都市の便利屋

ダンテ

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第1章 受け容れない

三件目 便利屋の世界

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 人類統合歴1652年4月7日
 第8工業都市ナハツシュタット 居住プラント
 時刻:7p.m.

 便利屋を語り部として、少女の生きる時代とは違う、便利屋の生まれた時代とそこに至るまでの物語が紡がれる。

 「貴女のいた時代の暦、西暦は12000年代まで続きました」

 「12000年……?私がいたのが2021年だったから、1万年も続いたんだ……」

 「西暦の末期に“異形生物”という生物兵器が作られました。その際に人類文明は一度崩壊の瀬戸際に立ったと言われています」

 「文明を崩壊寸前まで追い込んだ異形生物……。例えばどんなものが作られたんですか?」

 「作られたものは銃火器のような無機物と体の細胞を繋ぎ合わせたタイプから、既存の種同士を組み合わせたタイプまで多岐に渡ります」
 
 「私の知ってるSF作品が現実になったみたい……」

 自分の知る時代とはかけ離れた世界に少女はそんな感想をこぼす。

 「そして、人類文明が崩壊の危機から立ち上がった時に人類統合歴が制定。その際に全ての国は人類政府として統合されたといわれています」

 彼女の時代では創作物でしかありえなかった現実に、少女は言葉を失った。

 「すぐには受け入れられないと思います。それでも、受け入れるしかないんです。一度その現実をあるがままに見て、ほんの一瞬でも目を離さないこと。そうすれば、現実の絶え間ない変化から生まれる小さな希望も見逃さずに済みます」

 「希望を見逃さない……」

 その言葉を聞いて少女は少しの間考え込む。

 自分のいた場所とは似ても似つかない世界。そんな世界から故郷に帰りたいと思うのは当然のこと。彼が言った“希望”に、藁にも縋るように問う。
 
 「……じゃあ、これが最後の質問です。グレンさんは私が依頼すれば、元の時代に帰る方法を一緒に探してくれますか?」

 契約において嘘を言っていた依頼人は、十中八九自分を利用した後はすぐに始末するつもりだったのだろう。それならば、先の依頼を“相手の報酬支払い能力がないもの”として破棄し、彼女の依頼を受けた方が幾分かはマシに思える。そこまで考えて便利屋は言う。

 「私は便利屋です。明確な報酬を提示されればどんな依頼でも受けます。……その依頼にどれ程の困難が予想されようとも」

 「本当にいいんですか!?……その、私。自分から言っておいてなんですが、お金持ってないんですよ?」

 窮屈な檻に放り込まれた雛鳥はそんな言葉をこぼした。それに対して一度飛ぶことを諦めてしまった烏は、恰も自らの翼を渡すかのような、そんな提案をする。

 「報酬とは何も、お金だけを指すわけではありません。私が貴女と共にその方法を探している間、貴女には私の……便利屋の助手をして頂くというのも、私にとっては報酬になります」

 「便利屋の助手……?」

 「はい。助手という形でしたら、私も普段の仕事で助かりますし、貴女もいつ達成できるか分からない目的のために、多額のお金を支払うこともありません。それに助手として働いてくれるのなら、貴女がある程度自由に使えるお金も手に入ります」

 「自由に使えるお金……」

 「はい。そのお金と便利屋の助手として働いた経験があれば、元の時代に帰ることを諦めても、一応生きていくことは出来ます。そういった意味でもこちらの方が良いでしょうね」

 「……どうしてそこまで?」

 理恵にとっては願ってもない話だ。都合が良すぎるとも思える。

 「私を拾ってくれた人が言っていたんです。“これからお前は、生きるために多くの人を傷つけることになる。それでも人に優しくする心は忘れてはいけないよ。お前が誰かに優しくすることが、傷つけてしまった人たちへの贖罪となるかもしれないから”と。きっと、今がそうする時なんです」

 嘘は含まれていなかった。

 それを聞いた後、理恵は自身の状況を鑑みる。知らない場所で、帰り道すら分からない。頼れる人などいない。そんな時に差し伸べられた手。罪滅ぼしという身勝手な理由からだとしても、彼女にはその手を振り払うに値する理由も代案もなかった。

 「それじゃ―」

 そうして彼女は口にする。進み過ぎた時計の針を―

 「―これからお世話になります。グレンさん」

 ―巻き戻す言葉を。

 「それでは契約成立ですね。これからは共に依頼を遂行していくうえで、貴女を元の時代へと帰す方法を探すことになります。これからよろしくお願いします。リエさん」

 そう言って便利屋は手を差し出す。その表情に、社交辞令ではない本物の笑みを湛えて。

 「はい!よろしくお願いします。グレンさん」

 理恵もそれに対して、笑顔で応えた。

 「それと、敬語は要りませんよ」

 「そう……なの?それならグレンさんも敬語要らないよ」

 「……私はこれが素ですから、お気遣いなさらず」

 一瞬グレンの表情に影が差すが、すぐにそれは鳴りを潜め、理恵が気付くことはなかった。

 「それなら、せめて私のことは“理恵”って呼んでほしいな。今のグレンさん、すごく他人行儀だよ」

 「……わかりました。“リエ”」

 グレンは食事を終えた後、明日の午前10時にかつての依頼人を問い詰めに行く旨と、便利屋の主な業務内容を話す。そして、その時に必要になるであろう武器も渡しておく。

 「……あの、グレンさん?これって銃……だよね?」

 「はい。そうです」

 「必要なのは……頭では分かってるんだけど、本当に持たないと駄目なの?」

 「自衛のためにも持っておかないと駄目です。……ああ、別に“それ”を持っているからといって、必ずしも人殺し関係の依頼をしなければいけない、というわけではありません。安心してください」

 理恵は渡された銃に視線を落とす。見た所はハンドガンだ。だが、想像していたそれよりも非常に軽い。グレン曰く強化鉄に軽量化の加工を施したもの、だそうだ。強化プラスチックと同等の重さを維持しながら、その強度を上げた優れものだ。この時代ではよくあるものだが……。
 
 「銃って、持つのに免許とか特別な許可とか必要なんじゃなかったっけ?少なくとも、私の時代じゃ一般の人が持つのは駄目だったと思うんだけど……」

 「ええ、この時代でもその種の免許は必要ですが、今の私たちのような関係であれば、さほど問題にはなりません」

 それに私の市民番号なら大抵の身勝手は許されますし、とグレンは小さく呟く。

 「それと、これも渡しておきます」

 そう言ってグレンは白い六角形の機械を理恵に渡す。それは中学生の理恵の手のひらに収まる程度に小さかったが、それはまさしく人類が長年をかけて作り出した技術の結晶だった。

 「それは高エネルギー式のバリアです。中心のボタンを押すことで球形のバリアを張ることができます。戦闘が起こったら、すぐに使用してください」

 「……これがあるならハンドガンなんて要らないんじゃ?」

 「防御だけでは敵を倒せないでしょう?いつでも私が貴女の傍で戦えるとは限りません。私がいないときに襲われたら、バリアだけでやり過ごすんですか?」

 そう言われてしまったら、理恵には何も言い返せない。

 「……ただ、リエのその人を傷つけたくないという想いは大切にしてください。人を殺すことは……心に深い傷を残しますから」

 理恵はその言葉の持つ重みにただ頷くことしかできなかった。
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