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ヴァンパイア編。

44.お黙りっ、このブス!

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 戻れない。戻りたくない。

 多分、今のオレは、酷いかおをしている。

 人間ひとの気配がしない方向へとひた進み、気が付くと森の中にいた。
 しずかな森。
 生き物が、身を潜めている・・・のは当然か。
 こんな殺気立った奴が来たのだ。
 息を潜め、立ち去るのを待つ方が賢い。

 あの野郎・・・
 あの連中と、同じことを言いやがった。

 リュースを、蝕んだ言葉がリフレインする。「けがれたみ子を殺せ」「一族の恥晒しめ」「いやしい女」「穢れの浄化を」「大罪を犯せし女」「殺せアマンダ」「その子供を、アマンダ」「殺せ」「穢れの浄化を」「殺せ」「忌み子を消せ」「その子供を殺せば、お前はゆるしてやる」「アマンダ、その穢れを」「浄化」「アマンダ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」「殺せ」

 リュースの、泣きながら謝る声が耳に蘇る。「ごめんなさい、ロゼット・・・愛しているわ。愛しているの、ごめんなさい・・・貴方は悪くないの。ごめんなさい…ロゼット」

 あのクソ野郎共は、絶対ぇ赦さない。
 憎い。悔しい。殺意が湧く。
 酷くいやな、どろどろの黒い感情が溢れて止まらない。

 額が、疼く。気持ち悪い。

 殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。
 壊したい。壊したい。壊したい。壊したい。
 赦せない。赦せない。赦せない。赦せない。
 悔しい。悔しい。悔しい。悔しい。
 憎い。憎い。憎い。憎い。

 こんな貌、誰にも見せたくない。
 ぐちゃぐちゃで、どろどろの、最悪な気分。
 こんな自分は嫌いだ。

 アイツを、殺せなかった。
 見逃された。
 悔しい。ムカつく。
 弱い…自分は、嫌。

 リリとシーフの血晶を飲み、養母かあさんを模した狼をぎゅっと抱き締める。
 これは養母さんではないが、養母さんの匂いがする。でも、養母さんじゃなくてよかった。

 こんな貌、見せられない。

 もふもふな毛並に顔を押し付け、目を閉じる。

 オレは・・・
 リュースを守れなかった自分も、嫌いだ。

※※※※※※※※※※※※※※※

 一晩…どころか、数日間帰って来なかった小娘がやっと帰って来た。
 しかも、明け方にこっそりと。
 まあ? 一応は、仕事だとかで数日戻らないという言伝ことづて蝙蝠こうもりで送って来てたけど。
 それにしても、ひっどかおだわ。
 折角せっかく鑑賞に耐えられる顔してンのに、今は酷く不細工ぶっさいくな貌をしている。
 復讐復讐言ってた人魚なかま達と、どこか似た貌。
 綺麗な顔なのに、ブスな表情。
 それが、ムカつく。
 殺気立った空気をまとう小娘を見下ろす。

「お帰り、かしら? 小娘」
「えと…ただいま、かな? アマラ」

 殺気立っているクセに、へらりと薄笑いを浮かべるのが、余計に気に食わない。

「お黙りっ、このブス!」
「ふぇ?」

 口元だけの薄笑いを浮かべる小娘の両頬を、思いっ切り引っ張ってやる。

「ふぁまら?」

 ぽかんとしたまぬけな声。

「ふんっ、まぬけな顔だこと。アンタには、こんな顔がお似合いなのよ。ブスな貌してンじゃないわよ。このアホ小娘がっ」

 ぱちぱちとまばたく翡翠の瞳。

「いひらり、らり?」
「なに言ってんのか、サッパリわかんないわね」
「ふぁまら?」

 さっきよりは、少しだけマシな顔ンなったわ。

「こんの、アホ小娘がっ。どこぞのバカ共がウルサくて仕方なかったンだからねっ!」

 まあ? アタシは別に、こんな小娘のことを心配なんかしてなかったけど? バカ共がウルサかったのよ。
 アタシじゃなくて、バカ共が、ね!

 別に、今だって小娘を待っていたワケじゃないわよ? このアタシが、わざわざこんなアホ小娘の帰りを待つワケないじゃない。

 偶々、夜風に当たりに出て来てただけだし。
 暇で仕方なかったから、よ。
 待っていたワケじゃない。けど・・・
 そこに偶々、小娘がこっそり帰って来たのよ。
 それも、ピリピリした物騒な気配を纏って、だ。
 そんなの、気にしない方が無理じゃない。

「?」

 不思議そうな顔が、また腹立つ。

「ホンっト、アンタはバカね!」

 ぎゅ~っと、ほっぺたを伸ばす勢い引っ張る。ついでに捻りも加えてやるんだから!

「ひょっ、いひゃい、いひゃいっへふぁ」
「なに言ってンのかサッパリわかんないのよ! このアホ小娘はっ! ブース、ブース! ついでにバーカ! アーホ!」
「???」
「ふんっ」

 小娘のほっぺたを最後にビッと強く引っ張って、放してやる。

「い、いきなりなにすんの? アマラ?」

 赤くなった頬をさすりながらアタシを見上げる翡翠。さっきまでの殺伐とした色が少し抜けた。

「で? 手紙一つで、数日間行方不明だったアホな小娘は、他になにか言うこと無いワケ?」
「・・・心配、掛けて…ごめんなさい?」

 おずおずと謝る小娘。疑問系だけど…

「まあいいわ。勘弁して、あ・げ・る。アタシは寛大だもの。後でバカ共にも怒られるがいいわ」

 小娘のあの殺気立った気配に、バカ共が気付かないワケないじゃない。アイツらも、それなりの修羅場潜ってる連中よ? 甲板に出て来ようとしているのを今、押し留めている最中だ。カイル以外。あの子も心配はしていたけど、早寝早起きの規則正しい生活をしているから、まだしばらくは起きて来ないと思う。

「え?」
「当然でしょ。アンタは今、うちの子なんだから。大人しく面倒見られてろ。小娘が」
「は? アマラ?」
「今からお茶の気分なの。付き合いなさい。言っとくけど、拒否権は無いわよ」

 アタシは寛大だから、顔色の悪い・・・この前よりも、もっと不細工で、悪い貌をした小娘に、お茶を淹れてやるとするわ。
 無論、鎮静作用の強いハーブティーを。
 それを飲んで、少しは落ち着けばいい。
 お菓子は、ミクリヤに作らせた物とカイルに買って来させた物を付けてあげようじゃない。
 不機嫌な子供ガキにはお菓子と決まっている。
 アタシってば、なんて優しいのかしら?

「拒否するなら、もっとつねってやるから。伸ばしてやるわ。そのほっぺた。どこまで伸びるか、たのしみだこと」

 ふっ、と小娘の張り詰めた気配がゆるむ。

「ははっ…それはヤだな。ありがと、アマラ」

 苦笑気味だけど、やっと笑ったわ。
 今のこの貌は、それ程ブスじゃない。
 あんな不細工な貌してないで、そういう顔してればいいのよ。折角、綺麗な顔してんだからさ?
 勿体もったい無いじゃない。
 全く、世話の焼ける小娘なんだから・・・
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