アレク様がっ!?」

 とても慌てた様子のリリアナイトが、パッと会場へと現れたのです。

アレク・・・?」

 低い少年の呟き。そして、金眼がリリアナイトの方へと向いた。

「っ!? まだ残って」
「リリアナイトっ!?」

 黒髪金眼の真祖が、一足飛びにリリアナイトの目の前へと移動。そして、リリアナイトを見上げた。

「っ!?」
アーク・・・じゃなくて、アレク・・・? そのアレク・・・って、誰のこと? 答えてよ」

 赤みを帯びる金色の瞳。どうやら、リリアナイトを支配する気のようです。

「リリアナイトっ!? 目を逸らしなさい!」
「……っ!?」

 ハッとしたように真祖の視線から顔を背けるリリアナイト。と、同時に真祖へと闇をまとわせてその視界を塞ぎ、リリアナイトの側へ走り、

「なっ、フェンネル様っ!?」

 彼女を抱き上げて大きく後ろへ退り、真祖から距離を取る。

「緊急事態です。我慢なさい。文句は後で」
「っ…感謝、致しますわ」

 どことなく不満げにリリアナイトが言うと、ボッ!と燃え上がる業火。

「っ!?」

 炎が怖いのか、リリアナイトが怯みます。
 そして、僕の闇が燃やされ、白い手が振るわれると、バッと強く風が渦巻いた。

「ああ、そういえば、いたんだった。折角いい気分なのに、邪魔するなよ。殺されたいの?」

 ゆるりと僕の方へと向けられる金眼。

「フェンネル様っ、お逃げくださいっ!?」

※※※※※※※※※※※※※※※

「リリアナイトっ!?」

 瞬間、僕は別の場所へいた。
 僕の使用人達が、きょろきょろと不安そうに辺りを見回しています。

「リリアナイトに、跳ばされましたか・・・」

 まずは状況把握の出来ていない使用人達を全て逃がして、それからリリアナイトのいるパーティー会場へと戻り・・・いえ、それよりもロゼットを避難させる方が先ですか。

「子殺しの始祖が現れました。なので、あなた達は今すぐ逃げなさい。これは命令です。異論、反論は一切許しません。さっさと行動しなさい」

 そう言うと、

「あの、フェンネル様。これが」

 おずおずと一人の使用人が僕へと差し出したのは、一枚の封筒でした。
それは、リリアナイトから僕宛の・・・

『フェンネル様へ。

 そちらは、いつものわたくしの船に比べると少々手狭でしょうが、フェンネル様がその使用人の方々とお逃げになるには十分な筈です。

 ちなみに、その船からは四十八時間はどなたも出られないようになっております。
 なので、呉々も、わたくしの船へ戻ろうなどとは、なさらないでくださいませ。

 これは、ローレル様からの厳命です。

 そして、そちらの船は既にとある海流に乗っているので操縦は不要ですわ。

 では、しばし洋上の旅をお楽しみくださいませ。

 PS.アレク様は死んでもお守り致しますので、フェンネル様はさっさとお逃げください。わたくしの邪魔をしないで頂けると、非常に助かります。

 リリアナイトより』

「っ、リリアナイトっ!?」

 手紙を、思わず握り潰してしまいました。

「あの、フェンネル様? どう致しましょうか?」

 僕を隔離。父上の厳命。ロゼット・・・

「・・・四十八時間後、この船を出ます」

__________

 今のイリヤは、ローレルとのバトルの後遺症でいつも以上に錯乱中です。
 そしてイリヤは、アルの名前を知りません。
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