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商人兼諜報員ディルの場合。

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 ディルは本の注文と配送の手配を済ませると、ぶつぶつと聖書に謝っているシュゼットに声をかけた。

「・・・シュゼットさん、そろそろ次の書店へ行きますよ」
「っ!? あ、はい! ? ところでディル君、さっきの人はどうしたんですか?」

 バッと顔を上げたシュゼットが、きょろきょろとディルの後ろや店内を見渡す。

「ああ、先程の方なら、帰りましたよ。なんでも、急用を思い出したそうです」
「そうでしたか・・・それは残念ですねぇ……」
「・・・なにが、残念だと?」

 神聖言語で書かれた稀少本だとして偽書を持ち込み、それを鑑定で指摘されて激昂、シュゼットに殴り掛かって返り討ちにされ、それに対して罵倒と脅迫をしたような男が穏便に帰った・・・・・・というのに、それを残念だと言うシュゼット。

 ディルには全くもって意味不明だ。

「この本なんですけど、神聖言語ではありませんが、それなりに貴重な本なんですよ♪」

 にこにこと上機嫌な顔で、男が忘れて行った本を捲るシュゼット。

「私が買い取ります♪」
「・・・それはシュゼットさんへのお詫びに差し上げるそうなので、代金は結構だそうですよ?」

 面倒になったディルは、そう答えた。

「わ~♪本当ですかっ!? いい人ですね♪」

 本をくれるのならば、悪人でもいい人認定をするをシュゼットにディルは呆れ果てるが、言っても詮無いこと。

「・・・ところで、シュゼットさん。その本にはどんなことが書かれているのですか?」
「これはですね、主に甘味となる植物と甘味料の生成方法の構想でしょうか? 世界各地の植物……砂糖きびや砂糖楓、大根や甘葛あまかずら、蜂蜜、変わりどころだとチューリップの球根などから甘味料の生成を考えてみたという風な文章が、東西南北の少数民族の文字を継ぎ接ぎして記されています。これ書いたの、きっとものすっごく頭良い人ですよぅ♪」
「その情報、買いました! では、シュゼットさん、今すぐグラジオラスへ帰りましょう! そして、その本をただちに翻訳してください!」

 即決したディルは頭の中で必要な物のピックアップと、新商品開発の為の研究予算を弾き出し、開発部署の人選や予定、利益計算、その他諸々を高速で組み上げて行く。

 ディルは変人達の必要としている物を見極めて、彼らの望むことを実現可能な範囲に落とし込むことがとても上手い。

 だから彼を、皆が重宝して便利に使うのだが、本人はそれに気付かない。それを誉められても本人は全く嬉しいとは思わないだろうが、こうしてディルは自らどんどん深みにはまって行くのだった。

 本人に、その自覚は無いが・・・

__________

 ディルとヴァルクは姫と交代前の、ギリギリで賢者の世代となります。

 そして、リヴェルドはその頃には既に修道士になっているので、城にはいません。

 ちなみに、チューリップの球根は激甘らしいのですが、チューリップの品種に拠っては毒性があったり、農薬という問題があるので、食用に栽培されたチューリップ以外は食べると危険です。お気を付けください。
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