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寂しいけれど、わたしもそろそろ子離れしなきゃいけないのね。
しおりを挟む『あの子』がうちに戻って来てから、『彼』の家から帰る時間を気にしなくてよくなった。
もう、『あの子』と離れて、『あの子』が発作を起こして苦しんでいないか? 『あの女』に酷いことをされてないか? お腹を空かせていないか? 寂しがっていないか? なんて、心配する必要が無くなった。
それからは――――
あの子の小さい頃のことを話して聞かせて、
あの子の使っていた部屋を使わせて、
あの子の成長記録の写真や画像データを見せて、
あの子の着ていた洋服を着せて、
あの子の好きだった料理やお菓子を食べさせて、
あの子が欲しがっていた物を買ってあげて、
あの子が行きたいと言っていた、けれど行けなかった場所に連れて行ってあげて、
あの子がどれだけ『彼』のことが好きだったか、どれだけ『彼』との思い出を大事にしていたかを教えて、
あの子がやりたいと言っていたことを、
叶わなかったことの全て、
全てを、『あの子』にさせてあげたわ。
そして、わたしと夫があの子にしてあげたかったことも、全部してあげた。
あの子のように、大事に大事に育てたの。
すると『あの子』は、前よりも少し身体が丈夫になって、幸せそうに育って行った。
そして――――
成長した『あの子』が、前の年齢を越えたときには、嬉しくて嬉しくて思わず泣いてしまったわ。
「お母さん、どうしたの? どこか痛い?」
「いいえ、あなたが大きくなったことが嬉しくて」
そう言って『あの子』を抱き締めると、
「ふふっ、変なお母さん」
って、笑いながら抱き締め返してくれたの。
嬉しくって、また泣いちゃったわ。
そうやって、家族三人で前のように……いいえ、以前よりも幸せに暮らして――――
ある日、娘がわたしに言った。
「お母さん。あのね、わたし。そろそろ、この家を……出ようと思っているの。好きな人のところに、行きたくて……」
恥ずかしそうにそう言って頬を染めた『あの子』は、もう一人前の女性の顔をしていて・・・
「そう。わかったわ」
どこへ行きたいのかも、全部。
わたしは、この子の母親だもの。
こういう日の為に、家事は教えてある。この家を出ても、ちゃんと暮らして行けるように、と。
寂しいけれど、わたしもそろそろ子離れしなきゃいけないのね。って、そう思って・・・
「いつでも帰って来ていいのよ? あなたは『わたしの娘』なんだから」
「うん。ありがとう、お母さん」
「行ってらっしゃい」
そう言って、『あの子』を育て上げた誇らしい気持ちで送り出した。
わたしはちゃんと、笑顔で言えたかしら?
「あぁ、『あの子』のウェディングドレス姿が、今からとても楽しみだわ♪ふふっ、『彼』もきっと喜んでくれるでしょうね……」
また、『あの子』を裏切ってしまわないかと、少し心配ではあるけれど――――
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