上 下
17 / 42
第2章

走り書き

しおりを挟む
 城に入ると、一目で高価であろうと分かるふわふわの赤い絨毯が敷かれている。
 その絨毯に沿うように、使用人たちであろう大勢の人たちが整列していた。

「長旅お疲れ様でございます」

 家令の方だろうか、どことなくシュバルトさんと似た雰囲気の男性が進み出てきてそういった。

「ありがとうございます。私はローゼリア=エヴァンスと申します」
「はい、旦那様の婚約者であると伺っております。私は使用人をまとめておりますバルティ=エルネスです」

 使用人を代表して挨拶してくれたロマンスグレーの男性は、あの執事さんと同じくらいの年齢だろうか。
 そういえばエルネスという家名には聞き覚えがある。

「エルネスというと、もしかしてシュバルトさんの?」

 私がそう聞くと、なぜか少し悲しそうな顔をしてから首肯をする。
 
「ええ。シュバルトは、そうですね……私のになります」
「そうなのですね、シュバルトさんには王都あちらで大変お世話になりました」
「それはそれは」
 
 バルティさんは満足そうな顔で微笑む。
 その笑顔を見ていると、やはりシュバルトさんと重なるものを感じた。
 
「ところでキール様はいらっしゃらないのですか?」
「旦那様は外せない用事で出ておられます」
「そう……ですか」

 分かってる、キール様は今お忙しいのだって。
 急に押しかけたのは自分なのだから仕方ない、そう自分に言い聞かせる。
 
「しかし本日の夜には戻られる予定ですのでご安心ください。旦那様からはぜひ夕食は一緒に、と言付かっております」
 
 良かった、夜になればキール様に会えるのだ。
 もう半年も会っていないような気分なのに、実際は出会ってからまだ二週間足らずなのが不思議で。
 まだお昼すぎなのに、早くも夕食の時間が楽しみになってきた。 
 私のこと、忘れていなければいいな。
 
「それでは、お部屋にご案内します。こちらへどうぞ」

 バルティさんの先導に従って、城の階段を登ろうと足を掛けたときだった。
 私の後ろに控えていたメリンダの手首が、横合いから伸びてきた腕に掴まれる。
 
「待ちなさい、メイドの貴女はこっち」
「おまっ……」

 お待ちください、そう口にしかけたところでメリンダが首を横に振った。
 今は口を出さないでくださいねー、そういっているかのような顔をしている。

「私はメイド長のペチュニアと申します」

 メリンダの手を掴んだ女性がずい、と前に進み出て名乗った。
 どうやら貫禄のある彼女はメイド長だったらしい。

「ローゼリア様のお気持ちも分かります。ですがメイドとして召し抱えられたのであれば、まずはこちらでの仕事を教えて差し上げなければなりません」
 
 確かにそれはその通りだった。
 男爵家うちではいつも私にべったりくっついていた。
 けれど新参者として入ったこの場所で同じことをしたら、無用なやっかみもあるかもしれない。
 そのことに思い至った私は、メイド長のペチュニアさんに頭を下げる。

「失礼しました。ではメリンダをよろしくお願いします」

 そしてメリンダにはまた後でね、というように軽く手を上げる。
 それを見たメイドは、口角を緩ませてからペチュニアさんに連れられていった。

 
「こちらが、ローゼリア様にしばらく過ごして頂くお部屋になります」

 案内されたのは城の三階にある部屋だった。
 室内は賓客をもてなすよう、綺麗に飾り付けられている。
 センスのよい家具や落ち着いた調度品は、成金のような華美た豪奢さとは違った優雅さ感じさせる。
 微かに感じる香りは窓際に飾られたフラッディマリーからだろう。

「それではなにか御用があれば、そちらの呼び鈴を鳴らして下さい。すぐに侍女が参ります」

 バルティさんは机に置かれた見事な意匠の入ったベルを指先で示した。
 
「侍女、ですか……」

 そうか、ベルを鳴らしてもメリンダがくるわけではないんだな。
 私はそんな当たり前のことを思って、ため息をついた。
 バルティさんはそんな私をおもんぱかるかのように口を開く。

「メリンダ、でしたか。彼女にはあとで顔を見せるように伝えておきましょう」
「はいっ! ありがとうございます」
「聞くところによると、彼女は幼いころから貴女の専属のメイドだったとか」

 誰から聞いたのだろうか。
 一瞬そう考えて、キール様にメリンダのことを話していたことを思い出した。
 
「はい、そうなんです。彼女に全部お願いしていたので側にいないと寂しくて」

 私は偽りならざる本心を打ち明けた。
 するとバルティさんは一瞬考えるような顔をした。
 けれどすぐに柔和にゅうわな顔になって。

「そうですか。ではこちらでもあなたの専属とできるよう、メイド長へ伝えておきます」
「いいんですか?」
「もちろんですとも。ただ備品の場所や城内の決まりなどを教えてからにはなりますが」

 良かった、こっちでもまたメリンダといられるんだ。
 そう思ったら不思議とそれだけで安心できた。

 
「それでは食事の時間になったらお呼びします」

 そういってバルティさんは部屋を出ていった。
 誰も居なくなった部屋で思わずベッドへ倒れ込みそうになる。
 天蓋付きのベッドは、旅に疲れた私を優しく包んでくれるだろう。
 けど、うっかり眠ってしまいそうだからやめておく。
 あとでメリンダに顔を出させるといっていたし、待っていないとね。

 柔らかいベッドの誘惑をなんとか振り払うと、ドアがノックされた。
 メリンダかも、と慌てて返事をする。

「どうです? コルヴィン城は」
「ピーター!」

 はじめての場所で緊張していたからか、メリンダではなかったけれど、見知った顔がそこにあったことに安堵した。

「荷物を持ってまいりました」
 
 そういって馬車に積んであった私の荷物を部屋に運びいれてくれる。

「ピーターはこれから王都に帰るの?」
「いえいえ。もともとこちらに住居があるもので」

 だからまた見掛けたら声でも掛けてくださいね、そういって荷物を運び終えたピーターは忙しそうに去っていく。
 一人になった部屋は静かで、物悲しい。
 そうだ、ピーターが持ってきてくれたかばんには刺繍道具が入っている。
 メリンダがくるまで刺繍をしていよう、そうしよう。

 それからどれくらい経っただろう。
 そろそろ食事の時間になるのでは?と思うほどには時間が経ったはず。
 ゼロからはじめた刺繍も、今では半分ほど出来上がっているほどで。

「メリンダ遅いなぁ……」

 そう思ってふと扉へ目をやった。

「あれ、なんだろう?」

 扉のそばに小さな紙が落ちていた。
 どうも扉の下にある隙間から差し込んだように見える。
 さっきまではなかったはずだけれど。
 近づいて拾いあげてみると、どうやら何かが書いてあるようだった。

「え、誰がこんなものを……?」

 私は思わず声を上げてしまった。
 だってその紙には走り書きのような字でこうあったから。
 
 ——ヘンキョウハク ニハ オオキナヒミツガアル

 辺境伯には……大きな秘密がある?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

初恋の幼馴染に再会しましたが、嫌われてしまったようなので、恋心を魔法で封印しようと思います【完結】

皇 翼
恋愛
「昔からそうだ。……お前を見ているとイライラする。俺はそんなお前が……嫌いだ」 幼馴染で私の初恋の彼――ゼルク=ディートヘルムから放たれたその言葉。元々彼から好かれているなんていう希望は捨てていたはずなのに、自分は彼の隣に居続けることが出来ないと分かっていた筈なのに、その言葉にこれ以上ない程の衝撃を受けている自分がいることに驚いた。 「な、によ……それ」 声が自然と震えるのが分かる。目頭も火が出そうなくらいに熱くて、今にも泣き出してしまいそうだ。でも絶対に泣きたくなんてない。それは私の意地もあるし、なによりもここで泣いたら、自分が今まで貫いてきたものが崩れてしまいそうで……。だから言ってしまった。 「私だって貴方なんて、――――嫌いよ。大っ嫌い」 ****** 以前この作品を書いていましたが、更新しない内に展開が自分で納得できなくなったため、大幅に内容を変えています。 タイトルの回収までは時間がかかります。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

婚約破棄された令嬢は、実は隣国のお姫様でした。

光子
恋愛
貴族の縦社会が厳しいここ、へーナッツ国。 「俺は、カナリア=ライネラールとの婚約を破棄し、ここにいるメアリー=マイカーンを、俺の新しい婚約者とすることを宣言する!」 貴族のご子息、ご令嬢が通う学園の卒業式前夜。 婚約者である公爵家ご子息から、全校生徒、教師の前で、突然、婚約破棄を告げられた私。  男爵令嬢より1つ身分の高いだけの子爵令嬢の私は、公爵子息に突然告げられた婚約破棄に従う他無く、婚約破棄を了承した。  公爵家に睨まれた我が家は針のむしろになり、没落に追い込まれ、家族からも、没落したのは私のせいだ!と非難され、一生、肩身の狭い思いをしながら、誰からも愛されず生きて行く事になったーーー ーーーな訳ありませんわ。 あんな馬鹿な公爵子息と、頭の悪そうな男爵令嬢なんかに、良い様に扱われてたまるものですか。 本当にただの子爵令嬢なら、そういった未来が待っていたのかもしれませんが、お生憎様。 私は、貴方がたなんかが太刀打ち出来る相手ではございませんの。 私が男爵令嬢を虐めていた? もし本当に虐めていたとして、何になるのです? 私は、この世界で、最大の力を持つ国の、第1皇女なのですから。 不定期更新です。 設定はゆるめとなっております。 よろしくお願いします。

私と離婚して、貴方が王太子のままでいれるとでも?

光子
恋愛
「お前なんかと結婚したことが俺様の人生の最大の汚点だ!」 ――それはこちらの台詞ですけど? グレゴリー国の第一王子であり、現王太子であるアシュレイ殿下。そんなお方が、私の夫。そして私は彼の妻で王太子妃。 アシュレイ殿下の母君……第一王妃様に頼み込まれ、この男と結婚して丁度一年目の結婚記念日。まさかこんな仕打ちを受けるとは思っていませんでした。 「クイナが俺様の子を妊娠したんだ。しかも、男の子だ!グレゴリー王家の跡継ぎを宿したんだ!これでお前は用なしだ!さっさとこの王城から出て行け!」 夫の隣には、見知らぬ若い女の姿。 舐めてんの?誰のおかげで王太子になれたか分かっていないのね。 追い出せるものなら追い出してみれば? 国の頭脳、国を支えている支柱である私を追い出せるものなら――どうぞお好きになさって下さい。 どんな手を使っても……貴方なんかを王太子のままにはいさせませんよ。 不定期更新。 この作品は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

処理中です...