所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか

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第1章

紅の瞳が射抜く夜

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「こ、婚約者候補っ?」

 思わず出てしまった声をごまかすため慌てて口に手を当てる。
 それにしても一体どういう意味……いや、そのままの意味か。
 この集まりは元からただの夜会なんかじゃなかったのだろう。

 ——お父様の嘘つき。

 これはきっとお見合いみたいなもの、いやそんな対等なものじゃない。
 辺境伯様が気に入った令嬢を指さすだけでそれが誰であったとしても、もう決まったようなものなのだから。
 つまりこれは娼館でお気に入りの子を指名するような行為とそう変わらない。
 この夜会のようなものもきっと辺境伯様の気まぐれで開催されたのだろう。
 あまりに急だったことも併せて考えれば納得がいく。
 こんなある意味では適当に集めたような令嬢の中から侯爵様と同等以上の格を持つ辺境伯様の婚約者を決める?

「そんなわけないでしょ……」

 まぁそもそも最初からそんな気がない、というより諦めている私にはどのみち関係のない話だけれど。
 壁の花に目をかけて、愛でたいと思う人なんていないのだから。
 それにしても”辺境伯様の婚約者”という響きだけで色めき立つ令嬢たちはなんだかとても滑稽に見えた。
 まるで下手な喜劇を鑑賞しているような気分になって。

「くすっ」

 思わず笑い声を漏らしてしまった。
 それは私の中の闇を含んだ笑いだった。
 いつも年増と馬鹿にしてくるあの子や、わざと足を踏んでくるあの子が。
 真っ直ぐに悪意を向けてくるミザリィや、他人に興味のないふりをすることで傷つかないように自衛している自分が。
 なんだか哀れで、切なくて、それでいて可愛らしくて、笑えた。

「うふふ。ほんと可笑しい」

 ——その瞬間だった。

 ホール内にある全てのランプが消え、辺りは暗闇に包まれた。
 悲鳴のような声が上がり、どこかでグラスを落とした音がカランと響く。

「キャー!」
「な、何が起こったの?」

 ホール内のざわめきが大きくなっていく中で、私も焦りながらなんとか壁まで辿り着こうとする。
 暗闇を掻くように手を伸ばして……。

「えっ?」
 
 戸惑いの声をあげたのは、伸ばした手を誰かに握られたからだ。
 控えめに握られた手袋越しのその手からは温もりを感じなかった。
 けれど大きくて、ゴツゴツしているその手に不思議と安心感を覚える。

「……に決めた」

 耳元に聞き覚えのないささやき声が届く。

「っ!?」

 慌てて離れようとするも、その手は私を離さない。
 どうしようかとおろおろしているとようやくホールのランプに光が灯る。
 じわりとホールを照らすランプの光は、先程までにはなかった光景を映し出した。

「はじめまして、ご令嬢」
「は、はじめまして……?」

 彼に握られた手を軽く振ることで、もう手を離しても大丈夫なことを伝える。
 けれど彼は私の手をなおも愛おしそうに握りなおすと、おもむろに膝をついた。

 それから手の甲にくちづけを——。

「あっ……」

 変な声が出てしまった恥ずかしさと、わずかな興奮からか顔が紅潮していくのを感じる。

「あの、えっと……?」
「ああ、すまない。自己紹介がまだだったな。私はキール。キール=ヴァンティエルだ」
「ヴ、ヴァン……へ、辺境伯閣下っ!?」

 慌てて背筋を伸ばす私を辺境伯様が手で制した。
 柔らかい微笑みをたたえ、私を見つめるその瞳からなぜだか目が離せない。

 ——美しい人。

 まず頭に浮かんだのがそれだった。
 線の細い体に、どこか憂いを帯びた紅い瞳。
 梳かしこんだサラサラの髪は吸い込まれそうなほど黒い。
 この世界において黒髪は不吉の象徴といわれることもあるけれど、目の前の辺境伯様のそれは不思議と美しく見えた。

「こほんっ」

 私が見惚れているとわざとらしい咳払いが聞こえ、辺境伯様はふと視線をそちらへ向ける。

「辺境伯閣下、ご機嫌麗しゅう。私はシェリングフォード伯爵家のミザリィと申します」
「ああ」

 辺境伯様はぶっきらぼうにそういうとすぐに視線を私へと戻す。
 まるで他のものは目にいれる必要もない、とでもいうように。
 ミザリィはそんな辺境伯様へ縋るように食い下がる。

「閣下、少しお話よろしいですか?」
「なんだ?」

 先ほどとは違いミザリィを一瞥いちべつすらしない辺境伯様。
 私がこの対応をされたら引き下がるどころか泣いてしまうかもしれない。
 けれどミザリィは折れなかった。

「失礼ですが、この催しは閣下の婚約者候補を決めるものだと聞き及んでおります」
「ああ。それがどうした?」
「集まったものは皆、辺境伯閣下との会話を楽しみにして参りました。ですのでそこの壁の花は捨て置いて私たちとお話をいたしませんか? ほら、あなたも手を離しなさいな」

 ミザリィは心底憎いといった顔で私に悪態をつく。
 けれど、そもそも私から握っているわけではないのでどうしようもない。

「壁の花、だと?」
「ええ。そちらの娘はどの夜会においても誰とも話さず、ダンスも踊らない壁の花として有名なのです。ですのでそんな者よりも——」

 辺境伯様の握った手に力が込められるのを感じる。
 それはまるで私を守っているようで……。

「ええと、君は……すまない、名を聞いていなかったようだ」
「ああっ、し、紹介が遅れすみませんっ! 私はエヴァンス・ローゼリアといいます」
「そうか。ローゼリア、よかったら一曲踊ってくれるか?」
 
 そう問われ、私は返事に詰まった。
 貴族の嗜みとしてのダンスはもちろん習ったことくらいはある。
 けれど実践したことはないからだ。
 私にできるだろうか、そんな迷いはもちろんある。
 でも、私をダンスに誘ってくれたこの人が断られないかと不安そうな顔で尋ねてくるから。
 だから笑って、こう答えなくちゃ。

「はい、喜んで」

 ふと見ると、ミザリィが唖然とした顔をしていた。
 顎が外れてしまったかのように口を開きっぱなしにしている様は、まるで「唖然」という言葉のお手本にできそうな顔だ。
 辺境伯様からの誘いは、きっと他の令嬢からバカにされている私を憐れんでのことだろう。
 だから何曲踊ったところで私が婚約者に選ばれるなんてことはない。
 けれど最初のダンスに選ばれたというのは誉れだし、いつも悪態をついてくる他の令嬢への溜飲も少しは下がるというものだ。

「よかった。さぁ、おいで」

 辺境伯様はまるで安心した子供のような顔で微笑み、ゆっくりと私の手を引いた。
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