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第2章
繰り返す日々とわすれモノ
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「突然どうしたんだ? リア」
「メリンダに、蜂をつけていて、その蜂がなんか変だって教えてくれて……」
「リア、少し落ち着きなさい」
キール様が渡してくれた水を口にすると、微かに感じるレモンの香りで少しだけ冷静になれた。
落ち着いたところで、キール様に事情を説明する。
「つまりメイドの彼女に、魔力で象った蜂を随行させていた、と」
「はい。今朝、チェリエ様がお部屋に来て、メリンダが連れて行かれちゃったんです」
自分から外に出たというのか、とキール様は呟く。
「……あの子、嫌がっていたので。何かあったら気付いてあげられるようにって思って」
私がつらい時、いつだって気付いて力になってくれたのはメリンダだった。
だから私もそうしてあげたくて魔力の蜂をつけた、とキール様へ必死に伝える。
「そうだったか。ではその蜂が異変を知らせた、ということだな?」
「はい、でも細かいことはわからないんです。メリンダの感情だけがなんとなく伝わってきて。これは……困惑でしょうか」
「チェリエに連れられていったメイドが困惑している……と。そうか」
キール様は何かに思い当たったのか、頭を抱えた。
どうやらこの状況に、思い当たる節があるらしい。
「また起こってしまったのかもしれない……。仕方がない、チェリエのところへ行く」
そういうと私の手をそっと握ってくれる。
どうやら一緒に連れて行ってくれるみたい。
「チェリエがいるのは左の塔、最上階だ」
「そんな場所に……」
「なるべく人目に触れて欲しくなくてな」
渋い顔でそういうと、私の手を引き足早に歩き始める。
大食堂からだと、塔はそう遠くなかったようですぐに到着した。
けれど見たところ最上階までは、かなりの長さの階段を登る必要がありそうで、少し腰が引けてしまう。
それでも息を切らせながらなんとか登っていると、不意にキール様が立ち止まる。
「どう、しました?」
「リアが大変そうだったからな。ほら、おいで」
言われるがままに近づくと、キール様は私をそっと抱き上げてくれた。
それは所謂、お姫様抱っこと呼ばれている抱き方で。
こんな時だっていうのに思わず顔が熱くなる。
私ってば……はしたない。
「さぁ、ついたぞ」
ふわり、と優しく地面へ降ろしてもらった。
キール様は疲れなど一切見せず、息を乱してすらいない。
そのまま木製の扉へ近づくと、ノックをする。
「チェリエ、いるか?」
しばらく中で誰かの動く音がして、やがてガチャリと鍵が開いた。
「お、お嬢様……と、辺境伯様?」
扉から顔を覗かせたのはメリンダだった。
その表情からは戸惑いと疲労が見え隠れしている。
「メリンダか。リアの屋敷で見かけたことはあるが、ちゃんと話すのは初めてだな」
「さ、左様でございます……ね?」
言葉遣いはこれであっているのかと不安そうに答えるメリンダ。
「必要以上に畏まらなくていい。それよりもチェリエは?」
「ええと、物語を読み聞かせていたところ急に気を失われまして」
「やはりか……」
メリンダの答えを聞いて呻くような声を上げるキール様。
「それでベッドに運びました。すぐに目は覚ましたのですが……」
「はぁ……。君のことが分からなかったんだな?」
メリンダは深刻そうな顔で頷く。
「最初はチェリエ様の冗談かと思ったのですが」
キール様は首を横に振ると、無念そうに口を開く。
「冗談ではない。ここだけの話、彼女は……チェリエは——何度も人生を繰り返しているんだ」
私はキール様が何を言っているのか分からなかった。
メリンダも呆気に取られた顔をしているから、私がおかしいわけじゃないみたい。
そんな私たちを置き去りにしてキール様は続ける。
「チェリエは八歳で天啓を得た。大体の天啓持ちは先天性のものだが、稀に後天的に得るものもいる」
キール様は部屋の奥にちらりと視線を移した。
そこにいる彼女の秘密を口にする許可を貰うように。
「チェリエがそうだったんだ。彼女は何らかのタイミングで戻るんだよ……体も、記憶も八歳に。あの呪われた天啓を押し付けられたその瞬間にな」
「そんな……」
あの自由奔放で自分勝手な可愛いお嬢様にそんな事情があったことを知って、思わず口元を押さえた。
「それで気味悪がられたんだろう。彼女は忘れ者と呼ばれ、住んでいた村を追い出され——」
「ねぇメリンダー、この本読んで?」
部屋から足音をペタペタと鳴らして歩いてきたのはチェリエだった。
手にしている本はとても古くて、ボロボロだ。
体も朝見かけたときより、随分と縮んでしまっている。
「チェリエはあの本が好きでね……」
キール様が低い声で、絞り出すようにいった。
「何度も、何度も何度も何度も記憶を失くしては、また好きになる」
「だからあんなにボロボロに……?」
「そうだ」
そうだったの……。
良く見ればボロボロの本には、所々補修したような跡ある。
それはなるべく長くチェリエ様が読めるように、という努力の跡だろう。
「待って、じゃあなんでチェリエ様はメリンダを呼んでいるの? 忘れられたんじゃないの?」
「そりゃーお嬢様、もう一度やり直したからですよー。自己紹介から初めて、また仲良くなったからですー」
メリンダはこともなげにそういって、朗らかに笑った。
「ねぇメリンダってばー……あれっ、おじちゃんたちだれー?」
「はじめまして。私はキールだよ。こっちはローゼリア、リアと呼んであげてくれ」
「うん、分かった。私はチェリエ! えっと、キールにリアね。チェリエは物覚えいいから、もう二人のお名前覚えちゃったっ!」
目の前の幼女はそういって屈託のない笑顔を覗かせた。
「でもどうしてチェリエ、こんなところにいるんだろ? 畑の仕事はいいのかなぁ?」
「チェリエは特別だからここに連れてこられたんだよ。これからは美味しいものを食べて、楽しいことだけして過ごしていればいいんだ」
キール様は不思議そうな顔をしているチェリエ様に、そう優しく告げた。
「ねぇおじ……キール。おとーさんとおかーさんも連れてきていーい?」
「それはちょっと……難しいんだ。なんといってもここは少し遠いからね」
そっかーとチェリエ様は悲しそうな顔をする。
目の端に涙を浮かべて、泣くのを我慢しているらしい。
「これが、毎回辛くてな」
小さな声でそう囁くキール様。
こんなことを一体何度繰り返しているんだろう。
「でも家族のみんなはチェリエが幸せになって欲しくて、ここに送りだしたんだ」
それを聞くとチェリエは目の端の涙をぐいと拭った。
「じゃあチェリエは笑ってないとねっ!」
「ああ、チェリエは良い子だな」
キール様はそういうとチェリエ様の頭を撫でる。
私をよく撫でてくれるのは、もしかしたらこれが理由なのかもね。
「メリンダに、蜂をつけていて、その蜂がなんか変だって教えてくれて……」
「リア、少し落ち着きなさい」
キール様が渡してくれた水を口にすると、微かに感じるレモンの香りで少しだけ冷静になれた。
落ち着いたところで、キール様に事情を説明する。
「つまりメイドの彼女に、魔力で象った蜂を随行させていた、と」
「はい。今朝、チェリエ様がお部屋に来て、メリンダが連れて行かれちゃったんです」
自分から外に出たというのか、とキール様は呟く。
「……あの子、嫌がっていたので。何かあったら気付いてあげられるようにって思って」
私がつらい時、いつだって気付いて力になってくれたのはメリンダだった。
だから私もそうしてあげたくて魔力の蜂をつけた、とキール様へ必死に伝える。
「そうだったか。ではその蜂が異変を知らせた、ということだな?」
「はい、でも細かいことはわからないんです。メリンダの感情だけがなんとなく伝わってきて。これは……困惑でしょうか」
「チェリエに連れられていったメイドが困惑している……と。そうか」
キール様は何かに思い当たったのか、頭を抱えた。
どうやらこの状況に、思い当たる節があるらしい。
「また起こってしまったのかもしれない……。仕方がない、チェリエのところへ行く」
そういうと私の手をそっと握ってくれる。
どうやら一緒に連れて行ってくれるみたい。
「チェリエがいるのは左の塔、最上階だ」
「そんな場所に……」
「なるべく人目に触れて欲しくなくてな」
渋い顔でそういうと、私の手を引き足早に歩き始める。
大食堂からだと、塔はそう遠くなかったようですぐに到着した。
けれど見たところ最上階までは、かなりの長さの階段を登る必要がありそうで、少し腰が引けてしまう。
それでも息を切らせながらなんとか登っていると、不意にキール様が立ち止まる。
「どう、しました?」
「リアが大変そうだったからな。ほら、おいで」
言われるがままに近づくと、キール様は私をそっと抱き上げてくれた。
それは所謂、お姫様抱っこと呼ばれている抱き方で。
こんな時だっていうのに思わず顔が熱くなる。
私ってば……はしたない。
「さぁ、ついたぞ」
ふわり、と優しく地面へ降ろしてもらった。
キール様は疲れなど一切見せず、息を乱してすらいない。
そのまま木製の扉へ近づくと、ノックをする。
「チェリエ、いるか?」
しばらく中で誰かの動く音がして、やがてガチャリと鍵が開いた。
「お、お嬢様……と、辺境伯様?」
扉から顔を覗かせたのはメリンダだった。
その表情からは戸惑いと疲労が見え隠れしている。
「メリンダか。リアの屋敷で見かけたことはあるが、ちゃんと話すのは初めてだな」
「さ、左様でございます……ね?」
言葉遣いはこれであっているのかと不安そうに答えるメリンダ。
「必要以上に畏まらなくていい。それよりもチェリエは?」
「ええと、物語を読み聞かせていたところ急に気を失われまして」
「やはりか……」
メリンダの答えを聞いて呻くような声を上げるキール様。
「それでベッドに運びました。すぐに目は覚ましたのですが……」
「はぁ……。君のことが分からなかったんだな?」
メリンダは深刻そうな顔で頷く。
「最初はチェリエ様の冗談かと思ったのですが」
キール様は首を横に振ると、無念そうに口を開く。
「冗談ではない。ここだけの話、彼女は……チェリエは——何度も人生を繰り返しているんだ」
私はキール様が何を言っているのか分からなかった。
メリンダも呆気に取られた顔をしているから、私がおかしいわけじゃないみたい。
そんな私たちを置き去りにしてキール様は続ける。
「チェリエは八歳で天啓を得た。大体の天啓持ちは先天性のものだが、稀に後天的に得るものもいる」
キール様は部屋の奥にちらりと視線を移した。
そこにいる彼女の秘密を口にする許可を貰うように。
「チェリエがそうだったんだ。彼女は何らかのタイミングで戻るんだよ……体も、記憶も八歳に。あの呪われた天啓を押し付けられたその瞬間にな」
「そんな……」
あの自由奔放で自分勝手な可愛いお嬢様にそんな事情があったことを知って、思わず口元を押さえた。
「それで気味悪がられたんだろう。彼女は忘れ者と呼ばれ、住んでいた村を追い出され——」
「ねぇメリンダー、この本読んで?」
部屋から足音をペタペタと鳴らして歩いてきたのはチェリエだった。
手にしている本はとても古くて、ボロボロだ。
体も朝見かけたときより、随分と縮んでしまっている。
「チェリエはあの本が好きでね……」
キール様が低い声で、絞り出すようにいった。
「何度も、何度も何度も何度も記憶を失くしては、また好きになる」
「だからあんなにボロボロに……?」
「そうだ」
そうだったの……。
良く見ればボロボロの本には、所々補修したような跡ある。
それはなるべく長くチェリエ様が読めるように、という努力の跡だろう。
「待って、じゃあなんでチェリエ様はメリンダを呼んでいるの? 忘れられたんじゃないの?」
「そりゃーお嬢様、もう一度やり直したからですよー。自己紹介から初めて、また仲良くなったからですー」
メリンダはこともなげにそういって、朗らかに笑った。
「ねぇメリンダってばー……あれっ、おじちゃんたちだれー?」
「はじめまして。私はキールだよ。こっちはローゼリア、リアと呼んであげてくれ」
「うん、分かった。私はチェリエ! えっと、キールにリアね。チェリエは物覚えいいから、もう二人のお名前覚えちゃったっ!」
目の前の幼女はそういって屈託のない笑顔を覗かせた。
「でもどうしてチェリエ、こんなところにいるんだろ? 畑の仕事はいいのかなぁ?」
「チェリエは特別だからここに連れてこられたんだよ。これからは美味しいものを食べて、楽しいことだけして過ごしていればいいんだ」
キール様は不思議そうな顔をしているチェリエ様に、そう優しく告げた。
「ねぇおじ……キール。おとーさんとおかーさんも連れてきていーい?」
「それはちょっと……難しいんだ。なんといってもここは少し遠いからね」
そっかーとチェリエ様は悲しそうな顔をする。
目の端に涙を浮かべて、泣くのを我慢しているらしい。
「これが、毎回辛くてな」
小さな声でそう囁くキール様。
こんなことを一体何度繰り返しているんだろう。
「でも家族のみんなはチェリエが幸せになって欲しくて、ここに送りだしたんだ」
それを聞くとチェリエは目の端の涙をぐいと拭った。
「じゃあチェリエは笑ってないとねっ!」
「ああ、チェリエは良い子だな」
キール様はそういうとチェリエ様の頭を撫でる。
私をよく撫でてくれるのは、もしかしたらこれが理由なのかもね。
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