上 下
6 / 11

6  雇われ外国人がミャンマーで起こした反乱 ​

しおりを挟む

ミャンマー国内にあるラカインの港湾都市国家、シリアム(ヤンゴン)の副知事、センチョウが王宮に帰ってきた。
センチョウは又兵衛にラカインの首都ミャウーへいけといい、ダンマ王に手紙を書いてくれた男だ。
陸路をやってきたセンチョウの衣服は泥にまみれ、髭は伸び放題だった。家来もつれていない。

又兵衛は王宮の護衛隊長として、王の間の入り口で任務についていた。役人に案内されず、センチョウ一人で王宮の廻廊かいろうをやってきたら、何者かと立ちはだかっていただろう。
威厳いげんをたもち、長く伸ばしていた顎鬚あごひげは、ところどころ団子状に固まっていた。野宿をしたのである。
そのまま衣服を着替えもせず、王宮にあがってきたのだ。
異臭とともに、全身からただならぬ気配を発していた。たったいま、地獄絵図の世界から抜け出してきたように焦点の定まっていない双眸そうぼうだった。

数年前──。
あまりにも無能なミャンマーの王に、国家滅亡の危機感を抱き、王の従兄弟のナッシンが反乱をおこした。
そのとき、自分の軍事的力量不足を補うため、ラカイン国のミンヤザ王に援軍を要請した。
要請に応えたラカイン軍は、ナッシンの軍とともに戦い、見事勝利した。

ナッシンはミャンマーの新王となり、ラカインのミンヤザ王は、ミャンマーの港湾都市、シリアムを管轄地とした。
ラカイン側は、ポルトガル人の傭兵ようへい隊長、デ・ブリトを知事に、お目付け役のラカイン人、センチョウを副知事に任命した。デ・ブリトはラカインのお雇い兵として功績をあげた人物だった。

シリアムの知事となったポルトガル人のデ・ブリトは、意欲的に任務をこなした。
住民を仏教徒からキリスト教に改宗させ、砦を築き、港を整備し、シリアムを下ミャンマー一番の商業中心地に変貌へんぼうさせた。
シリアムは、新ミャンマー王、ナッシンが住むミャンマーの都、タウングーをもしのぐ繁栄ぶりを示した。
高山国へむかうはずの又兵衛たちサムライの一行がシリアムに寄ったのは、ちょうどそんな時期であった。

デ・ブリトには野心があった。
港湾都市の繁栄を見届けると、密かにインドのゴアに赴いた。
そこでポルトガル総督そうとくに面会し、シリアムをポルトガルの属国として認めさせたのである。
ようするに、知事として任されラカイン国の飛び地の都市を、勝手にポルトガル領にしてしまったのである。
デ・ブリトはポルトガルの総督の娘を妻にし、譲り受けた軍艦六隻と三千人の兵士とともに、シリアムに舞いもどった。
副知事のセンチョウは、デ・ブリトの意図におどろいた。
邪魔者となったセンチョウは、追っ手から逃れ、命からがらシリアムを脱出した。

ミャンマーのナッシン王からも、ラカイン国に使者が届いた。
ミャンマー王からしてみれば、同盟を結んだラカイン国に割譲かつじょうした都市が強力な軍隊をもち、かつ外国人が支配する敵国としていきなり出現したのである。おどろかない訳がない。
しかもデ・ブリトは、海側を中心にミャンマーの下半分を自分の領土にする、とまで宣言したのだ。


ラカインの王は、ミンヤザ王の王子、ダンマ王である。
王の間に、主だった家来や各大臣たちが集まった。
王を中心に複数の人間が集まるときは、もしものときを考え、又兵衛たち護衛隊の何人かがその部屋に入る。王の背後からすこしはなれた場所で全体を警護する。
このときはいざというときのために、十五歩はなれる規則はない。だから議論を耳にすることができた。

「裏切り者は許せぬ」
中央のダンマ王が一堂を見回した。
父親のあとを継いだ王は、当然、激昂げっこうした。
集まった各大臣もそれぞれに興奮し、顔を赤くしている。
「われわれは計られた」
「シリアムのパゴダを破壊したとき、やつが稼ぎだす莫大な税金などを考慮せず、追い出すべきだった」
ミャウーの王宮の大臣たちは、デ・ブリトの経済的な手腕に目を見張り、パゴダの破壊や白人の人種的偏見を黙認してしまった。

「やつは、はじめからシリアムを自分の国にしようと狙っていたのか」
逃げ帰った副知事のセンチョウに、大臣の一人が問う。
センチョウは、ひげを整え、いまは清潔な衣服をまとっている。
「たぶんそうだ。だれにも気づかれないように」
センチョウは、その目にまだ驚愕きょうがくの色をたたえていた。
「やつの兵力はどのくらいある」
王が玉座から上半身を乗りだす。
「主に、シリアムの地域に住むモン族が三万から五万、ポルトガル兵が千、それにゴアからきたインド兵が二千でございます」

シリアムはもともとミャンマー人たちの土地ではない。
そこには古くからモン族が住んでいた。だからモン族には、ミャンマー族に反発する気風があった。デ・ブリトは巧みにそれを利用したのである。
仏教を捨てたモン族は、以降も多くがキリスト教徒となった。

ラカインに使者を派遣したミャンマーのナッシン王は、次のように述べていた。
『デ・ブリトはわがミャンマーにも攻め入るつもりでいる。今回もラカイン国と共に戦うことを望みます。わが領土を異教徒の外国人が支配するなど、断じて許されない』
デ・ブリトは自分たちをうまくだまし、シリアムを手に入れたつもりだろうが、そうはいくかとダンマ王も肩を怒らせた。
「海軍大臣、陸軍大臣、いつ出撃できる」
「いつでも出撃できます」
二人が声をそろえた。目をかけてやったデ・ブリトの裏切りに、ラカインの大臣全員一致で腹を立てていた。
このころのポルトガル人は、東南アジアで傍若無人で暴れ回っていた。デ・ブリトもその風潮に乗ったのである。

ラカイン王国は、首都のムラウーを中心に三十県余を統治する軍事国家だった。
海軍はミャウーの貿易港のすぐ隣に基地を置き、ベンガル湾に面した支配地域を巡回すると同時に、いつでも出撃できる体勢を整えていた。
また、海と反対側の内陸は、異民族が暮らす多くの国々と接していたので、陸軍も油断なく、常に戦えるよう準備をおこたっていなかった。
「我が軍とミャンマー軍で、シリアムを挟み撃ちにしてくれよう。デ・ブリトめ、一日ともつまい」

王や大臣の背後に控えていた護衛兵のサムライたちは、心密かに懸念けねんした。
サムライたちは戦争のない国にやってきたつもりだ。だが、いかにも雲行きが怪しい。
王が戦いに参加すれば、王の身辺警護のため、自分たちも戦地におもむくことになる。それは参戦と同じだ。

デ・ブリトのシリアムは、戦争になれば、ミャンマー軍と強力な海軍力を誇るラカイン軍との挟み撃ちになる。だから砦を堅牢けんろうに築き、長期籠城ろうじょうが可能のように備えていたのだ。
さらに、ポルトガル総督から三千人の兵士を譲り受け、ミャンマーやラカイン軍にはない最新の大砲などで装備しているだろう。

しかし、又兵衛が自分の考えを具申ぐしんする場はない。
サムライたちは王の護衛兵として、ムラウーに土地を提供され、住居を許されているだけなのだ。
自給自足と貿易でいくらか豊かになったとしても、任務はあくまでも王の護衛だ。
もう戦争はこりごりだという気持ちとともに、参戦する王についていき、デ・ブリトとがどんな戦い方をするの男なのかを見てみたい、という興味もあった。

ミャンマーは地続きの隣国をいくつも抱えている。そして隣国同士、常に侵略したり、されたりの戦いを繰り返してきた。
今回の件で、たとえデ・ブリトが戦争に勝利したとしても、多くの隣国と協定を結ばなければならない。そのためには圧倒的な軍事力を保ち、さらに近隣の国々に利益をもたらす貿易港としてシリアムを確立させていかなければならかった。

「各人、出陣に備えよ。五日後に第一陣、出発」
王の声が聞こえた。
大臣たちはマントをひるがえし、あわただしく王室を出ていった。
彼らはそれぞれに自分の軍隊をもつ軍人であり、それぞれの地域の王でもあった。

又兵衛の警護隊にも、総務大臣のジッタから王とともに戦場に赴く命令がでた。
ミャウーにいたポルトガル人の傭兵ようへいとポルトガル人町に住むポルトガル人は、囚われの身となった。
港に停泊しているポルトガル船は、ラカイン国に接収された。


どこにいたのかと思えるように、兵たちが湧き出た。
みんなよろいをつけ、刀をさげている。
考えてみれば、王宮の背後に広がる町には、大勢の人々が暮らしていたのだ。
兵は港に浮かぶ軍艦に乗り込む者と、王宮の裏にある陸軍広場にむかう者とに別れた。
陸軍広場では、ダンマ王の王子である二十歳のウバイが、総指官として体制を整えていた。

王子のウバイは陸路を横断し、ミャンマーを縦に流れるミャンマー最大のエヤワデー川までいく。そこから川をくだる計画である。
王子は、ラカイン王国軍の第一陣を任されていたのだ。
ダンマ王も、早々に王宮から港の旗艦船きかんせんに乗り組んだ。
ダンマ王は自慢の海軍船団を率い、ベンガルの海沿いにシリアムにむかう。
王に付き添い、又兵衛たちも旗艦船に乗りこんだ。

サムライたちは久しぶりに、胸と腹をおおう胴丸どうまる鎖帷子くさりかたびらを着けた。
情報収集をおこなうため、五人を一時的にシリアムでの物見の任務につかせた。王室管理責任者から王に伝え、許可を得ての行為である。
「お頭様、なんだか、戦争が懐かしいような妙な気分です」
副隊長の次郎吉が又兵衛に心境を告げる。
「ラカイン人は勇猛果敢ゆううもうかかんと聞いたが、どんな戦い方をするのか見たいですな」
歴戦の戦士たちには、余裕のようなものが感じられた。
「見ものではあるが、もしラカイン軍が負けたらわれわれも滅ぶのだぞ。いざとなったときには、一緒に戦う覚悟をしておけ」

ダンマ王が乗り組む旗艦船は、使者や訪問者で混雑した。
船の中央、王の部屋を又兵衛たち護衛兵が取り囲む。
王室の外であるから警備はいっそう厳重でなければならない。
又兵衛たちの外側を、さらに近衛隊が固めている。

ラカインの都、ムラウー全体が自分たちの巣を攻撃された蜂のごとく、うなりをあげてうごめいた。
各地で徴用された兵隊たちが引率者を先頭に、停泊中の船に乗り込んでくる。ラカインは軍事大国でもあったので、いざというときの指令が全国に行き届いていたのだ。
ただしラカイン軍は、国内の治安と他国の警戒のためであり、他地域への侵略に関心を持っていなかった。

軍港には、いつのまにか三十隻の軍艦が集合していた。
艦はすべてポルトガル船と同じ西洋型である。二本の帆柱が立ち、最大五百人が乗れる積量だ。大砲は各船六門、艦隊全体では百十八門になる。
堂々たる艦隊である。商用の外航船も貨物船として徴用されて、又兵衛の持ち船も食料を満載し、兵站船として待機させられた。

ラカインは、海軍力を誇示していた。
ムラウーの胎動たいどうしづまると同時に、港の各戦艦が川をさかのぼり、ベンガル湾を目指した。
空砲を轟かせながらの三十隻の艦隊の雄姿は、壮観である。

その気ならばアユタヤ(タイ)であろうと、ジャワ(インドネシア)であろうと支配できたであろう。
ダンマ王と四十人のサムライたちが乗る旗艦船は、前後二隻の艦に守まれながらカラダン川を下る。
すでに王子のウバイの軍は数万の兵をつれ、陸路をシリアムにむかっていた。
兵隊が出発したとき、首都、ムラウーの空が、行進する陸軍の土埃つちぼこりで茶色に染まった。

船団が川を下ると、すぐに緑の平野が目に飛込んできた。
田んぼでは年に二回米が穫れる。季節は、年末に少し寒くなるくらいで、年中夏である。衣服は不要だ。
家も、台風などめったにこないので、粗末な造りで十分だ。贅沢を考えなければ、自然のなかで寝て暮らしていける。
緑の平野の所々に木々が茂り、家が固まっている。
のんびりした風景だ。女性や子供の姿が目につく。
この参戦で徴用されたからだろう。若い男の姿が見られない。

又兵衛は、朝の食卓でのマリとの会話を思いだした。
「せんそうってなに?」
父親の又兵衛が戦争にいくのだと聞いて、マリが茶碗と箸を置いた。
おかしいくらい真剣な顔だった。
「大勢の人と人が戦うことだ」
「なぜたたかうの?」
「戦わないと、自分が殺されてしまうからだ」
「いきるためにたたかうの?」
「そうだ。生きるために、戦わなければならない

「サムライはずっとたたかってきたの?」
「そうだ」
「よのなか、ながいあいだそういうふうなの?」
「力のある者が、もっと力を大きくしようとしたり、ほかの人の財産を奪おうとしたり、理由はいろいろだ。だから、襲われないように力をたくわえ、もしものときのために戦う用意をしておくのだ」

「わたしもたたかいます、おとうさん。けんじゅつをおしえてください」
「マリ、あなたは女の子ですよ」
妻のサディがたしなめた。
「サムライの女の子は、剣術はしませんよ」
「でもいいよ。戦争から帰ってきたら剣術をおしえる。マリは特別だ」
わーとマリが声をあげ、廊下に飛びだした。
どどどどっと廊下を走る足音。

昼間、明るいところでは普通の目だが、暗いところでは赤く輝く。
妻のサディは、いつか自分たちの望みを叶えてくれる色だといった。又兵衛も、ルビーの色だと感嘆した。
とにかく、なにごとも起こらず無事に育ってくれ、と又兵衛もサディも願った。
このまえ、ようすを探りにきた者がいたが、正体はわからなかった。
あれから変わった何かがあったわけではない。だが、油断はしていなかった。
もしマリが夢を叶えてくれるのだとしたら、又兵衛たちはムラウーで平和な日々を送れることになる。

マリはいま、日本人村の親方様の娘であるとみんなが認めている。
又兵衛はマリの手を引いて、何度も市場で買い物をした。
市場のみんなは、マリをかわいがってくれた。
ときどきは、母親のサディと一緒に屋敷から外に出た。
又兵衛と市場に行った時も、サディと外に出るときも、しっかりマリの手をつなぎ、絶対に放さなかった。
マリも自分の赤い目の異様さを、理解していた。

「あなた、生きて帰ってきてね」
廊下を走るマリを見守る又兵衛に、サディが寄り添う。
頭に付けた生の花簪はなかんざしがふうんわりと匂う。
「心配するな。ラカイン軍は負けない。それに、われわれサムライは戦闘員ではない」
「でも気をつけて」
サディは、又兵衛の胸に額を押しつける。
サディはまだ若く、子供も産んでいない。花簪の香りとともに、女の匂いが又兵衛の鼻をくすぐる。
「むこうにいったら、お父さんとお母さんに会えるかしら」
サディが又兵衛を見あげた。
「会ってみる。心配するな」

いま、サディの両親はシリアムの城壁の外側に住んでいる。
サディは戦地におもむくく又兵衛に、両親宛の手紙を用意していた。
父親は仕事にかこつけ、何度もムラウーにやってきた。そして、毎月ムラウーにくる外国船に手紙を預けてきた。
サディの両親は切支丹だったが、商売上の選択なのか本気なのかはわからなかった。

シリアムは、切支丹の国というよりもポルトガル人の繁栄のための国であり、切支丹を利用しているのである。
はじめてシリアムを訪れたとき、ポルトガル人の門衛がためらいもなく自分を殺そうとしたあの瞬間が、又兵衛には忘れられなかった。
自分が考えていた切支丹の国とは違う国──そんな偽物の切支丹の国は、滅びるべくして滅びなければならない。
又兵衛はそんなふうに考えた。

廊下を走ってきたマリが、もうひとまわりと告げ、そのまま走っていった。
そのとき母屋の木戸を開け、おそでが入ってきた。護衛隊の副隊長、次郎吉の女房である。
お袖はマリの乳母をしていたが、現在は、母屋でサディの雑用を手伝っていた。
「お頭様、ご出発の用意ができたそうです」
いよいよ日本人村の元サムライたちが船に乗り組む。このうちの五人は、すでに物見ものみとして貿易船で発った。
「サディ、いくぞ。マリ、お母さんのいうことをきくんだよ」
サディとマリが、はいとがうなずく。

門の外に、又兵衛の部下たちがそろっていた。
ほかの町の人々がやっているように、サムライたちも参戦する姿を人々に見せておきたかった。
サムライは、外国人町に住むスペイン、オランダ、イギリス、フランス人などとはちがい、ラカインの国の国民なのである。
地元の住民たちに守られながら、隊列を組んで行進する三十人ほどのサムライ隊。ここにいない数人は勤務につきながら、旗艦船に向かう。


三十隻のヤカイン海軍の船団は、一日がかりでカラダン川を下った。
兵站へいたんを請け負わされた又兵衛の持ち船も大小の船団に加わった。
河口の島々の間を抜け、ベンガルの海にむかう。

ときどき、漁師の小舟に遭遇する。漁師たちは、椰子やしの葉を編んで造った帆陰にしゃがみこみ、驚愕きょうがくの眼差しで大船団を見送った。
漁師は、裏切り者の雇われ外人に対する大臣たちの怒りの決議で、大規模な戦争を始めようとしていることなど知るよしもない。
自国の大船団に手をふることもなく呆然ぼうぜんと見送る。

ベンガルの海は、人間たち権力者の思惑などに関係なく、深く青く悠然ゆうぜんとひろがっていた。
遠く、厚い雲が浮かんでいる。
又兵衛たちは、旗艦船から眺める景色に、高山国にむかったときの悲劇を思いだす。
「急に風が吹いたりしないだろうなあ」
一人がこらえきれずに口にした。
「ばかいうな。南洋の海に台風はないんだ」
「おお、そうだったな」

ベンガル湾を南下した船団はラカインの国のはずれのカンサヤ県のガワ港で一旦停止した。
陸を行進する王子のウバイ軍と連絡を取り合うためだ。
そこでシリアムの情報を再度検討し、最後の作戦をたてる。

ダンマ王の船室では、シリアムの軍の分析が行われていた。
インドのポルトガル総督から配備された軍艦六隻、兵士三千人、そのうちポルトガル兵千人の力がどれくらいなのか。
兵の数でいえば、ラカインとミャンマーの連合軍は、シリアム軍の三万から五万に対し、八万である。
問題は、シリアム軍はどのくらいの数の大砲をもち、その大砲はどのくらいの威力なのか。千人のポルトガル兵は、最新の大砲を扱う砲兵であり、残りの二千人のインド兵も砲兵隊ではないのか、という推論である。

又兵衛は王の護衛兵として室内で護衛についていた。
いずれ、自分の部下もいろいろ調べてくる。
みんなは自由に言葉も話すし、巧に地元の住民にも化けられる。
価値のある情報ならば、王の耳にも入るだろう。なんとか役立ちたいと願うが、反面、あまり役立ちたくないという気持ちもあった。

又兵衛は、できれば自分たちの力を発揮したくなかった。
手柄をたて、重用され、出世をするようになれば政治と関わりあう。
政治は権謀術数けんぼうじゅすうの世界だ。天下を取る気があるのなら別だが、又兵衛にその気はない。
政治は人間を悪夢のような欲望の世界にひきずりこむ。
では、作戦の失敗でラカイン軍が滅び、自分たちも滅びてもいいのか。いいわけがなかった。
                                                                       ●6章了

8048
しおりを挟む

処理中です...