上 下
46 / 161
騎士爵ベアトリスの場合。

しおりを挟む
「それで、本日はどのような趣向でしょうか?」

 アイラはマーノへ問い掛ける。ベアトリスへ聞くよりも、マーノへ聞く方が話が早い。ベアトリスは、難しいことを考えるのを少々苦手としている。

「はい、アイラ様。本日は、ベアトリス卿へ一太刀でも入れることができた者を、グラジオラスへ婿に取って差し上げてもよろしいという趣向ですわ。グラジオラスの女は、軟弱者が嫌いですものね?」

 うふふとたのしげにアイラへ微笑むマーノ。優秀な外交官だけあって、マーノはなかなかイイ性格をしている。

「成る程」

 そしてアイラは、察した。
 優秀な外交官・・・・・・のマーノを、騎士団・・・へわざわざ寄越すとは、どうやらいろんな意味でボッコボコにしたくなる程に、王立騎士団はグラジオラス辺境伯領へなにかをやらかしたらしい、と。
 更には、ベアトリスを使って、王立騎士団のプライドを物理的にもへし折りに来ている。
 これは、王立騎士団が、グラジオラス辺境伯領を大層立腹させたようだ。

 そもそも、グラジオラス辺境伯領で騎士爵ナイトの爵位を賜り、最強の一角を担うベアトリスは、国内でも最強の部類に入る。そんなベアトリスに一太刀でも入れることなど、ベテランの騎士達にも非常に難易度が高い。土台からして、無茶な話。

 つまりこれは、わざわざベアトリスを使った、王立騎士団自体への盛大な嫌がらせとなる。

 見た目(だけ)が華奢な女性レディ一人へ、騎士団の男達が束で掛かって負けたという屈辱を、騎士団の者達へ与えたいらしい。

 城代の姫か、中央軍閥が嫌いな誰かの発案なのだろうと、アイラは当たりを付ける。

 そして、ベアトリスとマーノが来ることについて、アイラへ報せは無かった。なので、グラジオラス辺境伯領への帰還命令は出ていないのだろう。

 帰還せよとの命令が下されていないのであれば、グラジオラス辺境伯領へ戻る必要はなく、アイラは好きに動いていい筈だ。

「では師匠、久々にお相手願います」
「おう、掛かって来い」

 アイラは久々に、ベアトリスへ稽古を付けてもらうことにした。戦意の無い同僚の持つ剣を借り、

「では、参ります!」

 ダッ! と地面を強く蹴ると、自分よりも小柄な、しかも素手のベアトリスへと鋭く打ち込んだ。

「お、いい打ち込みだ」

 ベアトリスはアイラの鋭い打ち込みを、最小限の動きでするんとかわす。が、

「ハアっ!!!」

 アイラは躱された上段からの斬撃を、そのまま回転することで勢いを殺さず、遠心力を乗せてベアトリスへ向かって振り切る。

「うおっ!」

 横合いからの斬撃に驚いたベアトリスは、身に迫った剣を思わず拳で殴って逸らす。と、

「あ、しまっ…」

 バキン! と、金属の砕ける音が訓練所へと鳴り響いた。アイラの持つ布の巻かれた剣が、半ばから折れて地面へ落ちる。

「あちゃー、やっちまった!」

 素手での剣破壊ソード・ブレイク。それも、刃を潰してある上に、訓練用にと頑丈に造られている剣を。
 騎士団員達が一斉に言葉を無くす中、困った顔で自分が折った剣を見下ろすベアトリス。
 剣へ布を巻いていたのは、実は剣自体を保護する為でもあったのだ。

 そして、

「お見事です、アイラ様」

 パチパチとマーノが拍手する音が響いた。

「はい。師匠へ一太刀、入れました」
「おお、そういえば?」

 ベアトリスへ一太刀でも入れた者は、グラジオラスへ婿に取ってやってもいい。
 その条件で、ベアトリスが勝とうが負けようが、グラジオラス辺境伯領へダメージはまったく無い。
 むしろ、ベアトリスヘ負けても、勝ってしまったとしても、有望株がグラジオラスへ取られる可能性がある王立騎士団にとっては、損しかない勝負。

 この勝負は、受けるどころか、挑まれた時点で既に王立騎士団の負けが確定している。

「それでは、アイラ様。どうなさいますか?」
「さて、わたしはグラジオラスの子爵位予定ですからね。ところで、師匠」
「なんだ?」
「師匠の理想のタイプはどのような方ですか?」
「勿論、腹一杯食わせてくれる奴だ♪」

 にかっとイイ笑顔で言ったベアトリスに、マーノはきゅん♥️としたが、これまでの戦闘の片手間で、ベアトリスがおやつとして食べた量を見ていた騎士団員達は、ドン引きした。

「わたしには無理ですね」

 アイラは笑顔で答えた。

 なにせ、ベアトリスの食費は全て、グラジオラス辺境伯領の公費で賄われているのだから。

「では師匠、グラジオラス邸へ参りましょう。その前に、王都の名物を紹介します」
「おおっ、行く行く! 丁度腹減って来たんだ」
「それでは皆様、ごきげんよう。失礼致します」

 こうして、ベアトリスとマーノの二人は、アイラにグラジオラス邸へと連れて帰られた。

 王立騎士団員達のプライドをずたぼろにして。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】「まずは……手前ぇよりも上位の存在に犯されて来い。話はそれからだ」

月白ヤトヒコ
ファンタジー
よその部署のヘルプという一仕事を終えて帰ろうとしたら、突然魔法陣が現れてどこぞの城へと『女神の化身』として召喚されたわたし。 すると、いきなり「お前が女神の化身か。まあまあの顔だな。お前をわたしの妻にしてやる。子を産ませてやることを光栄に思うがいい。今夜は初夜だ。この娘を磨き上げろ」とか傲慢な国王(顔は美形)に言われたので、城に火を付けて逃亡……したけど捕まった。 なにが不満だと聞かれたので、「まずは……手前ぇよりも上位の存在に犯されて来い。話はそれからだ」と言ってやりました。 誘拐召喚に怒ってないワケねぇだろっ!? さあ、手前ぇが体験してみろ! ※タイトルがアレでBLタグは一応付けていますが、ギャグみたいなものです。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

【完結】淘汰案件。~薬屋さんは、冤罪だけど真っ黒です~

月白ヤトヒコ
ファンタジー
とある酒場で、酒を飲んでいた冒険者のうち、約十名が体調不良を訴えた。そのうち、数名が意識不明の重体。そして、二人が死亡。 調査の結果、冒険者の体調不良や死因は、工業用アルコールの混ぜ物がされた酒と、粗悪なポーションが原因であると判明。 工業用アルコールが人体に有害なのは勿論だが。その上、粗悪なポーションは酒との飲み合わせが悪く、体外へ排出される前にアルコールを摂取すると、肝臓や腎臓へとダメージを与えるという代物。 酒屋の主人は、混ぜ物アルコールの提供を否定。また、他の客からの証言もあり、冒険者のうちの誰かが持ち込んだ物とされている。 そして、粗悪なポーションの製作者として、とある薬屋が犯人として浮上した。 その薬屋は、過去に幾度も似たような死亡事故への関与が疑われているが、証拠不十分として釈放されているということを繰り返している、曰く付きの怪しい薬屋だった。 今回もまた、容疑者として浮上した薬屋へと、任意で事情聴取をすることになったのだが―――― 薬屋は、ひひひひっと嬉しげに笑いながら・・・自らを冤罪だと主張した。 密やかで、けれど致命的な報復。 ざまぁと言えばざまぁですが、あんまりすっきりはしない類のざまぁだと思います。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

【完結】悪役令嬢の断罪現場に居合わせた私が巻き込まれた悲劇

藍生蕗
ファンタジー
悪役令嬢と揶揄される公爵令嬢フィラデラが公の場で断罪……されている。 トリアは会場の端でその様を傍観していたが、何故か急に自分の名前が出てきた事に動揺し、思わず返事をしてしまう。 会場が注目する中、聞かれる事に答える度に場の空気は悪くなって行って……

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

閉じ込められた幼き聖女様《完結》

アーエル
ファンタジー
「ある男爵家の地下に歳をとらない少女が閉じ込められている」 ある若き当主がそう訴えた。 彼は幼き日に彼女に自然災害にあうと予知されて救われたらしい 「今度はあの方が救われる番です」 涙の訴えは聞き入れられた。 全6話 他社でも公開

処理中です...