上 下
117 / 179
ヴァンパイア編。

108.酒瓶を掴んだ白い手を、ぴたぴたと叩く肉球。

しおりを挟む
「よう、雪路ゆきじ。これやるよ」

 食堂に来たひゆうがぽんと自分ミクリヤに放ったのは、小さな酒のボトル。

「ひゆうが御厨ミクリヤに酒ー? 珍しいねー」

 ひゆうは酒が好きだ。毎日飲むことはないが、海賊襲撃の後や酒が大量に手に入った後には、一度に大量に飲む。そして、翌日はよく二日酔いでダウンしている。※一度に大量の酒を飲むと急性アルコール中毒で死ぬ危険があります!

 なんでも、酒があると飲みたくなるので自分用のストックはしないようにしているという。

 だから、翌日以降に酒があるのが珍しい。しかも、それを自分ミクリヤに持って来るなど、初めてだ。

「製菓用? に使う酒だそうだ」
「製菓用? 成る程ねー」

 リキュールのたぐいのようだ。
 製菓用の酒は、香り付けを主としている為、あまり味に期待はできなかったりする。
 少し飲んでみて、ひゆうにはあまり美味しくなかったのかもしれない。ちょっと減ってるし。

「どれどれ?」

 リキュールの蓋を軽く開けると、それだけで、とてもいい匂いがした。

 ふわふわとして、とても、いい気持ちになるような、匂い、が・・・

 舐めたい衝動に駆られ、一口。

 口の中いっぱいに広がるふわふわした心地よさ。

 もう一口飲むと、ふわふわぽかぽかと、幸せな気分が身体中に広がって・・・

「にゃ~ん」

※※※※※※※※※※※※※※※

「お、おい、雪路?」

 酒を舐めた途端、とろんとした表情で顔を赤くした雪路が、鳴いた。そして・・・

「ぅな~」

 黒と茶色のまだらに白が入る三色毛並み。そして、二股に分かれた尻尾の先がちょこんと白い三毛猫が瓶へすりすりと頬擦ほおずりしている。

 猫になって酒瓶に懐いてるっ!?

「どうした雪路っ!?」
「な~ん」

 ゴロゴロと喉を鳴らし、至福の表情の猫。

「もしかしてお前、酔ってンのか?」

 いや、あの酒は一口、二口で酔う程の強い酒じゃなかった筈だ。俺も味見したが、なんともなかったぞ? そして雪路は、あまり酒に強くはないが、あの程度でぐでんぐでんになる程弱くもない筈だ。一体、なにがどうした!?

 と、とりあえず、こういうときはジンだっ!?

 酒瓶を抱えた三毛猫の首をひっ掴み、ジンのところへ行こうとした。ら、

「やっほー、雪君」

 アルが来た。そして、パチパチと瞬く翡翠。

「・・・なにしてんの?」

 酒瓶を抱えた三毛猫を掴む俺。どう見ても、明らかに変だ。それは判っている。

「いや、これは・・・」
「ぅに~、ア~ル~? お前も飲むか~?」

 間延びした上機嫌なアルトが言った。

「・・・もしかして、酔ってんの? 雪君」
「にゃははっ、ふわふわしていい気分だぜ~♪」
「ヒュー? 雪君、そんなに飲んだの? こないだ、自分でそんなに飲まないって言ってたのに」

 三毛猫を見下ろし、首をひねるアル。

「いや、雪路がこの製菓用の酒を一口飲んだら、いきなりこんな風になったんだ」
「製菓用の酒?」
「おう、雪路が持ってる瓶だ」

 首を掴まれてぶら下げられても、三毛猫はすりすりと抱えた酒瓶に懐いている。

「雪君、それちょっと貸して」
「ぅにゅ~? アルも飲め~。美味うまいぞ~♪」
「ありがと」

 酒瓶を掴んだ白い手を、ぴたぴたと叩く肉球。

「・・・キウイのリキュール?」
「は? キウイ?」
「キウイ~? にゃははー♪」
「ほいよ、雪君。返す」

 雪路へと瓶を返すアル。

「アルは飲まなゃい~?」
「オレは飲んでも酔わないからね。というか、キウイで酔うのは本当なんだな」

 しげしげと雪路を見詰めるアル。

「は? どういう意味だ? アル」
「猫が木天蓼マタタビで酔うのは知ってる?」
「マタタビ~? そんなの、どこにもにゃいぞ~」

 俺を見上げる翡翠に頷く。

「? ああ、それは有名だが・・・?」
「キウイフルーツはマタタビ科の植物だよ」
「へ?」
「つまり、猫にマタタビ酒状態なワケ。OK?」
「・・・マジかっ!?」
「実際に酔ってンじゃん。雪君」

 驚く俺を余所よそに冷静なアルト。

「いや、それは、そうだが・・・」
「ぅな~」

 ゴロゴロと、幸せそうに喉を鳴らす雪路。

「ミクリヤさーん、手伝いに来、た…っ!?!?」

 と、食堂に入って来たカイルが固まった。

「ひ、ヒュー? そ、その猫…」
「お、おう。雪路だ」
「か、可愛いっ!?」
「は?」
「み、ミクリヤさんっ!」
「ぅにゅ~? カイル~?」
「なでなでしてもいいっ?」

 手をわきわきさせて雪路に迫るカイル。

「ブラッシングしたいっ! 今すぐさせてっ! っていうかするからっ!?」

 ターコイズの瞳がギラギラと光り、雪路の毛並みを舐めるように凝視している。

「髪フェチモード…」

 ぼそりと呟くアルト。どことなく嫌そうだ。

「は? 髪フェチ?」
「ヒューっ!? ミクリヤさん貸してっ!?」

 と、バッと俺の手から雪路をかっさらうカイル。そしてテーブルに着くと、いつの間に取り出したのか、酒瓶に懐く雪路の毛並みをブラシでかし出した。

「はぁ~…柔らかい毛並み♥️」
「ぅなぁ~」

 とろんとした恍惚の表情のカイル・・・と、雪路。

「なっ、カイルまでどうしたっ!?」
「だから、髪フェチなんだってば。まさか、毛皮までイケるとは・・・いや、普通に猫好きか?」

 カイルを見て、アルが首を傾げる。

「あ、ああ。髪フェチは知らんが、カイルは猫も好きらしいぞ? 偶に港に来る猫に餌やってるからな」
「ふ~ん」

「ああ…ミクリヤさん、可愛いっ♥️」
「にゅ~? もっと、撫でろ~」
「はいっ、ミクリヤさん♪」

 ちびちびと酒を舐めながら瓶に懐く偉そうな猫と、至福の表情で猫を撫でる妖精。それを興味深そうにしげしげと眺める翡翠。

「なんなんだ? この、ワケのわからん状況は」
「ん? キウイのリキュールのせいでしょ」
「・・・俺のせい、か…?」
「ヒューがあれあげたの?」
「製菓用って、書いてあったからな・・・」

__________

 実際に、キウイで猫科の動物は酔っ払うそうですよ?ライオンとか…全部が酔うワケではなく、個体差があるようですが。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

悪妃の愛娘

りーさん
恋愛
 私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。  その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。  そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!  いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!  こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。  あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!

百合ゲーの悪女に転生したので破滅エンドを回避していたら、なぜかヒロインとのラブコメになっている。

白藍まこと
恋愛
 百合ゲー【Fleur de lis】  舞台は令嬢の集うヴェリテ女学院、そこは正しく男子禁制 乙女の花園。  まだ何者でもない主人公が、葛藤を抱く可憐なヒロイン達に寄り添っていく物語。  少女はかくあるべし、あたしの理想の世界がそこにはあった。  ただの一人を除いて。  ――楪柚稀(ゆずりは ゆずき)  彼女は、主人公とヒロインの間を切り裂くために登場する“悪女”だった。  あまりに登場回数が頻回で、セリフは辛辣そのもの。  最終的にはどのルートでも学院を追放されてしまうのだが、どうしても彼女だけは好きになれなかった。  そんなあたしが目を覚ますと、楪柚稀に転生していたのである。  うん、学院追放だけはマジで無理。  これは破滅エンドを回避しつつ、百合を見守るあたしの奮闘の物語……のはず。  ※他サイトでも掲載中です。

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

成長率マシマシスキルを選んだら無職判定されて追放されました。~スキルマニアに助けられましたが染まらないようにしたいと思います~

m-kawa
ファンタジー
第5回集英社Web小説大賞、奨励賞受賞。書籍化します。 書籍化に伴い、この作品はアルファポリスから削除予定となりますので、あしからずご承知おきください。 【第七部開始】 召喚魔法陣から逃げようとした主人公は、逃げ遅れたせいで召喚に遅刻してしまう。だが他のクラスメイトと違って任意のスキルを選べるようになっていた。しかし選んだ成長率マシマシスキルは自分の得意なものが現れないスキルだったのか、召喚先の国で無職判定をされて追い出されてしまう。 一方で微妙な職業が出てしまい、肩身の狭い思いをしていたヒロインも追い出される主人公の後を追って飛び出してしまった。 だがしかし、追い出された先は平民が住まう街などではなく、危険な魔物が住まう森の中だった! 突如始まったサバイバルに、成長率マシマシスキルは果たして役に立つのか! 魔物に襲われた主人公の運命やいかに! ※小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しています。 ※カクヨムにて先行公開中

侯爵令嬢は婚約者(仮)がお嫌い

ハシモト
恋愛
ある日、侯爵令嬢シルフィに婚約者(仮)があてがわれた。 仮婚約者の名はネヴィル。公爵家の次男にして跡継ぎの将来有望な美丈夫である。 しかし、シルフィはこの男、ネヴィルが大の苦手なのだ。 シルフィはこの婚約を取り下げるよう、公爵邸に交渉しに行くのだが…。 二人のすれ違い、じれじれなラブストーリー。

破滅する悪役五人兄弟の末っ子に転生した俺、無能と見下されるがゲームの知識で最強となり、悪役一家と幸せエンディングを目指します。

大田明
ファンタジー
『サークラルファンタズム』というゲームの、ダンカン・エルグレイヴというキャラクターに転生した主人公。 ダンカンは悪役で性格が悪く、さらに無能という人気が無いキャラクター。 主人公はそんなダンカンに転生するも、家族愛に溢れる兄弟たちのことが大好きであった。 マグヌス、アングス、ニール、イナ。破滅する運命にある兄弟たち。 しかし主人公はゲームの知識があるため、そんな彼らを救うことができると確信していた。 主人公は兄弟たちにゲーム中に辿り着けなかった最高の幸せを与えるため、奮闘することを決意する。 これは無能と呼ばれた悪役が最強となり、兄弟を幸せに導く物語だ。

処理中です...