都市の便利屋

ダンテ

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第1章 受け容れない

二件目 便利屋と少女

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 日時:人類統合歴1652年4月7日
 場所:中央大都市直属第8工業都市 ナハツシュタット 最下層
 時刻6 p.m.

 契約を結んだグレンはその後、対象者がいる可能性の高い場所を端末にリストアップしていく。そしてその過程で、工業プラント、食糧プラント、発電プラントの三つを除外していく。それらの区画はそこで働く従業員や管理職、運送会社の職員やなど、限られた人物しかそこに入ることが出来ないからだ。依頼人の話では、行方不明の原因がだったことからも、候補から外すのは当然だろう。……もっとも依頼人がをついていなければの話だが。

 彼は相手の話す〈嘘〉が分かる。そして、今回の依頼人もまた嘘をついていた。その事実は分かっても、彼はどの部分が嘘なのか断定出来ずにいた。

 あらかたの目星をつけた後、多くの犯罪組織が居を構える最下層へと足を運んでいった。

 ―1時間後―

 グレンは幾つかの犯罪組織をしていった。その中には〈土の中の小人〉も含まれていた。だが、案の定と言うべきか。少女を見つけることはできなかった。はなから上手くいくとは思っていなかった。この後数時間は時間を費やすであろうことを見越して、携行していた完全食を手に持つ。蓋を開けて中身を飲み込もうと思った時、声がかかる。恐る恐るといった雰囲気だった。

 「あの、お姉さんが持ってるそれ、食べ物ですか?後でお礼はするので、少しだけでも分けてくれませんか?」

 声のした方へ視線を向けると一人の少女がいた。〈学校〉という場所の制服に、ダークブラウンのストレートハーフアップという髪型。その特徴的な姿は写真に映る少女と同じだった。女性扱いされたことは一旦置いておき、彼は少女から手渡された会話のキャッチボールを返す。

 「お腹が空いているんですか?でしたら、私の家に来ませんか?この辺りはお嬢さんが歩くには危ないですし、私の家であれば食べ物も多いですよ」

 愛想笑いを浮かべながらそのような提案をするグレンに、打てば響くとでも言うように返事が返ってきた。

 「いいんですか!?ありがとうございます!あっ私は理恵。時崎理恵といいます。“理恵”って呼んでください」

 「私はグレンです。“グレン”で構いません」

 自宅に少女を連れて行く途中、依頼人に電話を掛ける。電話に出られないようならメールを送ろうかと考えたが、その心配は杞憂に終る。

 「はい、もしもし。第2研究都市荷識町の時間課所属ケイです。どちら様でしょうか」

 「もしもし。お世話になっております。グレンです。対象者〈リエ•トキザキ〉を保護しました。」

 「本当ですか!素早いお仕事、流石でございます。所で彼女の引き渡しは……」

 「本日は既に時間も遅く、本人も疲労が溜まっているように見えます。明日の午前10時頃に、談話広場の前に待ち合わせでもよろしいでしょうか」

 「そうですね。その方が良いでしょう。それでよろしくお願いします」

 どこか慇懃無礼いんぎんぶれいな態度を感じたが、気にしないことにした。

 グレンの家につき、食事として出された完全食を、怪訝そうな表情で少しだけ飲んだ理恵はこう言った。シュールストレミングを腐敗させて、そこにさらにワームをすり潰して混ぜたような味がする、と。

 理恵は完全食を一口だけ飲んだあと、全く口をつけていなかった。それを見かねて物資販売所でヴルストとブロット、ザワークラウトを買って食べさせる。安くない買い物だったが、救護対象者の意に沿うよう行動しなければならないため、そうするしかなかった。

 「“いただきます”。……美味しい……。」

 「それは良かったです」

 「あの、グレンさんにいくつか聞きたいことがあるんですけど良いですか?」

 食事を続けながら少女が問いかける。

 「ええ、構いませんよ。あと、先程はいい忘れましたが、私は“お姉さん”ではなく“お兄さん”ですからね」

 「えっ!?お兄さん……男性なんですか!?……えっじゃあ私……」

 「言っておきますが、変なことはしませんよ。貴女をご家族のもとへと帰すのが、私の役目ですから」

 「……家に連れて行ってくれるんですか?」

 不安と期待が入り混じったその目を見据え、彼は頷いた。

 「……そうなんですね。ありがとうございます。あ、そうだ。えっと聞きたいことっていうのは……その」

 とたんに言葉が詰まる。

 「ここがどこなのか教えてほしいんです。“日本”にはこんなスチームパンクな町、なかったと思うんですけど」

 「……?ニホン?ここは第8工業都市ナハト。ナハツシュタットとも呼ばれています。そのニホンというのは貴女の故郷なんですか?」

 「はい、日本は私がいた国なんです。ナハツシュタットという町は聞いたことないですね」

 (ありえない。何かしらの教育を受けているなら、すべての都市の名前は教わるはず。それにニホンというのは……)

 「貴女のいうニホンですが、人類統合歴元年になくなりましたよ」

 「えっ?人類統合歴?西暦じゃないんですか?」
 
 そこまで聞いたとき、グレンの脳内でパズルが組み上がる。時間、機械、千年以上前になくなった国、研究者。これらのピースを組み合わせた言葉をグレンは口に出す。

 「今は人類統合歴1652年です。西暦は今の暦の前に使われていたものですね。……受け入れ難いことだと思いますが、貴女は過去から時間を越えて来たんでしょう」

 「……あ、あはは。グレンさん、SF映画とかの見すぎじゃないですか?そんなタイムスリップなんて―」

 「“あるわけない”。その考え自体が、私からすれば前時代的なんです。今の技術であれば、時間の流れを速くすることも、遅くすることもできます。この部屋のように閉じられた空間なら、時間を止めることだってできます。」

 「……。」

 信じられないという表情でその言葉を受け止める少女に対して、彼はさらに続ける。

 「それに最近では、過去或いは未来から〈モノ〉を取ってくる研究が実験段階に入ったと聞きました。……もしも、貴女がその実験成功の証拠だとしたら?」

 そこまでグレンが言葉を紡いだ後、少女はポツリと声を漏らす。

 「……じゃあ、あの人達が私を未来に連れてきたったこと?」

 一拍おいて少女は問う。

 「あの、グレンさんに私を探してほしいと言ってきた人って誰なんですか?私の家族は……この街にはいないと思いますし……」

 グレンは契約内容に依頼者情報の守秘義務がないことを確認したうえで答える。

 「ケイという方です」

 「っ!その人、眼鏡をかけてて、―こういった特徴の見た目でしたか?」

 「ええ、そうです」

 「その人、この場所に来たばかりの私を見て“実験は成功だ”って言ってた人です……」
 
 「……おそらくその実験は先程話した時間関係のものでしょうね」

 依頼人ケイへの疑いがさらに深くなった所で、グレンは次の質問を促す。

 「……他に聞きたいことは?」

 「じゃあ……次はこの世界について話してくれませんか?」

 グレンはこれまでの会話から、目の前の少女がこの時代の人物ではないことを確信していた。今更そのような質問を怪訝に思うこともない。

 「わかりました。私が知っている範囲でお話しましょう」
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