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ヴァンパイア編。
55.なんかこう、最低だなコイツ・・・色々と。
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ヒューが絡んで来たせいで、アルちゃんを逃がした。折角、夜な夜などこでなにをしているのかを聞こうと思ったのに。
アルちゃんには迷惑そうな顔をされたけど、怪しい宗教団体の壊滅に関わっているなら、心配するのは当然のことだと思う。一応、この船では俺がアルちゃんの保護者を任されていることだし。
もしもアルちゃんになにかあったら・・・
クレアさんに殺られ・・・
考えるだに恐ろしい。
クレアさんとは、雪原の女帝や疵痕の狼などの異名を持つレオンハルトの母親で、スティングさんの奥さん。彼女は数々の伝説を残した人狼族最強の女と名高い人物でもある。その性格は苛烈とされ、人狼族の男を恐怖のドン底へ叩き落としたとか・・・
まあ、俺は実際に会ったことは無いけど・・・人狼族では知らないヒトがいない程有名で、スティングさん共々、エレイスという恐怖の代名詞だ。
ちなみに彼女は、俺の母親のイトコに当たる。
だから、レオンハルトとはハトコに当たる。親戚付き合いはあまりしておらず、顔見知りという程度だが・・・あの野郎、なにが『妹を預ける』だ。確りとアルちゃんを、自分のモノ扱いして、俺らを牽制して行きやがった。
それにしても、暫く見ない間に随分とデカくなって・・・益々スティングさんに似て来たな。
アルちゃんもアルちゃんでわかっているのか…あの子、自分が女の子だって自覚薄いしさ?
あれって、絶対あのヒト達のせいだ。
女の子は、女の子扱いされないと、自分が女の子だという自覚が薄くなるんだ。
と、まあ…それはそれとして。
さて、どうしようかな・・・?
今からでも、アルちゃんを追い掛ける、か?
匂いを追えば、追い付けるんだけど・・・
甲板でうろうろそわそわしていると、なにかが凄い勢いで船へと近付いて来た。なんだ?
香水と化粧の混じる…女の匂いと、酒の匂いが染み付いた…男?が、ものすごい速度で走って来た。
凄い。もう肉眼で見え…
「アルゥラはいるかーっ!?」
低い声が叫び、走る勢いそのままに高く、高く跳躍して船の甲板へ降り立った。
「え?」
「俺は男は嫌いだっ! 話したくもない! だが、仕方なく聞く! アルゥラはどこだっ!?」
「は?」
なにコイツ? 肩まである長めの黒髪、暗い赤の瞳、褐色の肌のジプシー系、酒と女の匂いが染み付いた男。いや、まあ・・・アルちゃんと夜中に一緒にいるところを、二回くらい見掛けたけど。
「なんの騒ぎだ? おい」
「なーんか煩いねー。どうしたのー?」
ヒューとミクリヤが出て来た。
「アルゥラはどこだっ!?」
「アルゥラ? アルのことか?」
「アル? アルゥラの本名か?」
男とヒューが互いに首を捻る。
「アル…いい名前だな。さすが魅惑的だぜ。って、そんなことは今どうでもいい。いや、やっぱりよくはないな? うん。折角わかったアルゥラの本名だからなっ! いや、とりあえずそれは後でアルゥラ本人に素敵な名前だなと伝えるとして!」
え~と? なにコイツ?
「なんだ? コイツ」
「いや、俺に聞かれてもね? ヒュー」
「バカなんじゃなーい?」
なにげにキツいミクリヤ。
「誰がバカだっ! 女に言われるなら兎も角、男に馬鹿にされると腹立つ! つか、そもそも俺は男が嫌いなんだ! 視界に入れたくもないっ!!」
胸を張って主張する男。
うん。ミクリヤの評価は正しい。
ミクリヤが言う通り、バカだ。この男。
「なら、帰れよ。うちには男しかいねぇからな」
「だ・か・らっ! アルゥラはどこなんだよっ? アルゥラの拠点がここなのは知ってんだっ!」
「つか、そもそも手前ぇはなんなんだ? いきなり他人ン家に土足で上がり込んで来て男が嫌いだとか抜かしやがってよ?」
飴色の瞳が緑みを帯びて剣呑に光る。
「あ? 俺か? 男に名乗る名は無い!」
「そうかよ? ンじゃ、叩き出されねぇうちに帰れ」
「と、言いたいが、仕方無い。名乗ってやる。俺はトール。水棲馬だ」
ケルピーというのは確か・・・湖やら川の淡水に棲む化け物馬のことだ。水を渡れず難儀している人間の前に現れ、人間がその背中に乗ると水中に引きずり込んで、肝臓だか心臓以外を食べると謂われている人食い馬。ときに若い人間の男の姿で女を誘惑するだとか…
女好き…なんだろうな、コイツ。
「で、そのケルピーがなーに?」
「だから、アルゥラだアルゥラ! アルゥラっ! いるなら出て来てくれっ!?」
男…トールが船内に向かって叫ぶ。
「アルなら帰ってねぇぞ?」
「…そうか…」
「つか、お前アルの知り合いか?」
「当然だ! アルゥラに、お付き合いを申し込まれた仲だぜ? しかも、熱烈にな」
「おい、どこの誰だ手前ぇ? アルちゃんに手ぇ出していいと思ってんのか? 消すぞこの軽薄男が」
アルちゃんの安全には俺の命が懸かっている。
「なははっ、それでいてアイツの名前も知らねーのかよ? ウケるー」
ミクリヤの言葉で、カッとなった頭が冷える。
「ふっ、愛さえ有ればそんなことどうでもいいのさ。なんたってアルゥラは、刃物振り回して殺してやるって情熱的且つ熱烈な愛情表現をして来るんだぜ? 目の色を変えてな? 俺を殺してまで独り占めがしたいという苛烈なその愛っ! 応えないなんて、男が廃るぜっ!」
「「「・・・」」」
それは、確実に愛とか好意じゃない。
おそらく、純然たる『殺意』だろう、それは。
俺達三人は、そう思った。
コイツの言葉を真に受けると馬鹿を見る。
「…ヒュー」
「なんだ? ジン」
「さっき、出掛ける前のアルちゃんの異様な殺気、この男に対する殺意だったみたい」
「成る程」
「最近のアルの苛々の原因はこのバカか。納得だ」
ひそひそと言い合う俺達。とりあえず、このバカ野郎は頭が残念な奴だという認識が一致した。
「で、どうするよ? あのバカ」
「どうって・・・どうする?」
「さあ? つか、アルがどうしたんだ? トール」
ミクリヤが振り返ってトールに聞いた。
「あ? ああ…少し、様子がおかしくてな」
「どんな風に?」
パチリと開く猫の瞳。
「いつものように、アルゥラが刃物を振り回して俺を追い掛けていたんだ。そしたら…」
いつものようにって・・・コイツ、最近のアルちゃんが追ってる獲物か? こんな奴を追うだなんて、こんな男と二人で会っている? とか聞いて、アルちゃんが荒んだ目をするワケだ。
アルちゃん。なんか、変な勘繰りをしてホントごめん。
「アルゥラが月を見上げて、足を止めた」
「で?」
「どこかぼんやりした様子で、いきなり額を押さえて苦しみ出したんだ」
トールの苦い声に、顔を見合わせる俺達。
前にミクリヤが言っていた・・・頭痛、か?
「そしたら、ガキが現れて、大きくなったらいいことをしようって約束がどうとか言って、アルゥラと消えたんだ! 許せないぜ! アルゥラといいことをするのは俺の方が先なのにっ!?!?」
「は?」
「あ? 下衆いなコイツ」
「まあ、意味はわからないけど、いいこと云々は置いといて。アルちゃんが消えたってこと?」
「なに言ってんだっ!? 今こうしている間にも、アルゥラがあのガキに…あれ? 美女だったか? いや、ガキ・・・兎に角っ、エロいことされているかと思うと・・・っ! 死ぬ程羨ましいっ!!!」
「下衆が」
「クズ野郎だな」
ミクリヤとヒューの冷たい視線。
・・・まあ、俺も同感だけど。
「え~と、様子のおかしいアルちゃんが、誰かに連れ去られたってことでいいのかな? よくはないけど」
「さっきっからそう言ってるだろ。手前ぇらちゃんと聞いてたのかよ? 全く、頭悪いな? やれやれだぜ・・・」
うっわ、ムカつく。
コイツに頭悪い呼ばわりされたくない。
と、そのとき。頭上から、声が降って来た。
「あれ? さっきの子がいるや。もう少し、効いてると思ったんだけどな? 俺の魅了」
見知らぬ声。なんというか、色気を多大に含んだ声とでも言うべきか…男にしては高めで、女にしては低めの…中性的な声がのんびりと言った。
瞬間、ぶわっとミクリヤから殺気が溢れ出す。
「手前ぇかっ、クラウドっ!!」
「やあ、久し振りだね? 名無しの猫君」
かっ開く猫の瞳が爛々と光り、空中を睨む。知り合い、にしては物騒な対応だ。
「ミクリヤ?」
「おい、雪路?」
「アルに、なにをしたっ!?!?」
ミクリヤが低く言う。
ふわりと、蝙蝠のような羽根を羽撃かせ、舞い降りたのは、シーフ君に少し似た…けれど、雰囲気の全く違う少年。その蜜色の腕の中には、意識の無いアルちゃんが抱かれている。
「ヤだな? そうコワい顔しなくてもいいじゃないか。少し寝かせただけだよ。するのは、今から」
クスリと笑みを含んだ艶やかな声が言う。
「意識の無いアルゥラに、どんなエロいことをするつもりだっ!?!? そんな羨まっ…じゃなくて、妬まし…でもなくっ、そんなけしからんことは、俺が絶対に許さないぞガキっ!!」
トールがビシッと彼を指差して言った。
なんかこう、最低だなコイツ・・・色々と。
「とりあえず、その物騒な物は下げてくれると嬉しいな? 名無しの猫君」
「自分は御厨雪路だ!」
大振りのアーミーナイフを両手に構え、いつでも動けるよう腰を落とした臨戦態勢のミクリヤ。
ミクリヤが、これだけ警戒する相手…ということか? あの、シーフ君に少し似た彼は。
「ヴァンパイア…か?」
「違う、コイツは」
ヒューの疑問を否定するミクリヤ。
「淫魔だ」
「なにっ!?!? 伝説のエロい種族じゃないかっ!!!」
「あははっ、ヤだな? 伝説って程じゃないよ。淫魔って、割と生息しているしさ?」
「アルゥラにエロいことをするつもりだなっ!? なんて羨ましいっ!! 俺と代われっ!!!」
・・・緊張感台無しだな。
「おい、黙れそこの下衆。解体すぞ手前ぇ」
ギラリと光る猫の瞳。
うん。ミクリヤがキレても仕方ないと思う。
「ふふっ、彼も面白いんだけど、話が全く進まなくなるねぇ? 仕方ないな♥️」
クスクスと笑う彼…の、輪郭があっという間に変わり、その場にいるのは、彼女になった。細身の身体と身長はほぼそのままに、柔らかく曲線を描く肢体、長く伸びた波打つ黒髪。同じ顔の筈なのに、女性になった途端、どこか艶やかさを増した表情。
「おにーさん、少し黙っててくれないかしら? あたしのお話が終わるまで。オ・ネ・ガ・イ♥️」
少し高くなった声が言い、金色の混じる紫の瞳が妖しくキラリと光る。と、
「任しとけっ!」
大きく頷くトール。
・・・なんだろう。この腹立たしさ。
「アルを、放せ」
仕切り直して、ミクリヤが低く言う。
「ふふっ、それはお断りするわ」
口調まで変わった彼。いや、彼女…と、言うべきか? が、妖しく微笑む。
「雪路、なにをそんなにピリピリしてンだ?」
「ああ、手前ぇらは知らねぇか。コイツはな、他人の精神を崩壊させンのが大得意で、何十人も廃人にしてンだよ。しかも、コイツのは触れるだけで発動するってぇヤバい代物でな。危険物だ」
吐き捨てるようなミクリヤの言葉に、ヒューの気配がぐっと引き締まった。俺も、彼女を警戒する。
アルちゃんには迷惑そうな顔をされたけど、怪しい宗教団体の壊滅に関わっているなら、心配するのは当然のことだと思う。一応、この船では俺がアルちゃんの保護者を任されていることだし。
もしもアルちゃんになにかあったら・・・
クレアさんに殺られ・・・
考えるだに恐ろしい。
クレアさんとは、雪原の女帝や疵痕の狼などの異名を持つレオンハルトの母親で、スティングさんの奥さん。彼女は数々の伝説を残した人狼族最強の女と名高い人物でもある。その性格は苛烈とされ、人狼族の男を恐怖のドン底へ叩き落としたとか・・・
まあ、俺は実際に会ったことは無いけど・・・人狼族では知らないヒトがいない程有名で、スティングさん共々、エレイスという恐怖の代名詞だ。
ちなみに彼女は、俺の母親のイトコに当たる。
だから、レオンハルトとはハトコに当たる。親戚付き合いはあまりしておらず、顔見知りという程度だが・・・あの野郎、なにが『妹を預ける』だ。確りとアルちゃんを、自分のモノ扱いして、俺らを牽制して行きやがった。
それにしても、暫く見ない間に随分とデカくなって・・・益々スティングさんに似て来たな。
アルちゃんもアルちゃんでわかっているのか…あの子、自分が女の子だって自覚薄いしさ?
あれって、絶対あのヒト達のせいだ。
女の子は、女の子扱いされないと、自分が女の子だという自覚が薄くなるんだ。
と、まあ…それはそれとして。
さて、どうしようかな・・・?
今からでも、アルちゃんを追い掛ける、か?
匂いを追えば、追い付けるんだけど・・・
甲板でうろうろそわそわしていると、なにかが凄い勢いで船へと近付いて来た。なんだ?
香水と化粧の混じる…女の匂いと、酒の匂いが染み付いた…男?が、ものすごい速度で走って来た。
凄い。もう肉眼で見え…
「アルゥラはいるかーっ!?」
低い声が叫び、走る勢いそのままに高く、高く跳躍して船の甲板へ降り立った。
「え?」
「俺は男は嫌いだっ! 話したくもない! だが、仕方なく聞く! アルゥラはどこだっ!?」
「は?」
なにコイツ? 肩まである長めの黒髪、暗い赤の瞳、褐色の肌のジプシー系、酒と女の匂いが染み付いた男。いや、まあ・・・アルちゃんと夜中に一緒にいるところを、二回くらい見掛けたけど。
「なんの騒ぎだ? おい」
「なーんか煩いねー。どうしたのー?」
ヒューとミクリヤが出て来た。
「アルゥラはどこだっ!?」
「アルゥラ? アルのことか?」
「アル? アルゥラの本名か?」
男とヒューが互いに首を捻る。
「アル…いい名前だな。さすが魅惑的だぜ。って、そんなことは今どうでもいい。いや、やっぱりよくはないな? うん。折角わかったアルゥラの本名だからなっ! いや、とりあえずそれは後でアルゥラ本人に素敵な名前だなと伝えるとして!」
え~と? なにコイツ?
「なんだ? コイツ」
「いや、俺に聞かれてもね? ヒュー」
「バカなんじゃなーい?」
なにげにキツいミクリヤ。
「誰がバカだっ! 女に言われるなら兎も角、男に馬鹿にされると腹立つ! つか、そもそも俺は男が嫌いなんだ! 視界に入れたくもないっ!!」
胸を張って主張する男。
うん。ミクリヤの評価は正しい。
ミクリヤが言う通り、バカだ。この男。
「なら、帰れよ。うちには男しかいねぇからな」
「だ・か・らっ! アルゥラはどこなんだよっ? アルゥラの拠点がここなのは知ってんだっ!」
「つか、そもそも手前ぇはなんなんだ? いきなり他人ン家に土足で上がり込んで来て男が嫌いだとか抜かしやがってよ?」
飴色の瞳が緑みを帯びて剣呑に光る。
「あ? 俺か? 男に名乗る名は無い!」
「そうかよ? ンじゃ、叩き出されねぇうちに帰れ」
「と、言いたいが、仕方無い。名乗ってやる。俺はトール。水棲馬だ」
ケルピーというのは確か・・・湖やら川の淡水に棲む化け物馬のことだ。水を渡れず難儀している人間の前に現れ、人間がその背中に乗ると水中に引きずり込んで、肝臓だか心臓以外を食べると謂われている人食い馬。ときに若い人間の男の姿で女を誘惑するだとか…
女好き…なんだろうな、コイツ。
「で、そのケルピーがなーに?」
「だから、アルゥラだアルゥラ! アルゥラっ! いるなら出て来てくれっ!?」
男…トールが船内に向かって叫ぶ。
「アルなら帰ってねぇぞ?」
「…そうか…」
「つか、お前アルの知り合いか?」
「当然だ! アルゥラに、お付き合いを申し込まれた仲だぜ? しかも、熱烈にな」
「おい、どこの誰だ手前ぇ? アルちゃんに手ぇ出していいと思ってんのか? 消すぞこの軽薄男が」
アルちゃんの安全には俺の命が懸かっている。
「なははっ、それでいてアイツの名前も知らねーのかよ? ウケるー」
ミクリヤの言葉で、カッとなった頭が冷える。
「ふっ、愛さえ有ればそんなことどうでもいいのさ。なんたってアルゥラは、刃物振り回して殺してやるって情熱的且つ熱烈な愛情表現をして来るんだぜ? 目の色を変えてな? 俺を殺してまで独り占めがしたいという苛烈なその愛っ! 応えないなんて、男が廃るぜっ!」
「「「・・・」」」
それは、確実に愛とか好意じゃない。
おそらく、純然たる『殺意』だろう、それは。
俺達三人は、そう思った。
コイツの言葉を真に受けると馬鹿を見る。
「…ヒュー」
「なんだ? ジン」
「さっき、出掛ける前のアルちゃんの異様な殺気、この男に対する殺意だったみたい」
「成る程」
「最近のアルの苛々の原因はこのバカか。納得だ」
ひそひそと言い合う俺達。とりあえず、このバカ野郎は頭が残念な奴だという認識が一致した。
「で、どうするよ? あのバカ」
「どうって・・・どうする?」
「さあ? つか、アルがどうしたんだ? トール」
ミクリヤが振り返ってトールに聞いた。
「あ? ああ…少し、様子がおかしくてな」
「どんな風に?」
パチリと開く猫の瞳。
「いつものように、アルゥラが刃物を振り回して俺を追い掛けていたんだ。そしたら…」
いつものようにって・・・コイツ、最近のアルちゃんが追ってる獲物か? こんな奴を追うだなんて、こんな男と二人で会っている? とか聞いて、アルちゃんが荒んだ目をするワケだ。
アルちゃん。なんか、変な勘繰りをしてホントごめん。
「アルゥラが月を見上げて、足を止めた」
「で?」
「どこかぼんやりした様子で、いきなり額を押さえて苦しみ出したんだ」
トールの苦い声に、顔を見合わせる俺達。
前にミクリヤが言っていた・・・頭痛、か?
「そしたら、ガキが現れて、大きくなったらいいことをしようって約束がどうとか言って、アルゥラと消えたんだ! 許せないぜ! アルゥラといいことをするのは俺の方が先なのにっ!?!?」
「は?」
「あ? 下衆いなコイツ」
「まあ、意味はわからないけど、いいこと云々は置いといて。アルちゃんが消えたってこと?」
「なに言ってんだっ!? 今こうしている間にも、アルゥラがあのガキに…あれ? 美女だったか? いや、ガキ・・・兎に角っ、エロいことされているかと思うと・・・っ! 死ぬ程羨ましいっ!!!」
「下衆が」
「クズ野郎だな」
ミクリヤとヒューの冷たい視線。
・・・まあ、俺も同感だけど。
「え~と、様子のおかしいアルちゃんが、誰かに連れ去られたってことでいいのかな? よくはないけど」
「さっきっからそう言ってるだろ。手前ぇらちゃんと聞いてたのかよ? 全く、頭悪いな? やれやれだぜ・・・」
うっわ、ムカつく。
コイツに頭悪い呼ばわりされたくない。
と、そのとき。頭上から、声が降って来た。
「あれ? さっきの子がいるや。もう少し、効いてると思ったんだけどな? 俺の魅了」
見知らぬ声。なんというか、色気を多大に含んだ声とでも言うべきか…男にしては高めで、女にしては低めの…中性的な声がのんびりと言った。
瞬間、ぶわっとミクリヤから殺気が溢れ出す。
「手前ぇかっ、クラウドっ!!」
「やあ、久し振りだね? 名無しの猫君」
かっ開く猫の瞳が爛々と光り、空中を睨む。知り合い、にしては物騒な対応だ。
「ミクリヤ?」
「おい、雪路?」
「アルに、なにをしたっ!?!?」
ミクリヤが低く言う。
ふわりと、蝙蝠のような羽根を羽撃かせ、舞い降りたのは、シーフ君に少し似た…けれど、雰囲気の全く違う少年。その蜜色の腕の中には、意識の無いアルちゃんが抱かれている。
「ヤだな? そうコワい顔しなくてもいいじゃないか。少し寝かせただけだよ。するのは、今から」
クスリと笑みを含んだ艶やかな声が言う。
「意識の無いアルゥラに、どんなエロいことをするつもりだっ!?!? そんな羨まっ…じゃなくて、妬まし…でもなくっ、そんなけしからんことは、俺が絶対に許さないぞガキっ!!」
トールがビシッと彼を指差して言った。
なんかこう、最低だなコイツ・・・色々と。
「とりあえず、その物騒な物は下げてくれると嬉しいな? 名無しの猫君」
「自分は御厨雪路だ!」
大振りのアーミーナイフを両手に構え、いつでも動けるよう腰を落とした臨戦態勢のミクリヤ。
ミクリヤが、これだけ警戒する相手…ということか? あの、シーフ君に少し似た彼は。
「ヴァンパイア…か?」
「違う、コイツは」
ヒューの疑問を否定するミクリヤ。
「淫魔だ」
「なにっ!?!? 伝説のエロい種族じゃないかっ!!!」
「あははっ、ヤだな? 伝説って程じゃないよ。淫魔って、割と生息しているしさ?」
「アルゥラにエロいことをするつもりだなっ!? なんて羨ましいっ!! 俺と代われっ!!!」
・・・緊張感台無しだな。
「おい、黙れそこの下衆。解体すぞ手前ぇ」
ギラリと光る猫の瞳。
うん。ミクリヤがキレても仕方ないと思う。
「ふふっ、彼も面白いんだけど、話が全く進まなくなるねぇ? 仕方ないな♥️」
クスクスと笑う彼…の、輪郭があっという間に変わり、その場にいるのは、彼女になった。細身の身体と身長はほぼそのままに、柔らかく曲線を描く肢体、長く伸びた波打つ黒髪。同じ顔の筈なのに、女性になった途端、どこか艶やかさを増した表情。
「おにーさん、少し黙っててくれないかしら? あたしのお話が終わるまで。オ・ネ・ガ・イ♥️」
少し高くなった声が言い、金色の混じる紫の瞳が妖しくキラリと光る。と、
「任しとけっ!」
大きく頷くトール。
・・・なんだろう。この腹立たしさ。
「アルを、放せ」
仕切り直して、ミクリヤが低く言う。
「ふふっ、それはお断りするわ」
口調まで変わった彼。いや、彼女…と、言うべきか? が、妖しく微笑む。
「雪路、なにをそんなにピリピリしてンだ?」
「ああ、手前ぇらは知らねぇか。コイツはな、他人の精神を崩壊させンのが大得意で、何十人も廃人にしてンだよ。しかも、コイツのは触れるだけで発動するってぇヤバい代物でな。危険物だ」
吐き捨てるようなミクリヤの言葉に、ヒューの気配がぐっと引き締まった。俺も、彼女を警戒する。
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