上 下
5 / 13

好きになるんじゃ……な、かった…………

しおりを挟む


 頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 落ち着いて、深呼吸をして……ビクビクしながら、家に戻った。

 この日は、彼からの連絡を全て無視して頭から毛布を被って眠ろうとした。

 明日――――会社に行くことが、彼と顔を合わせることを想像して、恐怖が止まらない。

 結局は眠れなくて。なんの答えも出せないまま、最悪の気分で会社へ向かう。

 彼と顔を合わせないで済むよう、時間をずらして――――

 とても早く着いた。の、に・・・

「おはよう」

 彼が、彼がっ……笑顔で、わたしに挨拶をした。待ち伏せをされていた?

「お、おはよう、ござい、ます……」

 震えそうな身体を叱咤し、挨拶を返す。

「昨日はどうしたの?」

 いつものように、にこやかな顔で彼が聞く。

「き、昨日……は、体調が、悪く……て」
「そう。話があるんだ。来て」

 笑顔で、けれど強くわたしの腕を掴んだ彼が歩き出す。

「っ……」

 怖いと思いながら、痛いのに声を出せないまま、彼に引き摺られるようにして人気の無いところへ移動。

 階段の踊り場で足を止めた彼が、口を開いた。

「君、彼女に離婚を迫ったんだって? 俺の子供がいるから、俺と結婚したいって」

 笑顔で。けれど、いつもの笑顔とは決定的に違う、冷たい瞳があたしを見下ろす。

「言ったよね? 俺は、彼女と別れるつもりは無いって。君も、俺の意志を尊重してくれるんじゃなかったの? そもそも、俺が既婚者だって判ってて付き合っていたよね?」
「そ、それは……」
「勝手に妊娠するって、ルール違反じゃないの? いや、そもそも君、本当に妊娠してるの?」

 疑わしいという目が、あたしのお腹に注がれる。

「そっ、れは……」

 妊娠している、と。今ここで、彼に真実を告げていいのだろうか? 奥さんは、この人に妊娠中に殴る蹴るされて、流産したというのに。

 ここは、会社で人目がある。

 奥さんはこの人のことを外面がいいと言っていた。人目に付く場所では大丈、……

「ま、別にいいけど。してもしてなくても」

 グイッと、強く掴まれていた腕が急に引かれ、

「え……?」

 パッと腕が、離された。身体が傾ぐ感覚。そして、彼の顔が歪んだ笑みをかたどるのが……

「ああ、一応救急車は呼んでやるよ。生きてても、死んでても。じゃあな」

 やけに、ゆっくりと見えた。

 なに、これ? 階段から、身体が浮く浮遊感。

 もし、かして……あたし、彼に落とされてる?

 彼に、落とされる。階段から落ちたら、良くて怪我。最悪、死ぬ。

 そんなの、嫌だ。

 死にたく、ない。

 死にたくない。死にたくない、死にたくない死にたくない死にたくないっ!!

 あたしに背中を向ける彼へと、必死の思いで手を伸ばして――――

 階段を、転がり落ちた。

 ああ、こんな最低最悪なクズ男なんか、好きになるんじゃ……な、かった…………

 あちこちぶつけて、身体中が痛くて……段々、と意、識……が――――

 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・
 ・・・

жжжжжжжжжжжжжжж


 次回、視点変更。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【SS】森のくまさん

仲村 嘉高
ホラー
ある日、森の中 くまさんに出会った……

【完結】わたしの娘を返してっ!

月白ヤトヒコ
ホラー
妻と離縁した。 学生時代に一目惚れをして、自ら望んだ妻だった。 病弱だった、妹のように可愛がっていたイトコが亡くなったりと不幸なことはあったが、彼女と結婚できた。 しかし、妻は子供が生まれると、段々おかしくなって行った。 妻も娘を可愛がっていた筈なのに―――― 病弱な娘を育てるうち、育児ノイローゼになったのか、段々と娘に当たり散らすようになった。そんな妻に耐え切れず、俺は妻と別れることにした。 それから何年も経ち、妻の残した日記を読むと―――― 俺が悪かったっ!? だから、頼むからっ…… 俺の娘を返してくれっ!?

夜通しアンアン

戸影絵麻
ホラー
ある日、僕の前に忽然と姿を現した謎の美少女、アンアン。魔界から家出してきた王女と名乗るその少女は、強引に僕の家に住みついてしまう。アンアンを我が物にせんと、次から次へと現れる悪魔たちに、町は大混乱。僕は、ご先祖様から授かったなけなしの”超能力”で、アンアンとともに魔界の貴族たちからの侵略に立ち向かうのだったが…。

銀の少女

栗須帳(くりす・とばり)
ホラー
昭和58年。 藤崎柚希(ふじさき・ゆずき)は、いじめに悩まされる日々の中、高校二年の春に田舎の高校に転校、新生活を始めた。 父の大学時代の親友、小倉の隣の家で一人暮らしを始めた柚希に、娘の早苗(さなえ)は少しずつ惹かれていく。 ある日柚希は、銀髪で色白の美少女、桐島紅音(きりしま・あかね)と出会う。 紅音には左手で触れた物の生命力を吸い取り、右手で触れた物の傷を癒す能力があった。その能力で柚希の傷を治した彼女に、柚希は不思議な魅力を感じていく。 全45話。

【完結】淘汰案件。~薬屋さんは、冤罪だけど真っ黒です~

月白ヤトヒコ
ファンタジー
とある酒場で、酒を飲んでいた冒険者のうち、約十名が体調不良を訴えた。そのうち、数名が意識不明の重体。そして、二人が死亡。 調査の結果、冒険者の体調不良や死因は、工業用アルコールの混ぜ物がされた酒と、粗悪なポーションが原因であると判明。 工業用アルコールが人体に有害なのは勿論だが。その上、粗悪なポーションは酒との飲み合わせが悪く、体外へ排出される前にアルコールを摂取すると、肝臓や腎臓へとダメージを与えるという代物。 酒屋の主人は、混ぜ物アルコールの提供を否定。また、他の客からの証言もあり、冒険者のうちの誰かが持ち込んだ物とされている。 そして、粗悪なポーションの製作者として、とある薬屋が犯人として浮上した。 その薬屋は、過去に幾度も似たような死亡事故への関与が疑われているが、証拠不十分として釈放されているということを繰り返している、曰く付きの怪しい薬屋だった。 今回もまた、容疑者として浮上した薬屋へと、任意で事情聴取をすることになったのだが―――― 薬屋は、ひひひひっと嬉しげに笑いながら・・・自らを冤罪だと主張した。 密やかで、けれど致命的な報復。 ざまぁと言えばざまぁですが、あんまりすっきりはしない類のざまぁだと思います。

妊娠条令

あらら
ホラー
少子高齢化社会の中で政治家達は妊娠条令執行を強行する。

【完結】選択肢〜殺す人間を選んでください

リオール
ホラー
  「伊織ちゃんは明日死にます」  その黒い球体は俺にそう言って選択を迫った。  他人の命を奪い愛する伊織を救うか、他人の命を守って伊織を見殺しにするか。  俺が選んだのは── ===筆者注=== こちらは【サスペンスホラー】になります(予定)。

残暑お見舞申し上げます【1話完結型】

仲村 嘉高
ホラー
夏と言えば、怪談です。 対処法も知らないし、その後もわかりません。 なぜなら、僕は霊感なんて皆無だから。 なのになぜか、よく言われる。 『この不思議な体験を聞いてくれませんか?』 夏になったら、またはネタを仕入れたら更新します。 ※一応フィクションです。見た事ある物(者)が出て来ても、多分気のせいです。 ※作者の体験ではありませんので! ワタクシ、霊感のレの字も有りません。凡人以下ですw ※カクヨムでも公開中 ↑というのを、カクヨムからコピペしてきて、きちんと保存したのに出来ていなかった(笑) え?怖っ ※今はカクヨムでは公開してません

処理中です...